時代小説鬼平犯科帳 2016/08/27 9月号 忠吾捉わる 兎忠こと木村忠吾その日忠吾は非番であったため、着流しに十手も飲まずふらりと清水御門前火付盗賊改方役宅を出て、雉子橋通り小川町を北に上がり、裏神保小路を東に進んで、表猿楽町を流し、森川出羽守屋敷を左に土屋采女上屋敷を左に周りながら松平左衛門・阿部伊豫守上屋敷に抜けて淡路坂を左に見る昌平橋に出た。これを渡って北に突き当たったところが松平伊織下屋敷。これを西へと折れれば坂下町が板倉摂津守下屋敷の前に男坂それを越すと湯島神社の女坂が見えてくる。何のためらいもなく忠吾は女坂に差し掛かった。時は両坂を隔てて白梅の咲き匂う頃でもあり、女坂を登り降りする町娘にみとれながらのお詣り?ではあった。石段の脇に陣取った手相見が「おお そこのお武家様!」と声をかけてきた。真っ白なあごひげを蓄えた、いかにもいかにもという風情で忠吾を呼び止めた。「おれか?」忠吾はさして気にするでもなく歩を止め手相見の方に近づいた。「ああお武家様でございますよ!見れば女難の相が・・・・・でお声をおかけいたしました」これには忠吾ちょっと引っかかる「俺に女難??」むふふふふ「確かに女難じゃな!」と念を押す。「間違いござりません、明らかにそのお顔には女難の相が・・・・・しかし・・・」忠吾見料も聞かず懐から一朱を取り出し「取っておけ!」と日頃の忠吾とは違った大盤振る舞いである。それもそのはず、この「女難の相」の響きは忠吾の浮かれた気持ちに更に油を振りかけた如く燃え広がったのである。易者は少々不安そうに「女難と申しても良いこともあるが悪いこともある、どちらかと言えばよくないほうがおもに見える」といったのであるが、(むふふふふふ女難 むふふふふ・・・・・女難!)この時の忠吾の顔はまぁ盗賊改方の面々、特にお頭には見せられないほどであった。それほどこの女難と言う響きは耳に心地よく聞こえていた。ゆらゆらと33段を登り切って振り返ると見事という外ない梅林の艶やかさ、さしもの忠吾も見とれるしかなかったようで「はぁなんとも見事なものだ」と溜息を漏らした。とすぐ後ろで「さようでございますねぇ、ほんに見事な梅に、又その薫りなんとも色艶のあること」と声がした。「ううんっ?」振り向いた忠吾の目の前にやや細身ではあるが忠吾好みの色白でぽっちゃりとしたいい女が佇んでいた。「おおっ! お前もそう想うか!」忠吾すでに目尻は下がり猫ならぬチュウ撫で声で女を見返した。「はい いつみても花は美しゅうございますねぇお武家様」と切れ長の眼をすっと流してきた。(まさに女難の相だ!あの易者嘘は申さなんだと見える)この時忠吾は易者が遅ればせに口に仕かけた言葉を聞いておれば、この後忠吾の身の上に起こる出来事に巻き込まれずに済んだのだが・・・・・その頃同じ湯島天満宮の一角にある笹塚稲荷裏手の茂みの中、「おいお前ぇ良くも裏切りゃァがって、開きもしねぇ錠前を渡してくれたもんだなぁ、いい度胸じゃぁねぇか!」毒づいているのはいかにも荒くれと言う顔立ちの四十がらみの男、やわな男だと、この男の一瞥で縮み上がるであろう強面である。「そそそっ そんな!俺が造ったものに間違いはねぇ、合わねぇはずがねぇ!あの方にそう言っておくんなさい!」と青ざめた顔を引きつらせて震えている。まだ二十半ばの小柄な男はいかにも職人というふうな腹掛けの上に半纏を纏った軽装で、まだ梅の花の咲きほこる浅い春の陽がぼんやりと立ち込めている肌寒い時である。「間違いなく大原屋の蔵の鍵なんだな」念を押す様に強面の男が若者の胸ぐらをぐっと握り替えて凄んでみせた。「間違いありませんよ、姉さんが直に写し取った代物でございやす、粘土じゃぁ型が崩れやすいんで蜜蝋で取りやした」と地べたに腰を落として震えながら答えた。「だがなぁそいつが全く合わねぇんだからしょうがねぇじゃぁねぇか!結局親分は店の者が騒ぎ出しちまって、裏から逃げ出した時出くわした夜回りの爺を叩き切って逃げるだけのおつとめに終わっちまった、この落とし前ぇはどうつける気なんだぇ?間に入ぇった俺の顔を潰してくれただけじゃァすまねぇんだぜ、判ってんのかぁ!」周り取り囲まれたその男は歯をガチガチ鳴らしながら震えていた。一方忠吾はというと、鼻の下は伸び放題で「ところでお前、名は何と申す?」手をとらんばかりに女を覗きこむ。「やですねぇお武家様ぁ、そんなに見つめられるとあたしぁどうしていいか困っちまいますよ」と再び流し目が忠吾の鼻の下を引き伸ばす。「うんうん よいよい 心配いたすなそのようなことはないぞ、どうだな?そこいらでちと休んでは行かぬか?花の薫りを肴に身を寄せおうて温まろうではないか」と女の手を握った。「あれまあぁどうしましょう、そこまで言われるといやとは言えませんねぇ」と誘いに乗ってきた。(ここまでくれば後は茶屋で差しつ差されつ・・・・・・あら忠さまお流れをもう一つ・・・・うむうむなかなかに良い具合ではないか、目元もほんのり紅も差し、乱れた裾に蹴出しがチラリ、あはっ!こりゃぁたまらぬ)と妄想はますます激化するばかり。「ねぇお武家様ちょいと付き合っておくんなさいよぉ」と忠語の袖を引き寄せた。よろっとよろめいた忠吾の目の中にぐっと真っ赤な紅の色が間近に近づき、女の襟元の合わさる胸乳あたりにあざのようなホクロが見え、同時に忠吾の右肩が女の胸辺りに当たった。「おおっつ!」思わず忠吾は声を上げ、「きゃっ!」と女は軽く叫んだもののそれはいやという声色ではなかった。忠吾もやわらかな感触に一瞬ドキッとしたものの「やっ!こいつぁ済まぬ、だがお前中々のものだなぁ」と、そのもっちりとした感触から更に深い妄想が限りなく膨らんでゆく。(嗚呼!たまらぬなぁ花見酒を酌み交わしつつ、ゆらりと1日を過ごす!うふふふふ、もう待てぬ)忠吾は女の腕をグッと握って引きよせようとした時には周りはいつのまにやら石段から離れ、賑やかな出店の中をどのように通ったかさえ定かでなく、夢遊病者の如き足取りで女に引かれるままついてきていた。どうやら神社の裏手のような場所である。「おい 此処はどこだ?茶屋が近くにあるのか?それらしきものは見えぬが・・・・・」と、妄想界から現実に戻りつつある忠吾に「まぁお武家様ここは極楽浄土の入り口じゃぁございませんか、ねぇぇ」と言いながら忠吾の腕を引き寄せて「お願いいい夢をお見せするからちょっとの間目を閉じておくんなさいよぉ」と甘い声で忠吾の耳元に囁いた、軽い白梅香の匂いが忠吾の鼻をくすぐった。「よいよい 目をつむればよいのだな・・・・」忠吾は目を閉じて「こうか?」とやにさがりながら女の返事を待った、そこで意識がぷつんと途絶えた、後頭部に激しい痛みを伴ったままであるが・・・・・・誰かの声と揺さぶりに(ううっ!)と気がついた忠吾の目の前に十手を持った役人が立ち、御用聞きが忠吾の身体を抱えていた。「何だぁ?俺はどうなったんだぁ?」忠吾の言葉の終わらないうちに「とにかく番屋までご同道願おう」と与力風の男が忠吾を促し立たせた。「俺がどうして番屋に行かねばならぬ」と腕を払おうとした。「やっ 逃げる気だな!おいこやつをひっとらえよ!」とその若い役人が忠吾を羽交い締めに締め込んだ。御用聞きが素早く捕縄で忠吾を縛ろうとする。「まてまて 俺は火付け盗賊改め方同心木村忠吾である」と名乗った。「あい判リ申した木村氏、捕縄は掛けぬゆえおとなしくご同道願う」とやはり答えは同じであった。「いやまてまて 一体俺が何をどうしたというのだ!」と更に問い返すと、「あそこに男が一人死んでおあります、そしてご貴殿がその傍で倒れており、この刃物を握っておられた、それだけのことにござる」と感情のない言葉で説明した。たまげたのは忠吾である「そんな馬鹿な!俺は人を殺した覚えなぞない、又殺す理由もない、第一そいつを俺は知らぬ」と言いつつ、今朝からの出来事がゆっくりと糸口を見せ始めたのか少しずつ思い出してきたものの「そういえば・・・・・女はどうした!」「女・・・・でござるか」「左様女だ!三十路を越えたばかりであろうか色白で、ちとふくよかな・・・・・」「女なぞ居り申さぬ、居るのはそこ元と死んでおる骸一つ」「ばかな!!」忠吾は思わず大きな声で叫んだ。「馬鹿とは無礼であろう」「いや済まぬこっちの話・・・・・」だが、女に誘われてふらふら歩いてきたのは確かだが、ここから記憶の糸がぷっつりと切れてしまっている。番屋に連れ込まれて、ひと通りの聞き取りが行われたものの、忠吾にとっては何もかもが理解できない話ばかりである。らちもあかないのでそのまま月番である北町奉行所に連行され仮牢に入れ置かれてしまった。「盗賊改に連絡を取ってはもらえぬか?」と懇願したものの、他との連絡は証拠隠滅などの恐れもありと拒否されてしまった。「一体俺はどうすればよいのだ、俺は間違いなく盗賊改同心だ!それを先ずは証明するためにもお頭に連絡を取ってはくれぬか」と再度願うものの「そこ元が盗賊改であろうがなかろうが、殺人を犯したという事実とは無関係、人殺しは人殺しでござる」と取り合ってはくれない。何しろ殺人の物的証拠がある以上それから先は評定所の管轄となり、町奉行とて手も足も出せない。それから2日の時が小伝馬町でも流れた。清水御門前の盗賊改方でもこの木村忠吾の出所のないのが判明して、ひと騒ぎ持ち上がっていた。「なぁに、あの木村さんですよ、またどこかの女にでも引っかかって寝すごしたんじゃぁありませんか?度々なのでお頭にお小言を頂戴するのが不味いので雲隠れとか・・・・」とまぁあまり真剣には取りざたされていないようであった。「お頭、忠吾のやつ確か非番でございました、さればどこかに遊びに・・・・・どうもこれが又いつものことなので、ですが、アイツの事、事件か何かに巻き込まれたかあるいは事件に出くわしそのまま繋ぎをつけられずにという事も考えられますし」と上役の筆頭同心酒井祐助が平蔵の元へと進言に及んだ。「そうだのう、いつもの忠吾ならばそろそろとぼけた面を覗かせても良い頃合いだがのぉ・・・・」「酒井 すまぬがこのことを密偵たちに調べさせてくれくぬか」と忠吾の足取りを見つける探索が始まった。程なくして密偵たちはそれぞれに持ち場に散っていった・・・・・が、その日は何も見つからないまま翌朝を迎えた。そこへ「急ぎ長谷川様にお取次ぎを」と大滝の五郎蔵が飛び込んできた。「何!五郎蔵が!すぐさまこちらへ回せ」平蔵は何やら不吉な胸騒ぎがし、急いで裏に回った。枝折り戸が慌ただしく開けられ、大滝の五郎蔵の険しい顔が駆け寄った。「五郎蔵何があった!」平蔵が切り出すのを待たず「長谷川様三日前に蔵前の札差大成屋に押し込みが入りやして、被害はなかったようでございやすが、その日夜回りをしていた八助という爺さんが殺されておりやした」「何だと!押込みがあったと申すのだな!」「へい 役人が出張っていたと町番屋で判りやした」「酒井!今月はどちらが月番だ!」(願わくば南町であらば何かと勝手が良いと)平蔵は願ったが、その思いはあっけなく否定された酒井の一言であった。「お頭、今月は北町の当番にございます」「・・・・・・・さようか・・・・・」「で五郎蔵!その他になにか掴んで参ったのか!?」「へい 同じ日に湯島神社の裏手で殺しがあったようで、その下手人がどうも盗賊改めのものと名乗ったそうで・・・・・」「何だと!盗賊改めとな!」平蔵まさかの五郎蔵の言葉に動揺を隠せない。「へい 番屋でそのように言っていたそうで、こいつぁどうやら・・・・・」「忠吾か!」「の様に想われやす・・・・・」五郎蔵は無念そうに唇を噛んでいる。「五郎蔵ご苦労であった、よく探ってくれたありがとうよ、後はわしが何とか掛けあってみよう、皆に更に深く探りを入れるようお前ぇから伝えてくれ」平蔵腕組みをしたまま深い溜息ばかりである。翌日平蔵の姿は呉服橋たもとの北町奉行所にあった。北町奉行初鹿野河内守信興が江戸城から下城の後寸暇をさいてのお目通りを願い出た。「はて長谷川殿、いかようなる事でござろう?」河内守は火付盗賊改方長官長谷川平蔵の訪問理由を促した。「此度我が配下盗賊改方同心木村忠吾なる者が、殺人の疑いにて北町奉行に囚われておると聞き及びました」と切り出した。「ああ その件ならば吟味方与力にて取り調べの上、何の手落ちも無き故すでに奥右筆吟味方(おくゆうひつ)に回ってござる、したがい当方からは最早手が離れてござる」と取り付く島もないあっさりとした返事「何と、すでに吟味方に・・・・・」平蔵は唖然とし、言葉に詰まった。「河内守様、誠に申し上げにくいこととは存じまするが、吟味方のお調べ書きを拝見することは叶いませぬか」と、せめて調書の内容が知りたいと思い願い出た。「お控えなされい長谷川殿、喩え盗賊改方同心であろうとも下手人に変わりござらぬ、先程も申した通りすでに我が手から離れ吟味方に回りしものを、今更どうにもなりますまい」と拒否されてしまった。平蔵は北町奉行所を辞した後南町奉行所に廻り、池田筑後守に目通り願った後、最後の頼みと京極備前守に嘆願書をしたため、筆頭与力佐嶋忠介に持たせた。その夜遅く、佐嶋忠介が備前守の返書を携えて菊川町の役宅に戻ってきた。「お頭只今戻りました」「おお ご苦労であった!で備前守様はなんと!」「ははっ!御側御用人様よりお返事を言付かってまいりました」と平蔵に備前守よりの返書状を差し出した。取るのももどかしそうに平蔵は斜めに読み飛ばした。「うむ・・・・・」平蔵の難しそうな顔を見て取った佐嶋忠介「備前守様は何と!」と詰め寄った。「お力添え下さるそうな、先ずは忠吾の首をつないだ、後は我らが忠吾の無罪を証明するしか道は残されておらぬ、が やらねば間違ぇなく忠吾は死罪」平蔵は漆黒に包まれてゆく闇の空をじっと眺めながら口を真一文字に固く閉じ拳を握りしめている。木村忠吾の吟味は一時中断された。これは平蔵が京極備前守に嘆願した結果評定所に一時預かりということになったからである。平蔵が嘆願したその理由は第一に取り調べの甘さがあることから始まって、物的証拠が決め手に欠ける事、次に南町奉行池田筑後守より借受閲覧許された、この事件の詳細なお調べ書きの内容に関する疑問点の一つ、凶器となる刃物が、何故わざわざ短刀を使ったのか?その短刀の鞘はどこにあるのか。更にもう一つ、忠吾が何故後頭部を殴打されなければならなかったのか、その理由が説明されていない。だが事件はここから遅々として進まず、無意味な時ばかりが流れようとしている。奥右筆(おくゆうひつ)吟味方から差し戻されて小伝馬町の牢から大番屋預かりとなっている忠吾との面会を要請し、吟味方与力立ち会いのもとということで許可された。忠吾からの証言にもさしたる進歩はみられず、唯一忠吾を誘った女の胸元付近にほくろがある程度で、その他は捕まえどころもなく手詰まりの状態の中、平蔵は僅かな手がかりを持つ消えた女の影を密偵たちに探させたが、依然女の足取りは掴めず、全く新しい情報は掴めなかった。殺害された男の身元を聞きこみで洗いなおしていた相模の彦十が耳寄りな話を持ち込んできた。「それがね銕っつあん!番所を回っておりやしたら、錺職人の久吉ってぇ野郎がここんと所ずっと家によりつかねぇってんで、番所に行くかた知れずの届けが出ておりやして、そいつの人相を聞いた所どうも木村様に殺された、とっっっ!死んだ野郎によく似ておりやして」「何だと!仏の身元が判ったのか!」平蔵は僅かではあるがこの閉塞感を打ち破る彦十の知らせは吉報に思えた。「へぃ そいつのねぐらは神田佐久間町の六軒長屋でございやす、探りを入れやしたら、野郎が出て行ったのが十日前、そん時 やに色っぺぇ女が野郎を訪ねてきたってんでさぁ、大成屋とかなんとかの使いの者だと話したそうで」「何大成屋だぁ!」平蔵は五郎蔵から聞いていた店と同じ名前に身を乗り出し、「フム!それでどうした!」「野郎の妹のおきよってぇのがその女をよく覚えておりやして、ちょうど野郎が出かけていたもんでやんすから、暫く待っていたそうで、そん時胸乳の傍にほくろのあるのを見て「あら胸乳にホクロ!私ももうちょっと横だけどあるんですよ」と言ったので間違ぇねぇそうで」「彦!こいつぁ大手柄だぜぇ!!いやぁでかしたでかした」平蔵は彦十の情報がこの事件の突破口になると確信した。翌日には押込みが未遂に終わった蔵前の札差大成屋の現場に平蔵が居た。供は八鹿(はじかみ)の治助、言わずと知れた平蔵の陰の仕掛け人。「治助どうだ!なにか判ったか?」と錠前を調べている治助に声をかけた。「へぇ 長谷川様錠前が四つありやす、面白ぇことに一つには僅かでございやすが蝋型、しかも蜜蝋と想われる粕がついておりやす」と錠前を持ってきた。「おい もしかしてそいつぁカギ型を採った時のものじゃぁねぇのかえ?」「へぇおそらくそのようで」「で、蔵の鍵にやぁついてねぇんだろうな」「へぃ こっちの方は無事のようで」「おいご亭主!お前ぇ押込みのあった時、どっちの錠前をかけていたんだえ?まさかこいつじゃァねぇだろうなぁ」と治助が見せた蝋型の痕跡が認められる方を差し出した。「長谷川様、私どもは商いも大きゅうございまして、取引もそれ相当に張りますので、錠前もいくつか揃え、これを無作為に日々替えております、それを知っているのは私と大番頭の二人のみ、鍵もからくり細工を施しましたる書院棚にしもうてございます、その開け方は女房のおさわ一人のみ」「やはりなぁ、で 妙なことを聞くようだがなぁ、店の者は別に何も変わりはねぇかい?」「はい この三日ほど弟が怪我をしたとかで、女中のおうめが休んでいるだけで、他に何も変わってことは」「そうかえ で、そのおうめだが何時頃からこの店に奉公しているんだぇ?」「はい もう三年になりましょうか、身元もしっかりした請け合い人の口利きでちょうど怪我をして働けなくなった下働きの代わりに雇い入れましたもので、それが何か?」「ふむ で、その女は通いなのかえ?」「はい 三年前に弟と江戸に出てきたとかで、神田旅篭町に住んでいると申しておりました」「あい判った!まぁ此度の事はご亭主、そこ元の日頃の用心が幸いいたしたのだな、今後も用心いたせよ」平蔵はこの主の抜け目のない予防措置が被害から免れたことに胸をなでおろしていた。「ところでなぁご亭主、つかぬことを尋ねるが、此処にはいつも金が蓄えとしておいてあるのかえ?」と訪ねてみた。「とんでもないことでございます長谷川様、近頃は以前に増して物騒な世の中、出来る限り現金は手元におかず、必要な折にのみ持ち込んでおります」「成る程なぁ、ではここに金が置かれるのは特定の時のみというわけだな?」「さようでございます、通常は手形扱いでございますので、裏書きがなければ両替も儘なりませんので、この度も札旦那の皆様方からお預かりいたしました手形を持ち、米問屋に売却いたし、その売却代を手形に変え、残りのお蔵米とともにお届けする予定でございました。この度は蔵宿を賜っております旗本久保寺将監様のお屋敷より、手形でなく金子で受け取りたいとのお申出がございまして、用意いたしておりました、それがあのような事態に合い驚いて次第でございます」「ふむ すると何だなぁ普段ならば金子ではなく手形と申すのだな?」「はい いずれにせよ、両替の際には手数料を取られます、まぁその煩雑な面倒を避けたいというのも一つにはございましょうか・・・・・」「なるほど・・で、手数料は如何ほどだ?」「はい お定めで札差料は百表につき金一分、売側(うりかわ)の手数料が同じく百表につき金二分、これに領主貸し繰越の借財がある場合はそれを差し引いたものをお届けすることになっております」「ふむ どう転んでも儲かる仕組みだのぅ」「はぁはははは!何事も面倒な所に儲けの種は転がっておるものでございますよ長谷川様」大原屋は高笑いで平蔵を眺めた。「で、この度は えぇ 何と申したかのう・・・おお!久保寺将監殿のことじゃが、如何ほどの金子が用意されたのじゃな」平蔵の頭の中で主の言った(このたびは金子で)と言うところがひっかかっていたからである。「はい 蔵前からのお引き受け米は五百表少々であったと存じます」「うむ すると金子に替えていかほどになる?」「はい 米相場は産地にもより違いが生じますので、それぞれ入り札で定まったもので取引されます、従いましてこれという決まりがないとも申せます」「成程のう、旨い米とそうでない米が同じでは確かに可笑しぅはある、で、再度たずぬるが如何ほど用意いたした、それももうせぬか?」と平蔵は念を押した。「あっ いえ決して左様なことではござりません、このたびは五百両ほどをご用意させていただきました、その折追加の用立てのお申し入れがございましたが、その件につきましてはしばらくのご猶予をと、手前どもも商いでございますから」と慇懃無礼な薄ら笑いを浮かべながら平蔵を上目遣いに答えた。「と言うことは用立てできぬということだな」じろりと平蔵は大成屋を見返した。「はい 早く申せば左様なことになりましょうか」平蔵はこの主の強かさを感じ「あい判った!いや邪魔を致した」と次助を促して店外に出た。店を出た次助「長谷川様!あのなりにゃぁ反吐が出ますねぇ」と大成屋の態度にヘキヘキした様子である。「次助!札差はああいった者よ、何しろ上は将軍様から下は旗本・御家人まで奴らの金縛りで動けぬのが昨今だ、ご時世とは申せ太平の世はかくも変わるものよなぁ・・・・・」平蔵はその足で西福寺門前を西にまっすぐ突っ切った、元鳥越町の向かいは大御番組・御書院番組も控えて人通りも多い、そこを過ぎるとやがて卍辻にぶつかる、これを過ぎると右手に柳沢弾正の上屋敷がある。その西側に目指す旗本久保寺将監の屋敷がある、平蔵はそこをひと目確認しておきたかった。真向かいに三味線堀が望め、その向こうに出羽国久保田藩二十万国の上屋敷がある。殊に3階建ての高殿は物珍しく、その権勢を誇るに十分な威圧感を持っていた。この高殿屋敷の主、佐竹右京大夫中々の文化人であり、杉田玄白らの解体新書の付図を描いた小野田直武や狂歌師手柄岡持はこの藩士である。(三階に 三味線堀を 三下り 二上り見れど あきたらぬ景)と御家人ながら狂歌師でもあった大田南畝が詠んだ狂歌)「おい次助!あれが佐竹の高殿屋敷よ」外様とは申せ、いやぁさすが常陸守護の家柄、てぇしたもんだ、それに引き換えこのわしはのぉ あははははは」その帰り平蔵は次助を伴って両国橋を渡り回向院に向かった。橋を渡ると目の前が元町、本日は(も丶んじや)「実は猫どのがな、一度はお試しをと薦めて参った店だ」平蔵は治助を伴いのれんを開けた。「どうでぃ もうはなっからこう、いい匂いが立ち込めてはおらぬか?わしは五鉄の軍鶏鍋も好物だが、こいつも中中々に旨い!」言いながら平蔵桟敷に構える。「本日はお二人様で・・・・・」と案内の小女が注文を取りに来た。「うむ 今日のお薦めは何だえ?」「へぇ 山くじらのいいのが入っております」「よし!そいつを二人前ぇだ、それと熱いのをつけてくれ」平蔵手揉みなどしながら酒肴の来るのを待った。「おお来たぜ、まぁこいつで冷えた身体を温めてとなぁ次助」平蔵は次助の差し出すチロリを盃で受けながら、物珍しそうにあたりを見回す次助に「こいつぁなぁ イノシシ肉だが、大っぴらにやぁ食えぬ、そこで山くじらと称して食っておるのよ、いやぁこいつが又中々に旨ぇ、ダメと言われりゃぁ増々楯突きたくなるのが下々の者さ、ももじやってぇのは百獣(ももじゅう)から呼ばれておるそうな、それ昔っからたぬき汁と申すであろう、そいつに始まって鹿から猿から何でも食える、で俺はこいつが好物でな、猪肉を先に煮立てておく、そいつを昆布と鰹で取った出汁に落として酒を入れる、味が滲みた頃を見計らって短冊の大根、しめじ、葱のぶつ切り、湯通してちぎったコンニャク、人参、さかがきゴボウ、白菜と入れ、白味噌と赤味噌を混ぜた合わせ味噌を溶かし込む、これに砂糖をちょいと入れながら味見を致す。こうして半時ほど煮詰めるとそれぞれの持ち味がしっくり馴染んで旨さが増す、そこへ白菜の葉っぱや春菊、焼き豆腐を滑りこませて温まったらそれ!食い時だぁ猪はドングリや木の実を食ったやつほどあっさりと美味いそうな、が 一番は竹の子、こいつァ人様の上前をはねるんだそうな、何しろあの鼻で土んなかぁ嗅ぎ出して食っちまう。そいつを罠や鉄砲で仕留めたら、すかさず絞めて内蔵を掻き出し血抜きをする、それから前脚後ろ脚などから再び血抜きをする。こうすることですっかり血抜きが出来て旨いそうだ」次助に猫どのの講釈の受け売りを披露しながら平蔵、ふうふうと口に運んでいる。次助も夢中で腹に収めているのを見やりながら、平蔵本日の出張りの結果を頭に中に纏めている。突然次助が「長谷川様今日の大原屋でございやすが、あっしにゃぁ又盗人が入ぇるんじゃぁねぇかと・・・」箸をおきながら平蔵の顔を見上げた。「ふむ やはりお前ぇもそう想うかぇ、わしもな!もう一度仕掛けると想うたのさ、ただこの度は錠前が合わなんだゆえそれでことは済んだ、だが盗みに入ぇるにゃぁそれなりの支度や引き込みなんぞも仕掛けてあるはず、とするとだ!ここん所をもう一度洗い直さなければなるめぇなぁ・・・・・合鍵はおそらくもうやるめぇよ、用心に越した事ァねぇからなぁ」「へぇおそらく次は剛力かなんかで・・・・・そんな気が致しやす、ただ次の金子の入る日がいつなのか、そいつが判らねぇとこればっかりは」「うむ だな!、そこんところよ俺が引っかかっておるのは、この度は金蔵に米俵と金子が揃っているのを知っていたのは大原家の亭主と・・・・・」「先程のお大名・・・・・」と次助が後を取った。「それよ!」「で長谷川様はそのお屋敷を見においでなさった」「うむ まことその通り、金回りもよくば屋敷の内外もきちんといたそう、いやさせめて外回りだけでも見栄もあろうから致すであろう、ところがどうだぃ?お前ぇも見た通りあまり回っちゃァいねぇようだった」「へい」「お前ぇも見たであろうが、大原屋の脇部屋にそれと見ゆる野郎がちらほら・・・・・」「へい 確かに!」「札差は手数料だけじゃぁやってけねぇ、で 担保米を抑えて金を貸す、確か大成屋もそう言っておったなぁ、するとあそこに居た奴らは対談方と考えねばなるまい、久保寺将監の屋敷を見張らねばならんなぁ」腕組みをしながら平蔵は知略を練るふうに目を閉じた。「とおっしゃいやすと?」次助が合点がゆかないふうに平蔵に問いかけた。「うむ おそらく大成屋の屋敷内に対談方が巣食っていることを知っておったから無理をせず逃げたのではないかぇ、大概ぇは脅しをかけて鍵を出さすなり何なり荒業に移るのが盗人・・・・・」「あっ なるほど左様でございやすね、てぇことだとすると大成屋の中に盗人の仲間がいたか、あるいはそれを知っている野郎がいる」「ふむ それを確かめるためにも久保寺将監を張らねばならぬ、もしその屋敷に蔵宿師がおったなら、そいつらは大成屋に出向き、断られた俸祿米の先物を示談するであろうからなぁ」その翌日「長谷川様!お指図の久保寺将監でございますが、どうも月踊りに引っかかっているようでございます」菊川町の役宅に現れたのは五郎蔵である。「月踊りだぁ?」「はい 普通であらば借金の返済は次期の俸祿米の日でございますが、奥印金と言いまして、貸す側が手前ぇ名義で貸さずに仮の名前ぇで貸します、するってぇとお定め通りの金利でなくても貸せる、借りる方も別立てで借れるという都合のいい仕組みでして、ところがどっこいこいつがとんでもねぇ仕掛けを飲んでおります」「おうおう そいつぁ何だ!早く申せ!」平蔵心中穏やかではない様子である。「はい そいつぁ金主が、(都合で少し早めに返してほしい)と申し入れるんでさぁ、そいつが振るっているじゃァございませんか、相方の一番苦しい時期の俸祿米が支給される前を狙って仕掛けるんでございます」「それじゃぁお前ぇ借りた方は返ぇせねぇ・・・・・・」「はいその通りで、で その時札差は恩を着せて元利合計を新しい元金として借用証文を書かせる、その折にも旧証文の月を新証文の最初の月に組み込んでしまいます」「まてまて すると何かぇ?その月は古いやつと新しいやつの同じ月分を払わされるじゃぁねぇか」「へへへへっ 仰るとおりでございます、借用証文は借りた日ではなく借りた月なんでございますよ、お定めの金利は年利計算で一割五分、こいつを月割致しやす、すると一割八分となります。これを札差共は月踊りというそうでございます。俸祿米の支給前の二十五日辺りに請求すれば、借りた方はまだ俸祿米が入ぇらねぇんで返せねぇ、そこで借り主側は・・・・・」「おうさ 証文を書き換えざるを得ねぇ」「へっ と言うわけでございます」「ふ~む・・・・・・」平蔵この札差の方便に舌を巻いたふうである。「おまけにその書換のたんびに貸し金の一割から二割の礼金を取ろうってんでございますからねぇ、呆れた守銭奴でございます」「ふ~ぅ・・・・・・」最早平蔵はため息をつくばかりであった。こうしている間にも忠吾救出は引き続き行われていた。この日は朝から花冷えの小雨が降っていた。菊川町の役宅の桜も無情な雨に打たれて花筏を足元に流している。そこへ裏門の門番が「粂八さんが長谷川様にお目通りをと参っておりますが」と報告に来た。「何!粂八が参ったか、よしすぐ此処へ通せ!」八方塞がりの中での粂八の来訪に平蔵は期待を寄せた。「長谷川様!」粂八は箕笠姿ですっかり濡れている。「おお 粂八!そこじやぁ濡れる、こっちには入ぇれ」と軒下に招き寄せる。「で なにか変わったことが起きたと見えるな?」平蔵 粂八の顔つきにそう直感が走った。「へぃ お指図通り大成屋を張っておりやしたら、女中が戻ってきやした、木村様じゃございやせんがめっぽう色ぽい女でございやす」「おそらくそいつぁおうめに違ぇあるめぇ、でその後どうした」粂八の報告を聞いているところへ、久保寺将監の屋敷を張っていたおまさがこちらも箕を引っ被って駆け込んできた。「長谷川様やはり現れました、あの女と想わしき者が!」「おい おまさ伊三次はどうした?」「はい昨夜から引き続き番屋に腰を据えて久保寺将監の屋敷に張り付いております。私はそのお屋敷から出てきた者の後を微行て・・・」「その落ち合った先に女が現れたというわけだな?」「はい さようでございます」「で 落ち合った所は?」「それが於玉ケ池の玉池稲荷・・・・・あいにくの雨でございますから男の方はお社に入りましたので、私はその裏手に身を潜めておりましたら、女がやって来ましたので急いで身を隠し、その後中の話が聞こえないものかとこれを・・・・」とおまさは帯の間から竹筒を取り出してみせた。「なんでぇそいつぁ」平蔵見慣れないものを見ておまさに尋ねた。「はい うちの人がこさえて持たせてくれたもので、板壁などなら中の話し声が聞こえてきます」と恥ずかしそうに帯に収めた。「ほぉ 五郎蔵がかぇ、やるじゃぁねぇか!いや参ったぜ!で首尾は!!」「それが男の申しますには、あのお方が明後日決行せよと申されたので、そのつもりで用意いたせ」と・・・・「明後日だな!間違いねぇだろうなぁ」「間違いございません、はっきりとこの耳で確かめましたので」「よし!やっとこの長ぇ山もめどが立った、雨の中をご苦労であった、粂、おまさ先ずは着替えろ、こんな事もあろうとお前ぇ達の着替えは同心部屋の隣部屋に用意させてある、それから酒だ。さぁ早く行け!」平蔵はそう言って、後ろに控えていた筆頭与力佐嶋忠介に「どうやら動きが見えて来おったぞ、早速捕り方の方策を練らねばのぅ」と、顔を紅潮させて話しかけた。「よろしゅうございましたなぁ、密偵たちもよう頑張ってくれました、此処で我らが取り逃がしたでは面子も立ちませぬあはははは」と安堵の色を伺わせた。そして当日の夜半が訪れようとしていた。浅草蔵前成田八幡宮門前町にある札差大成屋の向かい団子屋笹乃や二階、火付盗賊改方の主だったものが集結していた。灯を落とし、外に気どられないように用心してのことである。ありがたいことに外はおぼろの月明かり、物の動きや気配も見えている。亥の刻夜4ツ(午後十一時)を少し回ったであろうか、複数の足音が忍んで来たのがわかった。「おい 来たぞ!」声を出したのは沢田小平次。「お頭!やってきたようでございます」と体を横に大刀を抱き寝の平蔵に声をかけた。「よし、早速打ち掛かれ!」平蔵の合図で速やかに階下へ下り裏口から店の横手に回った。すぐ斜向いに大成屋の白壁が夜陰に浮かび、横の路地に置き去られていた大八車を立てかけて忍び込んだ様子で、やがて中から裏木戸が開けられた。ばらばらと七、八名ほどの集団が中に入った。「よし打ち掛かれ!」平蔵の合図で「火付盗賊改方である、一同のもの神妙にお縄につけ!」と佐嶋忠介が飛び込んだ、同時に町内の番屋に潜んでいた捕り方が高張り提灯を灯して取り囲んだ。すでに前もって町家の者は夕方から盗賊改めによって外出が止められ、戒厳令が厳しく敷かれていた。これはもし盗賊が町家に逃げこむことを想っての処置であった。当然緘口令も出されていたので、知らされていないのは大成屋のみであった。戸板を蹴破る音と、室内からはわめき声や罵声に悪態が聞こえてきた。寝間着のままの対談方と思しき者が匕首を抜いて飛び出してき、三方入り乱れての混戦となった。抗うものはすべてその場で捕縛され、騒ぎに驚いて起きてきた大成屋の前で平蔵によって選別された。囚われ捕縛されたその中に女中のおうめの姿を見た大成屋「長谷川様!これは何かのお間違いでは!」と平蔵に詰め寄った。「おお 大成屋、目が覚めたかえ?」平蔵にやにや笑いながら狐につままれた顔をして腰を落としかけた大成屋を見た。「大成屋誠にすまぬがこのおうめ、お前ぇの想っているような女ではないぜ、何しろ小野寺屋敷とつながっておるゆえなぁ」平蔵は敢えて小野寺将監の名を持ち出さなかった。将監自身が関わったとなると小野寺家お取り潰しにつながるからである。取り潰しともなれば、その家来、家族を含む一連のものが路頭に迷うことを案じての平蔵の思いでもあった。おうめを始め賊の八名は全員捕縛され取り敢えずその場で平蔵は取り調べた後、店の者で手傷を負った者の手当をするよう指図し、盗賊はひとまとめに近くの番屋に引き据え、傷を負った数名にも手当を施した。夜が明けるまで平蔵の取り調べは続き、大方が判明した。おうめは三年前に一人で江戸に流れてきた、神田旅篭町に住み着いた。錺職人の久吉とは出入りの小野寺屋敷の弟が大成屋にお蔵米の事で出入りしていて、その遊び仲間に久吉がいた。盗賊は小野寺将監の弟の遊び仲間で、何れも博打場で知り合ったようであった。夜が明けて、平蔵は捕縛した一行を月当番の替わった南町奉行所へ引き渡した。数日後木村忠吾は無罪と判明し放免となった。南町での厳しい詮議の結果事件の真相は詳らかにされ、忠吾は利用されただけと判明したからであった。役宅の皆が心配していたのに、当の忠吾は呑気なもので「私は何もしておりませんので、お解き放ちは当然と思うておりました、まぁ悔やまれるのは牢の飯が盗賊方よりも不味ぅございました、あはあははは、日頃の疲れの良い骨休めにもなり、あっ!それにしてはちと太りましたかなぁ沢田様」とヘラヘラしている。「あの馬鹿!お頭のご心痛を少しも介してはおらん、まったくもって呆れ返ってものも言えん!」と眉間に青筋立てての剣幕に「まぁまぁこらえろ沢田、あ奴が無事に戻ってきたんだぜぇ目出度てぇじゃぁねぇか わははははは」平蔵はほっと胸をなでおろした。翌日平蔵は京極備前守上屋敷に事の次第を報告に上がった。「平蔵ご苦労であった!今や何処の家中も札差による金縛りで難渋しておる、まこと太平の世は嬉しくもあるが悲しくもあるよのう・・・・・」京極備前守の口から重たい声がこぼれた。その数日後南町奉行池田筑後守より平蔵に書状が届いた。それによれば、小野寺将監の弟が急の病で病死と大目付に届け出がなされたとのことであった。「のう佐嶋、トカゲの尻尾のような後味の悪い事件であったなぁ・・・・・・」 [0回]PR