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鬼平犯科帳 鬼平罷り通る 三嶋山燈

鬼平犯科帳外伝

平蔵暗殺 2-2


 



 

 その日平蔵の姿は神田橋御門の鎌倉川岸にあった。


夕刻より平蔵は清水御門役宅の裏から、
ぶらりと気晴らしに出かけたその最中に事は起こった。


平蔵が思いつきで出かける事はよくあり、別段変わった行動ではない。


その時々で行く先は気分次第ということは多々あるものの、
目的もなくというのがいつもの事。


十二月に入って、さすがに冷え込みも厳しくなり始め、
夕刻ともなると日差しの失せた道は底冷えを運んでくる。


(ちょいと寒くなってきたな)懐に両手を入れて、
(さて本日はどの道筋を選ぼうか)と塗笠を上げて見る先に
いつも立ち寄る居酒屋の明かりが目に入った。


(うむ ちょいと引っ掛け温まって帰ろう)


「いらっしゃいやし」


「おう いつもの奴を二本程持ってきてくれ、
それに何か適当にみつくろってな


この居酒屋は伊丹の丹醸柱焼酎の剣菱を出していた。


このすっきりとした辛口の男酒が平蔵の好みに
合っていたのであろうか。


「きょうの酒肴は何だえ? おう たたき牛蒡か」


「へぇ 大浦牛蒡が手に入りやしたもので、
藁束で泥をこすり落として、すりこぎ棒で軽く叩いて
筋離れさせやす、こいつを一寸五分ほどに切りそろえて
鍋に酢を少々、煮上がったものを取り上げて、


白ごまをホウロクで炒り上げてさましたあとで
すり鉢にて軽く摺ります。


酢に味醂、昆布とカツオの出し汁に塩少々を入れて
煮立てたところへゴボウを入れて汁気を飛ばし、
ゴマを加えて和えます。


「ウム いやなんだなぁ この牛蒡の香りとゴマの香りの
程よい絡み方がふ~ さすがに上手ぇ、
火の落とし所が肝だな?」


「恐れいりやす お武家様にかかっちゃぁ叶いませんや」
そんなやりとりをしながら徳利が二本あいてしまった。


「おう 済まぬもう一本持ってきてくれ、程よく体も温まり
夜道もこれだと大丈夫であろうからのう、ところで親父女房の
(おふじ)の顔が見えぬが・・・・・」


平蔵の言葉を聞いた親父の顔が一瞬戸惑いを見せたのに平蔵は気づいた。


奥から追加の酒を運んできた親父に「うむありがとうよ 
お前ぇも1杯ぇどうだ?」と盃を向ける。


「ととととんでもねぇ!」亭主の語気の強さに平蔵はますます
疑念を抱いた。


「さようか、まぁ無理には勧めるめぇ」と盃を出した。


亭主の得利を持った手が小刻みに震えている。


「おい お前ぇ熱でもあるんじゃぁねえか」と、
おやじの額に手を当てつつ盃を干した。


「いえ 熱などございやせん へぇ」そう言って
そそくさと奥に引っ込んだ。


しばらくして「ぐへっ!!と表の方で声がした。


「親父 お前ぇ酒に何を仕掛けた!   ぐはっ!!」
何かを吐くような音とともにドウと倒れる音がした。


そのあと奥のほうで「ギャッ」と言う悲鳴が二度ほどして
静まり返った。


火付盗賊改方長谷川平蔵暗殺を外部に漏らすまいと
町奉行も盗賊改めも隠密裏に動いたのは言うまでもあるまい。


もしこれが巷に流れるようなことあらば、
この時とばかり盗賊どもが暴れまわるに違いないからだ。


そうこうしている間にも時は瞬く間に流れ去り、
江戸の町を雪が白く染めてゆく頃となった。


どこから漏れたのか、(長谷川平蔵死す)の風評が立った。


明けて睦月半ば、東に砺波(となみ)平野、
西に金沢平野の広がりを見せる倶利伽羅峠に綱切の甚五郎一党が
金沢に向けて越そうとしていた。


峠の頂上付近にポツリと地蔵堂が建っている、
その縁に腰掛けて握り飯をつまみながら、
「それにしてもお頭、平蔵の最後があまりにもあっけねぇんで、
ちぃっとばかりがっかりしやしたねぇ、
もっと骨があると想っておりやしたもんで」


「だがよ、これで俺は兄貴の敵が討てたんだ、
お前ぇが平蔵の動向を探り、決まって帰り道は行きつけの
(かどや)に立ち寄ることを突き止め、平蔵の先回りをして、
女房に短刀突きつけて亭主を脅し、


酔って警戒心をなくした頃合いを見計らって酒に毒を仕込ませ、
奴に飲ませたそのあとお前ぇは亭主と女房を刺し殺して
ずらかったわけよなぁ」


「そのとおりでさぁ、見たら野郎血へどを吐いて
くたばりやがったんだぜ、 ざまぁ見ろってんだ。


半年もかけて平蔵の動きを見はった甲斐があったってぇ事よ、なぁ!」


その言葉の終わらないうちに、


「誰が血反吐を吐いてくたばったってぇ言うんでぇ」
藪から棒に地蔵堂の中から声が飛んで来た。


何ぃ!!」驚いて甚五郎が振り返った。


地蔵堂の扉が観音開きに開け放たれ、旅姿の男がぬっと現れた。


「誰だ 手前ぇ」


「お前ぇの手下(てか)に毒を盛られた長谷川平蔵よ」


「てめぇ死んだはずじゃぁ・・・・・・」
 
予期もしない平蔵の出現に、甚五郎は残忍な眼をいっぱいに
見開いたまま持っていた水筒をとり落としてしまった。


「残念だったなぁ網切の甚五郎、あの時俺は親父に
(女房のおふじの顔が見えねぇが)、と聞いたら、
亭主の返事がこわばった。


そのあと酒を運んできたので「お前ぇもどうだと勧めたら、
いつもなら盃を受けるのに、そん時ばかりは手を振って断りやがった、
こいつは何かあるなと勘づいたってことよ。


そこで俺は亭主に(熱でもあるんじゃァねぇか)と
ヤツの額に手を当てて目線を防ぎ、その隙に盃の酒を
俺の懐紙に飲ませたってぇ寸法だ。


お陰で女房殿に着物がシミになったと小言を食らっちまった。


それから先は、その手下(てか)の後を密かにつけ、
お前ぇの盗人宿を探り当てたのよ。


だがいつまでたってもお前ぇは現れねぇ、
しかもそいつらが一人づつ別々に出たまま帰えってこねぇ、
そこで九兵衛が申しておった、
お前ぇたちがここを通って江戸に入ぇったってぇ事を思い出してなぁ、


昨日からこうして待ち伏せておったのよ、今にして思えば、
そいつが俺のとどめを刺さなかったのが運の尽きってぇことだなぁ」


「けど 俺が見た時にぁ確かに血反吐を吐いて・・・・・」と
野尻の虎三


「おうさ お陰で掌の傷がこうして残っておるわ、
酒をこぼして血を少し溶けば、おめぇ、
結構な血反吐に観えるんだぜぇ へへへへへっ!
俺のからくりが引導代わりよ、網切り甚五郎、
この倶利伽羅峠がこの世とあの世の渡し場と観念いたせっ!」


「くくくっ 糞野郎!!」


甚五郎は道中差を引き抜きざま平蔵に襲いかかった。


「甚五郎!手前ぇだけは俺が手で地獄に送ってやる、
なぶり殺しにしても飽きたらぬ奴、きさまなどどのような
死に様であろうと地獄の閻魔様とて手加減はしねぇ、
これまで貴様が手にかけてきた人々の恨みを思い知れ!!!」


平蔵は河内守国助を腰だめのまま一気に甚五郎の顎から頬にむけて
切り上げ、二の太刀で右腕を切り落とし、
さらに三の太刀で残る左腕を切り落とした。


甚五郎は顎を打ち砕かれて物も言えず、
ひざまずいたまま形相凄まじく平蔵を睨みながら仰向けに 
ドスッ と崩れた。


数日前から降り続いた雪は甚五郎の両腕から吹き出す血潮を
音もなく吸い込み、辺り一面まるで真っ赤な花が咲いたように観えた。


「地獄花を咲かせやがったか」
平蔵は河内守国助をビュッと血振りして鞘に収めた。


あまりの出来事に腰の砕けた野尻の虎三と文挟の友蔵は、
その拍子に雪に足を取られもんどり打って転げたところを
沢田小平次と小林金弥によって逃さず打ち倒された。


倶利伽羅峠は金沢平野をはるか下に見下ろしたもやの中、
白くけむっているばかりであった。


数日後、清水御門前の平蔵の役宅に京極備前守より
「下屋敷に出ませい」という通達があり、
平蔵はこの度の事件の引責を言い渡されるであろうと与力、
同心たちに伝えて出所した。


かみしも姿の正装での出所である。


平蔵より事後報告を聞いていた備前守が
「筆頭老中よりそちのやり方に対して引責を求めて参った、
さすがのわしもこれ以上逆らい切れるものではない」
其の言葉に平蔵は腹を切る覚悟を決めており、
白装束の上に着衣しての正装であった。


「わしはなぁ平蔵(今の世の中長谷川平蔵を置いて
他に誰にこのお役が務まりましょうか、
おられるならば即刻お申し出くだされ)と 
言ってやったらばな、誰も一言も申さなんだ、はははは 
さぁ近う寄れ盃を取らす」


「ははっ!!」
感慨無量の面持ちで杯を飲み干し、
懐より懐紙を取り出し盃を拭おうとするを、


「そのままそのまま・・・・・」


「ははっっ!!」


「いやご苦労であった」平蔵はこの備前守の言葉に
心から救われた面持ちであった。


役宅に戻った平蔵を与力、同心全員が打ち揃って出迎えた


裏庭には密偵たちがこれも全員揃ってかしこまり平
蔵の無事を待っていた。


「お前ぇたちにも心配をかけたなぁ、ありがとうよ」


誰も言葉を一言も発せなかった、
ただただ涙のあふれるまま平蔵を迎えた。


いつの間にか雪が音もなく降り始めていた。


「雪か・・・・・・この世の地獄も極楽も
みんな消せるものならばなぁ」


平蔵はそのまま立ち尽くしていた。



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