6月号 花筏千人同心 6-2
助左衛門は慇懃(いんぎん)に平蔵を出迎え奥座敷に通した。
暫くしてこの事件を預かっている同心頭秋庭周太郎がやってきた。
「早速でござるが、此度の押し込み3件に関するお調書を拝見いたしたい」
と申し出た。
同心頭秋庭周太郎より提出されたお調書ではほとんど参考になるような内容の
記述が無い。
「何かこう 手がかりとなるようなものはござらなんだか?」
平蔵の問に
「なにぶん盗賊の探索はあまり行ったこともござりませぬゆえ、
この程度のことしか判明いたしておりません」
と、押し込み先3件の商家の名前や人員構成、それに凡その被害額、
殺害は殺傷傷であること、押し込みの人数はその足あとから
おおよそ10名前後とみられる、この程度であった。
「ふ~む・・・・・」
平蔵調べ書きを前に腕組みして深い溜息をついた。
「押しこみ経路、それに逃走経路はどのようであったか記されては居らぬようだが、
誰一人これらを見たものは居りもうさなんだか?」
「はい それに関しては皆目・・・・・」
「うむ やむを得ぬ、では町の絵図を拝借願えませぬかな?」
と言葉をつなぎ、しばらく黙想した後
「では当方勝手で事件に当たろうと存ずるが、それで宜しゅうござるか?」
と、了解を取り付けた。
何しろ上は槍奉行から、代官所に千人同心と3つのお役が絡んでの
厄介この上ない仕事である。
平蔵借り受けた絵図面を繋ぎ場所の散田町真覚寺に持ち帰った。
夕刻おまさや伊三次それに少し遅れて小林金弥が帰り着いた。
「おお ご苦労ご苦労!で、首尾はどうであったなおまさ」
平蔵この暑さにすっかり土埃と汗で日焼けしたおまさの顔を見やる。
「それが長谷川様、それぞれ3軒とも路地で隔たれておりまして、
あまり隣近所の物音は聞こえないようでございました。
押し込みのあった後も役人のお調べも型どおりで、
いえそれ以下の簡単なもののようでございました。
おそらくそのようなことにあまり慣れて居られないようだと私には想われます。
隣近所にも探りを入れてみましたが、同業が多く口が重たいようで」
「さもあらん、内心喜ぶ奴もおろうからなぁ、ましてや皆殺しとあっちゃぁ
関わりたくはねぇというのも本音だろうぜ」
平蔵その辺りは予測していたようである。
「で、ほかに気づいたことはなかったか?」
「商いは、市が立つ時手伝いのものをその都度雇うようで、
それはどの店もいつも決まっているようでございました」
「小林、遅くまでご苦労であった、で 内向きは如何であった?」
「はい 何れもが市の終わった所を狙われたようで、
売上や支度金が盗まれておりました。
この辺り、これまで大掛かりな押し込みは皆無のようでございました。
したがって、用心の方もあまり気配りが行き届いておりません、
宿場役人も日光勤番以外は手薄、そのあたりを狙ったように想えます」
「うむ やはりこの街道を熟知しておるとみなさねばなるまいのぉ、
川越あたりが賑おうて参ったゆえ、御府内に近い八王子も、
様々な仲買人が市を目当てに立ち並んできた。
だが取締は手薄と来た、外道盗(げどうばたらき)にゃぁ
良い所へ目をつけたものさ。
で、侵入経路は如何であった?」
「それがなんとも強引で、白壁造りなぞもあまりなく、
表はそれなりにしっかりと造られてはおりますものの、
2階部分は戸板1枚の簡素なもの、これならばたやすく外せます、
奴らは何れもそこから侵入した模様で、戸板の一部に真新しい刺し傷が、
おそらく錏(しころ)でこじ開けたと想われます」
「然様であったか・・・浅川は夏場の故に水かさは少なく、
小舟での逃走はあるまい、とするならば十名近くのものが移動となると、
どこかに潜み場が必要(い)ろう・・・・・」
「盗人宿でございますか・・・・・」
おまさが口を挟んだ。
「そういうところだ、明日からその辺りを心がけて探索にあたってくれ、
本日はご苦労であった、飯は支度も整っておろう、しっかり喰ってゆっくり休め」
平蔵は一同を労い奥へと戻っていった。
翌朝早く一同揃ったところで
「本日はそれぞれ手分けして潜み場になりそうな処をあたってくれ、
10名近くとなればそれなりの広さや喰うものの心配もあろう、
そのあたりが目処(めどころ)。
使われておらぬ寺とか、屋敷跡、冬場用の小屋なども見逃すでないぞ、
ああそれと、食い物となる果菜類が盗まれてはいなかったか、
この辺たりも忘れずにな」
そうして3日目の夜がやってきた。
これまで何もかからなかった網の中、伊三次が聞きこんできた話に
平蔵は燈明をみた。
「今日は川向うへ行ってみようじゃないかっておまささんが、
で、あっしは淺川の枯れたところから向こうに渡り、長房町を歩きやした。
まぁ手当たり次第、人と見たら(この辺りに古い寺などが無ぇかっ)て・・・
ところがたまさか出っくわした百姓が、この南浅川を越え更に奥に入ぇった
大楽寺町宝泉寺裏手の山の方に狐火を見たってんでへぇ、
で早速そこへ行って見やしたが、ここいらはずいぶん古い寺がありやして、す
っかり野蔓(つる)に囲まれたものもいくつかありやした、
まぁ昼間でも薄っ気味の悪い所でございやす」
「ふむ、だがなぁそのような処なればこそ里人にも目につかねぇと
言えるではないか、のぉ小林」
「然様でございますな、襲われた店が何れもこの八王子周辺、
となれば盗人宿はやはり利便(つごう)を想えばこの周辺(あたり)でも
可笑しゅうはございませぬ」
「で、伊三次その辺りは如何致した?」
「へぃ その中に人の気配のするものがございやした、
ですが長谷川様その中まで見届けるにゃぁあっしはこんな格好でございやす
誰が見たってひと目で怪しまれやす、どうかと思いやして
遠巻きに張っておりやした。
ですが誰も出てこねぇし、そんな折根深(ねぶか)を担いだ百姓が
通りかかったもんでございやすから、そいつに1朱(6250円)握らせやして
中に人がいねぇか探ってくるように頼みやした。
もし誰かいたら一休みしようと思ったと言えば怪しまれねぇからと・・・
ところがそいつがしばらくしてごきげんな顔で出てきやした、
根深を置いてゆけってんで百文(2500円)貰ったてぇんです。
そン時中に入ぇったもんで、あたりを見るとはなく見たら、
七人ほどが酒のんで転がっていたそうで、やっこさん
(今日はかかぁが喜びやすって)喜んで帰ぇりやした」
「やはりおったか!伊三次でかしたぜ!かような荒れ寺に多人数ともならば
おそらく間違いではあるまい。
小林!疲れておろうとは思うが、明日一番で宿場に参り、早
馬を仕立て急ぎ役宅に向こうてくれ!佐嶋・秋本・猪子を急ぎ駆けつけさせよ、
お前も辛いだろうが、ここは一番こらえてくれ!頼むぞ」
こうして翌朝早く小林金弥は八王子宿常置の早馬を仕立て九里六町(36キロ)を
駆けていった。
速歩(はやあし)と並足(なみあし)を交えながらその日の昼過ぎには
八王子散田町真覚寺に一同が揃った。
「小林!ご苦労であった!湯を沸かせてもろうておいた、
まずは体をゆっくり休め、話はそれからだ」
その間に筆頭与力佐嶋忠介、秋本源蔵、猪子進太郎を交えて打ち込みの作戦が
立てられた。
内部の事情がはっきりと掴めてはいない、しかし此方は五名、
手対(てむかい)あってもなんとか討ち伏せられよう、
伊三次の話ではどうやらそこは宿坊(僧侶や参詣人の泊まる宿舎)のようである、
されば古びた奥屋だ、引き倒すにも造作もあるまい、どうだ伊三次?」
「あっ!こいつぁ・・・・・へへへへへっ
かなり時も経ち、かろうじて雨露しのげるってぇほどのものでございやした。
なぁるほどねぇ柱引き倒して大騒ぎってぇ寸法で!こいつぁ面白ぇや、
そこんとこを見れねぇのが悔しいけどねぇおまささん」
「やれやれ伊三さん、あたしたちゃぁ物見遊山に来てるんじゃァ無いんだよ・・・・・でもねぇちょっとばっかし惜しいねぇうふふふふ」
「やえれやれお前ぇたちに掛かっちゃぁ盗人を捕まえるのも
物見遊山も一緒たぁ呆れたぜ、あはははは」
平蔵久しぶりの笑いのような気がした。
一休みした小林金弥が入ってきた。
「お頭、すっかり疲れも取れました、お指示(さしず)を」
「よし、今から打ち込みに参る、各自丈夫な荷綱を持ち、
密かに宿坊に近づき四方柱二本をそれぞれ佐嶋・秋本、猪子・小林二組で
同時に引き倒す、儂は反対側にて逃げ延びるやつを待ち受ける、
それから皆で打ち掛かれ、手が足りぬので、出来得るだけ峰打ちで動きを止め、
抗うものはやむを得ん足なぞ切って動きを止めよ、刀
で刃向かう奴は切り捨てて構わぬ」
こうして夕刻の捕物はここ八王子大楽寺町宝泉寺裏手方の廃寺宿坊で始まった。
崩れかけた小さな寺の一角に目指す宿坊は在った。