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鬼平犯科帳 鬼平罷り通る 三嶋山燈

鬼平犯科帳外伝

かまいたち

 

このところ江戸市中に辻斬が横行し、奉行所の総力上げての探索も後手後手に廻り、
公儀からもご威光に関わる一大事と圧力が日増しに高まるばかりで、
手掛かり一つ無いまま落命者は十名を超えた。

殺人は本来火盗改の持ち場ではないために、進んで探索することはないのである。

庶民からは不安が増すばかりで公儀への非難が噴出し、ついに老中筆頭松平越中守は
火盗改に助成するよう京極備前守に下知する。

木挽町3丁目にある備前守下屋敷に呼び出された平蔵に「なんとしても庶民の不安を取り除くために
力を貸してはくれまいか」と言う話しであった。

日頃町奉行は盗賊改めのやり方に批判的で、特に平蔵が無頼の者や博徒など
前科者を使っての探索方法が過剰であると老中に訴えてきた経緯がある。

その矢面で平蔵を理解し、ある時はかばい、幕閣にとり成しをするなど多方面の援助を
行っていたのが京極備前である。平蔵は低頭し、備前守の言葉を聞いていた。

「そちの行動が、たとえいかように非難されようとわしが留め置く、遠慮せず思うがままにやってはくれぬか」
この言葉を聞いた平蔵「備前守様のお言葉、この長谷川平蔵一命を途しても沿うよう努力いたします」と
答えた。

だが、町奉行からの入る情報は皆無に近かった。事件は月明かりの夜に起こっていること。

いずれも頸動脈を鋭い刃物のようなもので切り裂かれており、即死の状態ではなく、
四半時程度は生きておられたことも判明している。

事件に遭遇したその切れ切れの証言によれば、不意に足元を救われて前のめりに
転倒ていることが共通している。

加えて不思議なのが、江戸でも評判の剣客が数名混じっていることであった。

しかもそのすべてが刀を抜く暇も無く襲われているという。

奉行所の見立ても「わざと手当を施しても間に合わない程度の致命傷であり、
かまいたちの仕業ではないか」と結んでいる。

「ふむ 腕に覚えのある剣客が抜く間もないとは解せぬ」平蔵はこの難問がまるで雲をつかむように思えた。

おまけに懐を狙っての辻斬ではないことも特別の的を絞っての殺害ではないことがわかったからである。

それからの平蔵は夕刻になると市中見廻りに出かるという日課に変わった。

辻斬の出たという報告場所を絵図にしたためてみると、
いずれも浅草御門から牛込御門の土手に集中していることが判明したために、その辺りを毎夜流していた。

平蔵は市中見廻りの途中、両国橋東たもとの米沢町三丁目にある居酒屋(百味)に立ち寄った。

「じゃまするぜ」「いらっせえやし」奥からぶっきらぼうな声が飛んできた。

「親爺何か酒の相手を見繕ってくれぬか」
「へぇ かしこまりやした」そう返事をしながら、「おい おきぬ、 食った茶碗、はすりさ下げでおげ」と
言った言葉が耳に入った平蔵「おい 親爺 お前ぇ国はどこだえ?もしかして 陸奥とか?」
「お武家様 良くご存知で、確かに あっしは宮城が出処でございやす」

「そいつはてぇ変な所からご苦労だったろうなぁ」

「へぇ もうお江戸に来て二十年になりまさぁ・・・・・へい お待ちどう様で」

「おお!美味そうじゃぁねえか、こいつは何だえ?」

「ホヤの酢物でございやす」

「ウム この磯の香りがまた格別だのう、それにだなぁ コリコリした身とこの歯ざわりと申すか
歯ごたえ言うべきか、いや こいつは参った!。

この酢のシメようにどうもコツが有ると見たが」

「恐れいりやした。そこまでお判りになられるお武家様は並のお方じゃあねぇとお見受けいたしやすが」

「何の何の そこいらの素浪人と同じょ、ただちょいとばかし食いしん坊と言う違いはあるがな。
おお そいつけぇ なかなか面白ぇ面構えだのう」

「へぇ 元々は魚みたいに泳いでいるのだそうで」

「おい待て待て! こいつが泳ぐってぇのかえ」

「へい 生まれてしばらくは海の中を泳いでいても、やがて岩に取り付いてからこのような形になるので、
そのためにそこんところから切り取って皮を取り除かねぇといけませんや」中を綺麗さっぱり取り除きやして、
食べ頃に刻みやす。

上方の薄口丸大豆醤油と京の千鳥酢に砂糖少々、キュウリや塩抜きした三陸の若芽を合わせやす」

「ほほぉ そこまでこだわっておるはずだ、旨ぇ旨ぇ  いや恐れいったぜ親爺」

「ありがとうございやす。
お武家様にそこまで言っていただくと、差し上げる甲斐がったというものでございやす へぇ」

「ところで、 こっちの方は何だえ?」

「へぇ ごろんべ鍋と申しやして、早ぇ話ドジョウ鍋でございやす

「泥鰌かえ こいつはまたありがてぇ、俺はな 軍鶏鍋とドジョウ鍋が好物なんだよぉへへへぇ」

「それは良うござんした、栗原のごろんべ鍋はウナギと同じ位ぇ滋養があるそうで、
土の中で生きているので土生(どじょう)と呼ばれ始めたとか、聞いておりやす」

「なるほどな それで泥鰌か ふむふむへ~ぇ」

「しかし、泥臭いので二日程真水で泥抜きをいたしやせんと、鍋に油を少々入れて熱し、
ドジョウを入れ蓋をしやす、暴れなくなりやしたら酒と水を入れやす。

福井の小越小芋を四ツ切りにして茹でて、ぬめりを取りやす。
凍み豆腐はぬるま湯で戻し短冊に切り、香り付けのゴボウを入れて一煮立ち。
根深以外の野菜は短冊に切りそろえて酒粕と一緒に入れ、コトコト煮やす。
仕上げに醤油と塩で味を整えネブカを放しこんで火を止めやす。」

「ううん 美味ぇ!大ぇしたもんだ、何であれこだわりや極めはでぇじな事だなぁ。
いや! 気に入った また来るぜ、釣りはいらねえ とっときな。
春先の風が こう 心地よくそよいだようだぜ。」

腹ごしらえもすみ、くだんの辻斬現場浅草御門にゆらゆらと足を運ぶ。

神田川沿いに気ままに流しては見たが、夜鷹の話でもこの数日辻斬の話は聞かず、
もうどこかへ定めを変えたのではないかと言う仲間内の話で、そろそろと稼ぎに出たと言う。

誘いをかける女に小銭を握らせて、再び歩を進めた。
小石川御門付近は松平讃岐守上屋敷などもあり、ここを左に曲がれば清水御門の役宅にも近い。

さていかがしたものか・・・・・とおもいつつ(まぁついでだ牛込御門まで行って九段坂を取ればよかろう)と、
少し酒も入って心地よく神田川の夜風を裾に感じながら牛込御門まで一町ほどの所で足を止めた。

見上げれば月はおぼろではなく、秋の澄み切った輝きとも違い、
また冬の凍てつくような冴え渡る光でもなく、満々と満ちて柔らかに辺りを照らしている。

平蔵が米倉丹後守上屋敷にさしかかった時、何かがピュピュと風を切るような音を聞いた。
その刹那平蔵は足元を救われ無様にその場にドウと倒れてしまった。

(うっ来るな)足は何かで巻きつかれたように金縛りにあって動かせない。
素早く横に転げ見上げた空は、雲の合間に満月が明々と輝いていた。

一瞬空が真っ黒にかき消され、何かが覆いかぶさってきた。
平蔵は脇差しを素早く抜いて満天の月を貫くようにつきだした。

「ぐはっっっ」異様な低いうめき声が平蔵の上に倒れこんだ。脇差しと共に横にはねのけ、
半身を起こし大刀を抜き、足に絡まった何かをすかさず切り離し素早く立ち上がった。

その目の先に胸に深々と突き刺さった脇差しが、月光を浴びてキラリと光っていた。
曲者の胸に足をかけ、脇差しを一気に引き抜いた。びゅうと血潮が宙に吹き上げた。

平蔵はその曲者を背中から抱き起こし「ウヌ 何物だ!」語気も荒く締めあげた。

「へへっ へへへっ・・・・・」薄ら笑いを残して息が途絶えてしまった。

当たりは又元の静けさを取り戻し、夜風のみが何事もなかったかのように流れてゆく。

平蔵は先ほど己の足元をすくったもの正体を確かめようと、月明かりの下草原を当たってみる。
大刀の切っ先に(チン)と音がして、何かに触れたようであった。 

草叢をまさぐりながら拾い上げてみると、1寸五分ほどの玉に紐がついたものが手に触れた。
(何と微塵ではないか)平蔵はこのかまいたちの正体が微塵であったことに驚いた。

むくろを戸板に乗せ、近くの番屋に運び込ませ、清水御門の役宅に控えていた与力筆頭の
佐嶋忠介につなぎを取らせた。佐嶋が急いで番屋に飛び込んできた。

「お頭!ご無事で!!」

「ウム 危ないところであった、まさかかまいたちの正体が微塵とはさすがの俺もうかつであったよ」「

微塵? でございますか?」と佐嶋忠介が言葉を挟む

「ウム こいつはな古くは野山を駆けるウサギや獅子など獣や鳥を絡めとる道具でな、
ほれ、このように三つの玉をそれぞれ二尺ほどの細紐で三ツ巴に結わえた投てきだよ。

こいつを、ぶんぶん振り回して相手の足元めがけて放てば瞬時に足元に巻きつき動きを封じる。

しのび道具だよ。昔、たずがねの親父っつあんところに出入りしていた水蜘蛛の与五郎から
見せてもろうた事があった。

「あのおまさのてて親の・・・・・」

「うむ、今じゃぁ軒猿という店を構えておるが、元は伊賀の出で陰忍よ。
成る程これならば余程の剣客でも戸惑うであろう。

俺はな、町奉行の探索録を呼んだおりから、気になっていたのよ、皆一応に足元をすくわれていることを、
それで足元をすくわれたおり、とっさに横に転げて脇差しが抜ける体制に移ったのよ、

案の定馬乗りになろうと飛びかかって来おった矢先に俺が脇差しをそ奴目指して突き上げたものだから、
こやつはかわす暇もなく俺の刃をまともに胸に食らっちまったと言うわけさ。

「しかし、ただひとつ不審な点が・・・・・・」と佐嶋忠介が

「ふむ なぜ奴がとどめを刺さなんだかという事であろう」

「まさに・・・・・」

「それはなぁ 江戸市中に不安を撒き散らそうと言う魂胆であったろうよ、
恐怖なぞは口伝えに聞くほど更に膨れ上がるもの。

不安が渦巻けばお上への風当たりも強まろう、御政道が非難を浴びればいかがなるや?
天下を取って代わろうと想うものも無きにしもあらず、先の飢饉で難渋うしておる諸藩や百姓、
離藩したり浪々の身となりし者も多くおろう、それらを扇動してあわよくばと目論む奴も出てくるであろう?」

「先の張孔堂・由比正雪事件でございますな」

「うむ さすが佐嶋 よく存じておるのう、そのとおりじゃ、
誰が影で糸を引いたかまでは今となっては判明致さぬが、こ奴の身のこなしや着用いたしておる物からは
少なくとも山の者ではないとだけはいえよう、まぁ町奉行では手に負えぬであったろうよ。

想えば戦国の世を生き抜いてきた陰忍達も禄を干されてかような仕事を請け負ったのであろう。

いずれにせよ所詮雲の上の企みは、我らには関わりのねぇ事さ、
それが政という魑魅魍魎(ちみもうりょう)の世界さ。

おれも水蜘蛛の与五郎に出会ておらなんだら今こうして減らず口を叩いてはおらなんだかもしれねぇぜ」

すでに月は西の空に消えかけ 朧な輝きを、明けて来る朝に手渡そうとしていた。

「ウム この茶の1杯ぇが 何と旨ぇ事よ、のう佐嶋、ご苦労であった」平蔵は深くため息を漏らし、
しらじらと明けてゆく江戸の空を見上げた。

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