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鬼平犯科帳 鬼平罷り通る 三嶋山燈

鬼平犯科帳外伝

俺を試すか! 2月3週号


平蔵が懐刀と呼ぶ筆頭与力 カミソリ佐嶋忠介


おかしら、昨日私めがしたためましたる錣(しころ)十兵衛のお調書でござりますが、
お頭ならばいかがなされるかお聞かせ願えませんでしょうか?

「何ぃ 忠吾、そちはこの俺を試そうとてか!」

「えっ 滅相もござりませぬ、私はただ・・・」

「ただ? ただ何とした!!」

「いえ 私の調べましたる事につき、おかしらのお考えが承りたく・・・・・」

「だからそれがわしを試すと言うことであろう。
忠吾!人の意見を参考に伺うおり、さような物言いはことの内容を比べようという
働きがあるからじゃ、それがどうして解らぬ」

「ははっ!! 誠に持って面目次第もござりませぬ」

「もしもわしの申すことがそなたと違ぅておった場合、いかがする所存じゃ、
有り体に申してみよ」

「ははぁっ この木村忠吾ただただ恐れ入ってござりまする」

「もう良い 下がってよし」

「はは~~~っ」

木村忠吾はコメツキバッタのごとく床に頭を擦り付けながら引き下がった。

「のう佐嶋、これまでの(しころ十兵衛)の手口じゃが、
忠吾の調書に加える事があるかの?」

「はっつ 今のところ別段書き加えることは御ざりません、
こたびの忠吾の調書はよく出来ておると存じます」

「ふむ さもあろう、だから奴め鼻を高うして俺の意見を求めたに相違あるまい」
あれさえなければのう・・・・・・」

「はははは 全くでござります」佐嶋忠介もよく心得ている。

「所で佐嶋、十兵衛の獲物はやはりシコロか」

「はい これまでの調ベ書きにて、奴のやり口であろうと想われます
幾つかのお店(たな)に残されましたる押し込みの手口が共通しております。

たとえ土蔵であろうが土間であろうが、シコロを使っての破り方」そこから
錣の十兵衛とあだ名されておるそうにございます」

「シコロとは又 はぁ~何時の世まで透破が世間を騒がせるのかのう。

御政道が間違ぅておるとは想わぬが、正しいとも俺には言えぬ。
下々の者が有りてこそ、初めてお上がなりたつであろうに、そこんところが
お上にはわかっておらぬ。

富むものが貧しきものを助けてこそ御政道、だが、今の世の中貧しきものが
富むものから手段を選ばず強奪いたしおる、これでは盗人社会は収まらぬ、
のう佐嶋 そうはおもわぬかえ?」

「おかしらの申されます通り、誠に今の世の中不条理に満ちております」

「わしも筆頭老中松平越中守様に進言いたし、可役人足寄場の設置を
お赦しいただいた。

だがな いくら悪人をひっ捕らえても浜の真砂と五右衛門が言いおったように、
盗人は減る様子とてない。

八代様が享保の改革にておつくりあそばした小石川養生所とて、
いまや博徒の根城とかしておるとか。

お医師も薬代をごまかし、私腹を肥やすなぞと巷の噂は消すことも出来ぬ、
俺には何が正しくて何が間違ぅておるのか、その判断を決めかねることもある」

「おかしら・・・・・」

のう 腹が減って死にそうなものが飯を望むどこが悪いのじゃ、
生きるとはまさに其の所であろう、生きるために盗みを働く、
これは確かに悪いことではある、
だがな、その一人一人が生きておるから御政道は保たれておる、違うか佐嶋」 

「さようでございますな、今の世の中何が不足しておりましょうか、
厳しく取り締まるよりその不足したるものを与えることが罪人をなくす方法
と心得ますが」

「しかり しかり まさにそこ元の申すとおり、俺はそのために加役人足寄場に
授産所を設け、寄場人足は水玉の着物を着せ、一年を過ぎるごとに水玉の数を減らし、
釈放前には柿色無地の衣服を着せ、施設の外での仕事、町への買い物を許し、
手に職を付けさせ、作業にあたっては其の収益を施設の運営にあて、

一部を労働の代価として当人に与え、出所後の暮らし向きを立て直す機会を願ごうて
作った。

読み書きを教え神道を学ばせ、これを収めたる者は釈放して世のお役に立てる。
それが俺のすべき答えであった。

だがなぁ一度悪に染まった者は、中々元には戻れぬものよ、
いくら本人がその気であっても、世間がそうは見てくれぬ、そこに
俺はぶちあたっておるのよ。

人とは何と寂しいものか、罪を犯す物が悪いのではない、罪を侵させる世間も悪い、
俺はそう想うのだがな、いやどうも俺の想うように事は運ばぬ。

飢饉で田畑が荒れ、年貢を取れねばお上が立ち行かぬ、
では何がはじめに悪いのであろう、
こいつばかりは いやぁこの俺にも皆目判らぬ。せめて罪を憎んで人を憎まず、
そのように想ぅてはおるのだがなぁ、近頃の盗っと共の急ぎ働きを見ると、
其の気持ちも揺らいでしまいそうじゃ。

雑草というやつ、踏みつければ踏みつけるほどたくましくなる。
その芽を刈り取ってもすぐさまより以上に力を増して生えてきおる、
力任せに引き抜いたとてわずかでも根が残っておれば、一夜の雨でよみがえる。

あれが火盗よと町方からは煙たがられ、庶民からは鬼とやゆされ、老中からまで
過剰と非難を浴びる。

俺に代わって誰かが収めてくれれば、俺はいつでもお役を降りる。
斬り捨てお構いなしはご法度なれど、いちいち詮議立ていたさば、
いやどうにもたちゆかぬ場合もある。

世の中に生かしておいてもどうにもならぬと想うた時、俺は切り捨てる。
備前守さまもそのところをお判りくださり、我らの為したる行いをかぼうてくださる。

おれとて立身出世は嫌いではない。
町奉行にでも昇進いたさば、どれほど久栄も俺も楽になるか、のう・・・・・・

だが、今俺がここで踏ん張らねば誰が代わりにおろう。
お前達が自由に動くにゃぁ多くの手下がいるであろう、
密偵を手足のごとく動かすにぁ金子もかかる、
その苦労を備前守様は影でお手元金をくださり、我らの働きを助成くださる。

なぁ佐嶋、この御方のためならば、俺はこの生命捨てても惜しいとは想わねぇ、
庶民が暮らしよい世の中を一日も早く創りてぇ・・・・・・」

弓張の残月が雲間に浮かんで、江戸の町をじっと照らしている。
時すでに師走に入ったある日の出来事であった。



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