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鬼平犯科帳 鬼平罷り通る 三嶋山燈

鬼平犯科帳 鬼平罷り通る

7月号  極道酒場

剣菱     佐嶋忠介

盗賊改方でも、そのほとんどが知られていない、まぁこれは平蔵一人の秘め事、
といえば大げさではあるが、筆頭与力の佐嶋忠介、実は彼は大変な酒豪である。
仕事でも役宅でもまずそのようなことはお首にも出さず、ただにこやかに盃を干すが、
そういえば彼の乱れたのを誰も目撃したものが居ない。
この佐嶋忠介、長谷川平蔵が西ノ丸・徒頭(かちがしら)
に抜擢されて一年にも満たないうちの火付盗賊改方助役(すけやく)を拝命したおり、
現役の堀秀隆より借り受けた筆頭与力、それだけに頭脳明晰で
(佐嶋忠介で保つ堀の帯刀)と言われたほどである。
時折浅草界隈で見かけることもあるが、大半は菊川町の火付盗賊改方に詰めている。
本日は前触れもなく気ままに浅草界隈を流していた。
「お頭、下谷御成街通りに面白い名前の店を見つけまして、
あの当たりは代地の多いところでございますから、
様々な町から集まったために不思議な味わいのある場所でございますが、
本日行き当たりましたのはお頭も必ずやお気に召すであろうところでございます」
と少々跡を残して話題に上らせた。
「おいおい 佐嶋!そこまで言いかけてお預けたぁそのぉ何だ、ああ 早いとこ言っちまえ」
とそれに乗せられうずうずしている。
「はぁ それが人を喰ったと申しますか、舐めているといいますか極道酒場と申します」

「何だぁ 極道だぁ」
平蔵少しあっけにとられた面持ちで調書から目を上げ、
真面目くさっている佐嶋忠介の顔を見た。
「その 何だ、極道ってんだからさぞや・・・・」

「と私も想ったのでございますが、これが又真逆で、大真面目なおやじでございました」
「店はどうと言うものとてなくありきたり・・・極普通の店でございますが、
その中身にちと・・・・」
「おいおい勿体つけねぇで ななっ!その先へ進もうじゃァねぇか」
平蔵佐嶋の落ち着きが逆に火に油を注ぐの例えで、気ぜわしくなってきた。
「はい 店で扱っている酒、これがもうこだわり、この一言でございます」
「ははぁ~ん それで道を極める、つまり・・・」と二人同時に(極道)
「さようでございます」
「ふ~ん ならば近々寄ってみねばなるまいのう」
「はい その時はお供を・・・」
「あい判った!だが待てぬのう むふふふふ」

平蔵すでに佐嶋の術中の中で泳がされてしまっている。
明けて三日目、
「ちと出かけてまいる」
と市中見廻りの支度を済ませ、いざ玄関にと足が進んだおり

「あっ お頭本日は又何処へ参られます、
何ならばこの木村忠吾もお加え下されば・・・・・うふふふ」
「あいやぁ まずいやつに見つかったものじゃぁ」
「あれっ お頭、何かおしゃられましたか?どこかご都合でも悪い場所とか むふふふふふ」
「何をつまらぬところへ気を回しておる、左様なことではない、
本日は所用にて佐嶋との約定もあり出かけるのじゃぁ」
と、言葉巧みに振り払おうとするも、敵もさるもの引っ掻くもの

「おやこれは又お珍しい佐嶋様とお待ち合わせとは増々怪しゅうございますなぁ、
で 私めはおじゃまになると・・・」

と上目遣いに平蔵を見上げる。
「ああおじゃま虫じゃ!ちと厄介な話ゆえお前ぇははよう見回りにでも出かけて参れ」
とすきを突いて外に出た。
「やれやれアヤツの鼻はこのようなときはよく利きおる」
平蔵呆れながら、まぁこれでうるさい忠吾を振り切れたのだから一安心である。
筋違御門で待ち合わせして、件の店にいざ出陣!!
すでに平蔵そわそわしている、何しろ酒といえば佐嶋忠介の右に出るものは居ない、
味にうるさく奥も深い、この男との酒談義はさすがの平蔵も歯がたたない

「お前ぇは酒天童子の生まれ変わりけぇ」
と言うほどの猛者でもある。
筋違御門から少し入ったところの旅篭町に目指す店は在った。
「ここでございますよ」
佐嶋は先に立って店の中に入った。
「いらっしゃいませ」
中から軽く弾けるような若い女の声が出迎えた。
「あっつ お武家様いらっしゃいませ!」
と出迎えたのはまだ十かそこいらの小娘であった。
「おっ お前ぇまだ小せぇのに感心だのう」
平蔵は思わずこの娘の奥に、かつて無頼の徒として暴れまわった本所四ツ目の
(盗人酒場)鶴(「たずがね」の忠助の一人娘おまさを思い出していた。
鶴(たずかがね)とは田鶴が音(たずがね=田鶴雅音)
つまり鶴の鳴き声の美しさ又鶴の雅語からも来ている。
「お前ぇ名前はなんて言うんだえ?」
平蔵は思わずこの娘に聞いてしまった。
「あたいははつっていいます」
とはきはきと明るい答えが返ってきた。
「おお そうかい!ではおはつ すまぬがな酒を見繕ってはくれぬか、
ちょうど昼前、酒の肴に良い物をな」
「は~い おとっつあんお武家様にネギま二皿」と注文を入れる。
「おっつ ネギまかぁ そいつぁいいや、さぞ旨ぇんだろうなぁおはつ」
と平蔵すでに準備万端の様子に佐嶋忠介

「このはつが働き者で女房のおしげはよく気が付き料理が旨い、
亭主は無口でございますがなかなかのこだわり者で」と解説をする。
やがて酒とともにネギまが運ばれてきた。
「やっ こいつァ旨そうだおい亭主、こいつぁ何だい?」
「へぇ 山鳥でございやす」
「っってぇっとキジとか鴨とか・・・・・」
「お武家様ぁ山鳥と言いやしてもそりゃぁ色々とございやす、
先ずは人様の口に入ぇる鳥といやぁ鶴・白鳥・雁・鴨・雉子・バン・ケリ・
鷺・五位鷺・うずら・雲雀に鳩やシギ・水鶏(くいな)ツグミと雀、
ここいら辺でございやす」
「ほ~ぉ そんなにあるとは知らなんだのう佐嶋」
「全くでございます、ふ~むそれほどのものが出回っておるとは、
軍鶏なぞはまた別の食べ方なのでございましょうや」と佐嶋忠介。
「軍鶏?あの軍鶏でござやすか?あいつらはそうそう手に入る代物じゃぁございやせん、
この辺りじゃぁ山も近ぇし、水場も近ぇと言うわけで
そこまでしなくってもいくらでも獲れまさぁ」
「なるほど左様だのう・・・・どれ一つ・・・・
うんっ!! 美味ぇこいつぁ美味ぇ美味ぜぜおはつ!」

平蔵はコチラの様子をうかがっている娘に向かって笑顔で答えた。
「そうでしょうおとっつあんの造ったものは皆んな美味しいといってくれます」
と顔をほころばす。
「こいつぁどうやて作るんだえ、よこん所をちょいと漏らしちゃぁくれめぇかなぁ、
この葱は千住か?それとも下仁田・・・・まさか松本の・・・・・」
「お武家様ぁなかなかの物知りでござんすねぇ、こんな場所での商売でございやす、
こだわりなんかぁございやせん、ただね、あっしらは魚や鳥を料理いたします、
ですが、こりゃぁ殺すんじゃぁねえんで、命を頂くんでございやすよ、

両手合わせてありがてぇって、食べる者の血となり肉となって
こいつらは生き返るんでございますよ。
せめて旨いと想っていただくものを作らなきゃぁ罰が当たりまさぁね
近場でとれるってぇことが一番の物、千住で朝獲れたてのやつを清水で洗い、
身を引き締めやす。
鳥は鴨を遣いやした。胸・モモなんぞを程々の大きさに切りそろえて
千住葱を一寸ほどに潰さねぇように切りそろえやす。
肉と葱を竹串で代わりばんこに刺しやすが、
この竹串のちょいとした尖り加減で肉が潰れることもございやす、
口じゃぁなかなか言えねぇが、まぁそんなところにも気を使いやす。
炭火を弾けねえょうにおこしておいて片方ずつ焦げ目がつくほど炙りやす。
焼きムラが出来ねぇように気を配るのがでぇじでね、
肉の脂が出てきたらこいつが燃えてうまくねぇ、
油臭くていけませんやぁ、そこんところが用心用心、葱も焼くんでありやして、
焦げ目はすすっけで不味ぅなりやす。
砂糖、醤油、みりん、酒を取り合わせたものに入れ中火程度で煮立てやす。
煮立ったところでさっきのやつを入れて中火で煮汁が無くなる程度に煮立てやす。
焦げ目がつき始めたら仕上がりでさぁ」
「う~ん さすが佐嶋が奨めるだけのことはある、いやぁまことこいつぁ美味ぇ、
ところで親父酒がうるせぇと聞いたのだが・・・・」
平蔵もう一つの楽しみにとりかかった。
「酒は生き物、中々にうるそうございやす、先程のやつが灘の下り酒、
摂泉十二郷(せっせんじゅうにごう)と言いやして、伊丹・池田・灘で出来たやつを
樽廻船で運びやす、下り酒の大半がこの摂泉十二郷の産、それ以外が尾張、三河、
美濃、他に伊勢湾で合わさるものに中国筋や山城、河内、播磨から丹波、伊勢、
紀伊もございやす。
「へ~ 左程にあるとは知らなんだのう」
「で ござんしょうねぇ、外には中川、浦賀に江戸入津と呼ばれたお上の出場があり、
ここで御府内に入る量を操作しているのでございやす。
下り船は房総沖で時化に合いやすいのでございやすが、
このシケのお陰で樽内の酒に程よい杉樽の薫りが滲みこんで旨い酒になるのでございやす」
「っつ! ってえとなにかえ、房総沖を通ったものがこの味を引き出すってえんんだな?」
「へぃ そのとおりでさぁ、けどね、そんなことを知った上方の酒飲みが
わざわざ船を房総まで引っ張ってきて、しけに合わせて、
そいつを又上方まで戻しちまうってんですから笑ってしまいやすよヘィ」
「仲買が買うときにゃぁ少々水増しされておりやす、
と言ってもそれなりの清水を使いやすがね。

これを杉樽に保存して、飲み頃になったらば新しい酒を調合して
継ぎ足し継ぎ足しで杉の薫りと酒の味を工夫いたしやす。
この時の調合具合でそれぞれの酒の味を競っているんでございやす。
新潟は又特別で、但馬屋十左衛門てぇお人が、米は新潟産、
水は菅名岳の銘水で、もろみを搾りきらず、荒走り、中走り、
中垂れの後の責めはゆるやかに落とし、
キメの細けぇ淡麗な酒に仕上げているのでございやす。
まぁ酒といやぁ伊丹か池田、がこいつぁねが張りやす。
伊丹の剣菱なんざぁ、将軍様の御膳酒でございやすからねぇ」
「おいおいついに将軍様までお出ましかえ、こいつぁたまげた、のう佐嶋」
さすがの平蔵も目を白黒の一幕であった。
「が、それにしても奥が深ぇ、何処のことであれ、
極めるってぇことは並大抵のことじゃぁねぇ剣術にしたってそうだからなぁ、
やる事ぁただひとつ、相手を切り倒す、ただこの一点のみ、

なれどそれぞれ工夫が在って、流派が生まれ、そいつを学んでも極め尽くせぬもの・・・・・
なるほどこいつも極道かぁ、うむ 本日はまた格別なことを学んだぜ、

礼を言わねばのう、ありがとうよ佐嶋、俺は色々なところに出向き、
様々なものに出会い出くわし、そこから絶えず何かを学ばせてもろうておる、

それが又儂の肥やしになり、人を見る目につながってゆく、
まこと世間は始まりもなくお終ぇもねぇ皆一つにつながっておると言うことだなぁ」
平蔵は改めて世間という広い器の中で、
それぞれが思い思いに暮らしている面白さを想ったようである。

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