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鬼平犯科帳 鬼平罷り通る 三嶋山燈

鬼平犯科帳 鬼平罷り通る

12月号 嘘から出た真  獺祭-2



「はぁ で ございますから何がでございましょうか?」



「つまりだなぁ 本日もカワウソに立ち寄ったのではないのかと聞いておる」



「えっ!!どうしてそれを・・・・・・・」



「おい横内!儂はお前達を束ねる身、毎日お前達が何処で何を見、何を聞き、
何をしておるかそれを知るのも儂の仕事」



「ははっ!!本日は立ち読み致しておりまして、その中で荘子(そうし)
の言葉に(古人の糟粕・そうはく)という物がございました、
それともう一つは我が事を説いたような言葉にて、
者みなそれぞれに得手不得手があると申しておるのでございましょうか・・・・・(駿馬は、1日に千里走る事ができるが、
ネズミを捕まえることでは猫にはかなわない)と言うのがございました」



「何ですかその“そうし”と言うのは?」



「おい 忠吾お前ぇは所詮村松には叶わぬと言うことだ あははははは」



「何でござりますか、そこへどうして私が」



「良いか忠吾!お前ぇはチュゥご、村松は猫どの・・・・・
如何にお前ぇが食い物に長けておろうと、村松には叶わぬ!と、
そういうことだなぁわははははは」



「はぁどうも・・・・・」



「おい 解ったのか忠吾?(古人の糟粕・そうはく)と申してな、
斎という国の
桓公というお方が庭先で本を読んでおった。



その近くで車を治していた大工が(それは一体なんですか?)
と聞いたらば(昔の聖人が残した書物だ)と答えたんだなぁ。



で、その大工が(その御方はまだ生きておられるので?)と聞いた。



すると桓公先生(いやとっくに亡くなられておる)



で、大工が

(じゃぁその本は糟粕=酒のカス・のようなもんですね)と言ったんだなぁ。



桓公先生(それはどういう意味か)と聞いたらな忠吾!なんと答えたと思う?」



「さぁ全く私めには・・・なんと答えましたので?」



(私は今車の軸を治していますが、この軸受をうまく作るコツは
言葉では伝わりません、こればっかりは自分で経験するしかないのです、
その書物も言いたかったことは言葉や文字では残せなかったんじゃぁ
ないでしょうか?)と、こう答えたそうな」



「はぁ 聖人の糟でございますか・・・・・さようで・・・」



「嗚呼やんぬるかな・・・」



「で 他には変わったことはなかったのか?」



「はい、特別にこれと申しましては」



「よし、判った 下がって休め」



こうして数日が過ぎ去った。



神田川河畔薪河岸花房町“かわうそてい”



「まぁお武家様は余程ご本がお好きなのでございますね」



明るい笑顔がなんとも初々しい、今でいうところの看板娘、名は“はつ”



「どうしてだ?」



「だってよくお越しになられますもの、
しかもご本は決まって難しそうなものばかり、
たいていのお客様は絵草紙などをお求めになられますから・・・・・」



「そうだなぁ、私は本につぎ込むだけの余裕が無い、
だから読みたいものだけにしているんだよ」



「あらっ ご無礼を申しました、どうぞお許しくださいませ」



ちょっと笑顔を伏せながらも、口元におかしさをこらえた名残が読み取れる。



「可笑しいかなぁ・・・何もお前が謝ることはない、
むしろ謝るのは私の方だよ、だってしょっちゅう立ち読みだからねぇ、
ほらご主人がこっちを睨んでおられる・・・・・」



「あはっ そんなことはございませんよ、
(あの方は余程お勉学がお好きなんだろうねって)言ってますもの」



「そうですか、私の求めるものは希少本が多く、
中々手が出せません誠に申し訳ない」



こんな軽い会話が交わせるようになるほど雅之は足繁く通った。



無論参考書など普段目に触れないものまで、
ここにはあるというのも大きな目的ではあるが、
この“おはつ”の明るさが雅之の心を日頃の緊張からほぐしてくれる、
だからこうしてほとんど毎日町廻りの帰り道をここまで周って
来ているのである。



こうしてもう夏も過ぎ、神田川を行き交う船も積み荷が
冬に向かったものに変わっていった。



“はつ”が差し出してくれる冷水も、いつしか温かい白湯に変わってきた。



雅之は“はつ”に名前を尋ねられ、
「私は石丸雅之と言う」と偽名を使った。



これは当然のことながら火付盗賊改方同心は
あくまで表立って使うべき名ではないからである。



「石丸様?ですか?私は・・・」



「“はつ”であったな?」



「あっ はい!あ・・お父っつあんが言っていたので・・・」



「ふむ 覚えてしもうた、あはははは」



「石丸様はよくこの辺りに起こしになられるようでございますが、
いつもどの辺りにお越しになられますの?」



「私か?春木町の枸橘寺(からたちじ)に寄ってここに来る」



「あっつもしかして “壷屋”の向かいの?」



「うむ 春日局社とも言うが、私は枸橘寺の名前のほうが好きだ」



「あ~やっぱりご本がお好きな方でございますね、うふふふふふ」



「そうか?本郷一丁目の“かねやす“は時折母上の使いもかね
”乳香酸“を求めに立ち寄る」



「にゅうこうさん?ですか?」



「ああ!歯磨き粉だよ、そうだ一度行ってみないか?
いろいろ楽しい物もおいてあるぞ!」



「まぁ 行ってみたい!」



そんなわけで時々この辺りを二人で歩く姿も見られるようになった。



そんなある時、“かわうそてい”に立ち寄った雅之が程々の刻も過ぎたので、
役宅に戻ろうと店を出て“はつ“の見送りの声に応えようと振り返った時、
店に立ち寄らずそのまま二階へと上がってゆく数人の男を見かけた。



(妙な客だな?二階に本(もの)は無かったと思うが・・・・・)



まぁこのささやかな疑問はそれで終わったかに見えた。



小房の粂八が浅草今戸から後を尾行(つけ)て来た男が
浅草花房町にある貸本屋“かわうそてい“に入ってゆくのを見届け
引き返して来たその数間先を行く同心横内正行の後ろ姿を見かけ



「これぁ横内様今おかえりでございますか?」



と声をかけた。



「おお 粂八・・・どうしたお前は?」


「へぇ 今戸あたりを流しおりやしたら“捨松”ってぇ
小働きの雑魚を見かけやして、ちょいと気になり、ずっと尾行(つけ)
てみやしたら、野郎どういうわけかこの先の花房町にある“かわうそてい”
に入ぇって行きやした。

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