時代小説鬼平犯科帳 2018/01/29 嘘から出たまこと 獺祭 2月号 「おお 粂ご苦労! で、なにか変わったことでもあったようだのう、その顔だ」「長谷川様、面目ございやせん昨日賽の目己の吉を微行(つけ)やしてございやすが、根岸の御隠殿辺りにいきなり駆け込みやぁがってまんまとやられやした」「ふむ 向こうが気づいたというのだな?」「おそらくは・・・・・・」「で、そこはどこいら辺りだ?」「ヘイ、根岸の御隠殿(おいんでん)傍にある豆腐料理屋"笹乃雪"の横っかわで見失いやした、面目次第も」「ああ よいよい!よしその辺りを探ってみるのも良いかもしれぬ、粂!案内い致せ」こうして平蔵と粂八、のんびりと根岸の里へと足を伸ばした。下谷坂本町から要伝寺横を抜け音無川へと下がっていく。「長谷川様どちらへ?」粂八が怪訝な顔で平蔵を見やる。「あっしが見失ったのは笹の雪横手辺り・・・・・此方は方向が・・・」「なぁ粂、お前ぇ雲雀を知っておろう?」「ヘイ あのピーチクパーチク騒ぐやつでござんすね?」「おお そいつよ!雲雀の巣を見つけるのはどうする?」「そりゃぁもう!麦畑の中に降りた辺りを探せば見つかりまさぁ」「ところがどっこい、そいつぁ見当違いと言うもの」「へっ?その辺りには居りませんので?」「儂は小さきおり田舎に預けられた、それで雲雀や雀の雛を獲りに行ったものさ、雲雀というやつ降りた方角にしばらく進んだあたりに巣を構えておる、誰しも見つからまいと想う所は皆同じ、だから見つけにくいは何気ないところさ」「ってぇと、雲雀の降りた所は見せかけ?」「そうさなぁ 見せかけに騙されると言うことだな、その逃げた野郎も御隠殿辺りに逃げこんだということは、そいつが誘い水、見せかけだと想うのが常道であろう、儂ならばそう致す」「へへぇ そう云うもんでございやすか・・・」「おお!見えてきたぜ円光寺がよぉ・・・さてさて今が見頃と想うたが、如何であろうかのぉ、それここからでも見ゆるであろうあの大松のあるところよ、あれは鏡の松と言うてな根渡り四尺ばかりと言われておる、樹の中に円鏡をだいたように穴があるところから然様呼ばれておる。此処にはな、御堂を取り巻くように27間にも及ぶ藤棚があり、こいつが3尺も4尺に下がるさまは見事というほかあるめぇよ」「へぇそいつぁ又豪勢なもんでござんすねぇ長谷川様」「おうおう どうだい?風に誘われなんとも良い薫りが流れてくるではないか」平蔵春爛漫の風に誘われ藤寺に入った。「嗚呼!やんぬるかな・・・どうだい粂!この人だかり・・・誰しも思うこたぁ同じということよのぉ あははははは」平蔵それでも鮮やかに下がり、色めき薫り立つ紫房にしばし見とれている。やがて平蔵は寺を出て裏手に廻った。道を挟んでポツポツと寮が見える。下の句に"根岸の里の侘住い"とつければ何でも風流に聞こえると言われるほど幽趣が似合うこの地は、根岸の寮と呼ばれ、金持ちは寮という名目で数寄屋を建て妾を棲まわせ、遊女の別宅も寮と称し、根岸紅と呼ばれる山茶花の花があり、隠居地として文人墨客が好んで住んだ。やがて音無川に出た平蔵、橋をわたって川に沿い西へと進む、下流に進むと水鶏橋になる。町家の向こうは金杉新田が拡がって見える先の橋をまたぎ梅屋敷へと戻り、御隠殿に向かった。根岸の豆腐料理屋"笹乃雪"は守澄法親王(しゅちょうほっしんのう)お供で京からやってきた玉屋忠兵衛がこの根岸の里音無川のほとりで豆腐茶屋を開いた事に始まる。この絹ごし豆腐を親王は大層好まれ、「笹の上に積もれし雪のごとき美しさよ」と賞賛され、笹乃雪と名付けられた。中でもあんかけ豆腐は宮様もお気に召され(これからは二碗ずつ持ってくるように)と言われ、それ以来二碗一組と決まった。この玉屋忠左衛門の娘"お静"が雪道で足を取られ滑りそうになったのを磯貝十郎左衛門が助け、そののち俳人室井其角に伴われて来た磯貝十郎左衛門と再会を果たす。お静は磯貝に心を寄せていたが、元禄十五年十二月十四日赤穂浪士討ち入りのあと、大石内蔵助以下十七名が細川家お預けとなり、その折上野輪王寺の宮公弁法親王の心遣いで細川家にこの笹乃雪の絹ごし豆腐を届けたいわれがある。平蔵 葛餡(くずあん)にからしの添えられた、この屋の名物あんかけ豆腐に舌鼓を打ち、粂八を伴い外に出た。再び音無川に架かる小橋を渡り善性寺に向かった。「どうだい粂!川を挟んで向こう見りゃ、さて、雲雀ならば何処に身を潜めようと想うであろう、善性寺の将軍橋を渡ると善長寺が控えている、向かいには植木屋もあり、その間を南に進めば芋坂に出る、これを上がると天王寺に出る。「ふむ まずはこの辺りまでであろうのぅ、なぁ粂!お前ぇが盗人ならばどうする?」「へっ?何をって・・・」「ふむ 解らぬか、この辺りが盗人どもの潜み場所となれば此処より徒党を組んでとなりゃぁお前ぇいくらなんでも目立ちはせぬかえ?」「へぇさいでございやすねぇ・・・てぇ事は・・・」「儂ならばこの辺りに身を潜め、目立たぬように時をやり過ごし、いざの時に何処か市中に近き所に集まり、そこから押しこむ。江戸は水路も多く、そこに逃げ込めば、こいつぁ中々手に負えぬ」「なぁるほど・・・てぇ事は"かわうそ亭"を張るってぇこって」「うむ おそらくはなぁ・・・・・」平蔵元来た道へと引き返す。翌日夕刻"かわうそ亭"を張っていた"おまさ"から(人の出入りが多くなった)と粂八が繋いできた。平蔵嫌な胸騒ぎを覚えた。「忠吾!!急ぎ小屋敷に参り手隙のものを集め筋違門へ飛べ!我らも支度でき次第そちらへ向かう、急げ!!」その"かわうそてい"へ三々五々集まってきた者の中に捨松が居、横内雅之が"はつ"と外から戻ってきたところでもあった。華やいだ空気に包まれた二人の姿を見るとはなく見た捨松「あっ!あの野郎・・・・・・」 [0回]PR