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鬼平犯科帳 鬼平罷り通る 三嶋山燈

鬼平犯科帳 鬼平罷り通る

嘘から出た真 19年新年号 獺祭-3 


何がどうってぇ事じゃぁござんせんが、
なんであんな雑魚が場違ぇの本屋になんぞ・・・」



「何だと?盗人が入ぇって行ったというのか?」



「へぃ 盗人てぇほどの奴じゃぁございやせんが、
まぁ盗人の走り使いみてぇな仕事をやっておりやすようで」



「うむ だが、盗賊に関わりがあることに違いはあるまい」



「へぃ まぁそう言っちまやぁそうでございやすがね・・・・」



「そうか、わかった儂もこれから気をつけておこう」



こうして雅之は“かわうそてい“が何か盗賊に関わりを持っているかも
知れないと言うことを心の奥に敷くこととなる。



役宅に戻った横内雅之、町廻りの帰宅後、
何やら丹念に調べ事に没頭する日々が続いていた。



そうしながらも、雅之の“かわうそてい“通いはいつも通りで、
何ら変わることもなく続けられ、それに伴って”はつ“との逢瀬も
日増しに深まっていった。



上野の出会い茶屋から出てくる二人の姿が見られたのもその後のことである。



「ねぇお前ぃさん、長谷川様にお知らせした方が良いかどうか、
あたしぁ迷ってしまって・・・」



“おまさ”が亭主の五郎蔵にそう打ち明けた。



「そうだなぁ・・・横内様ご自身のことだから、さて どうしたものか」



「だって、横内様は独り者なんだもの、別に悪いことでもないしさ、
止めておこうかしら」



「そうだなぁ、まぁそのくらいはいいんじやぁないのか?」
五郎蔵もさほど問題だとは思っていなかった。


「“おはつ”、今日は妻恋稲荷に行ってみようか?」



二人は薪河岸を抜け、神田明神下から妻恋坂を登り、
立爪坂から妻恋稲荷へと入っていった。



「ここはね、日本武尊(やまとたけるのみこと)東征のおり、
走水の海(浦賀水道)を渡る際、海神を侮(あなど)り怒らせてしまった、
そのために海は大荒れで、妃の弟橘姫(おとたちばなひめ)が
海に身を投げて海神の怒りを鎮めたんだ、そのあと日本武尊は
この湯嶋の地に滞在された、その時里人が日本武尊が
お妃を慕う心を哀れに思われ、尊と弟橘姫とをここに祀った、
だから正月に売られる(夢枕)は縁起がいいんだよ、
次の正月には“はつ”と一緒に参ろう」



「まぁ 本当でございますか?嬉しい!!」



華やいだ声を上げて喜ぶ“はつ”を雅之は眩しそうに見やった。



「“はつ”お前にこれをあげよう」



「えっ 何でございますの?」



お前がこの前“かねやす”で眺めていたものだよ」



「まぁ何かしら・・・・・あっ いい香り」



「誰(た)が袖のしのび香だよ・・・
古今和歌集に
(色よりも 香りこそあわれと 思おゆれ 誰袖ふれし 宿の梅ぞも)
と詠まれたものだ」



「嬉しい!!」



“はつ”は悦びに胸を弾ませ、そのかすかな香り袋を幾度も幾度も掌に包み、
雅之の気持ちを確かめていた。



盗賊改の密偵小房の粂八は浅草平右衛門町の船宿“五色”に
水鶏(くいな)の平治を訪ねての帰り道、すれ違った小男に「ううっん?」



(はてなぁ賽の目己の吉・・・・・どうしてあんな野郎がこの浅草界隈に)・・・・・



「で 野郎の後を尾行(つけ)やしたら、なんとそこに同心の横内様が
いらっしゃるじゃぁございやせんか、いやぁ驚いたのなんの・・・・・・」



粂八が報告してきたこの話に平蔵



「粂 この話、しばらく儂に預けてはくれぬか」



と、横内雅之の一件を口止めした。



「横内只今戻りました」



雅之が帰宅の報告に上がってきた。



「おお横内ご苦労ご苦労、遅かったではないか?何か変わったことはないか?」



「はい、只今のところございません」



「ふむ 何事もなし・・・か、左様か、・・・よし下がって休め」



(うむ奴は何かを隠している、まだ明かすほどのことではないのかも知れぬ、
もう少し様子を見てみよう)。



平蔵、これまでの報告では何といって特に気にするものも想い浮かばず、
又それらしき報告もないところから、様子を見ようと静観することにした。



だが、これが裏目に出ることになろうとは、長谷川平蔵も
この時はまだ予測すら出来ないでいた。



ただ、粂八の報告などからも何一つ決め手なきゆえに、
まず“おまさ”に横内を見張らせることにした。



その後粂八がこの“かわうそてい”を張っていたところ、
またもや賽の目己の吉が人目を避けるように出てきたのを目撃、
これを密かに微行(つけ)て行った。



御成街道を真っ直ぐに北上し、下谷広小路に入り、
三橋の手前を左に折れ上野元黒門町の“十三や”櫛店に入り、
何か買い求めた様子であったが、再びそこから三橋に戻り仁王門前町を
上野山下に回り屏風坂門を通りぬけ下谷坂本町に入った。



(野郎こんなところまで・・・一体どこまでゆくつもりだぁ?)
粂八は首をかしげながらつけてゆく。



上野の森を左に見ながら音無川に向かって下がり始めた、
やがて根岸の御隠殿(おいんでん)傍にある豆腐料理屋“笹乃雪”の
横を曲がるなりいきなり駈け出した。



(ちっ!野郎感づきゃぁがったか!)



根岸は上野の崖下に位置しており、
かつては入海で海岸線が入り組んでまるで木の根のようであったところから
根岸と呼ばれるように、御隠殿は三千坪もある広大な場所である。
草は生い茂り、身を潜めれば余程のことがない限り見つかりっこない。



粂八は深追いせず、それから粂八の預かっている本所石川町船宿“鶴や”
まで引き返した。



翌日粂八は盗賊改役宅を訪れ



「長谷川様にお取次ぎ願いやす」



と申し出た。



「いかが計らいましょう・・・・・」



と小柳が平蔵に繋いできた。



「何?粂八は参ったか!よしここへ通せ」



平蔵面会を許し



さてさて 何か仕込んで来たか・・・・・」



枝折り戸が静かに開き、小房の粂八が小腰を曲げて入ってきた。


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