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鬼平犯科帳 鬼平罷り通る 三嶋山燈

鬼平犯科帳 鬼平罷り通る

嘘から出た真  3月号 獺祭



捨松は"かわうそてい"の主人"仁兵衛"に目配せをする

「何だい?」
と、仁兵衛いぶかる顔で捨松を見た。

「野郎 確かに見た顔だ、八丁堀かそんな野郎だ、
ちょいと二階(うえ)へ上げておくんなさい」
雅之を横目に確かめながら、小声で仁兵衛に耳打ちした。

「よし判った!」
仁兵衛は入り口付近で談笑している"はつ"と雅之に近づき

「あのぉ石丸様!ちょいとおたずねいたしたい事がございますので
どうかこちらの方へ起こし願えませんでしょうか・・・・・」
と二階への入り口に誘う

「儂にか?」

「はい さようで・・・・・」

「判った どんなことであろう・・・・・・」
と雅之は気軽に2階へと上がっていった。

その後を"はつ"も続いて上がる。
襖を開けたそこに5名ほどの男どもが居座(すわ)って居、
捨松が後ろ手にピシャリと襖を閉め

「お前さんお上の回し者だな!!」
と雅之の正面に回り捨松、
他の者も一斉に立ち上がりぐるりと雅之の周りを包む。

「えっ!!」
"はつ"は驚き、双瞼(め)を見開いて雅之を凝視する

「確かに私は盗賊改方同心横内雅之」

「「そんなぁ 雅之様は私を騙してたのね!!」
憎しみの形相で雅之を睨み据える"はつ"の両の拳がブルブルと震えている。

「そうだ!こいつは俺たちを探るためにあんたを騙して慰め者にしゃぁがったんだぜ、
許すわけにゃぁいかねぇ」

「野郎!!よくも"おはつ"をもて遊びゃァがったな、覚悟しやぁがれ」
己の吉が雅之を後ろから羽交い締めに締め上げ、
捨松が懐から匕首(あいくち)を引き抜き仁兵衛に渡そうとしたそれを"はつ"が奪い取り

「あの言葉も何もかもみんな嘘だったのね!!」

「済まぬ!お前を騙すつもりはなかった、ここが盗賊の宿とは知らなかったのだ」

「そんなぁ・・・・・嫌ァ!!!!!!」
"はつ"は匕首に両手を添えて胸前に構え、そのまま一気に雅之めざし突っかかった。
雅之はそれを避けようともせず、まっすぐ受け止め
「グッ!」

低いうめき声とともに"はつ"を抱き抱え、そのまま更に強くぐいと我が胸に抱きしめた。
一瞬たじろぐ"はつ"

「なぜ???どうして避けてくれなかったの」

「お前に惚れているから」

「ウソ!!」 

「嘘ではない、萱町にささやかな家を借り、そこでお前と本屋がしたいと・・・・・」

「嘘ぉ!!!」

「嘘を言ってるように見えるか?、その為に私はお役(つとめ)
を辞めるとお前に告げに来たところだ」

その言葉を聞いた"はつ"は雅之に刺さった匕首を引き抜き、自らの胸を刺し、
重なるように崩れ落ちた。
それは居合わせた者が一瞬気を抜いた、あっという間の出来事であった。

重なりあって倒れる二人の姿に
「なんて!なんてこった!こんなことが・・・・・・」
かわうそていの主"獺祭や仁兵衛はその場に両膝をついて首をうなだれた。

雅之は薄れてゆく瞼の奥に"はつ"の顔がゆっくりと消えて行き、
初めて手渡した忍び香の薫りが溢れてくる血の匂いに混じって
かすかに流れてきたのを覚えた。

「そういやぁこの前妙な野郎が後をつけてきたような気がしてたんだが、
やっぱりこいつ仲間だったんだな、
危ねぇところで巻はしたものののんびりしちゃぁ居れねぇ」

「奴が盗賊改めならここはもう危ねぇ、今夜のお盗(つとめ)
が終わったらその足で江戸(ここ)を抜けるんだ、急いで支度をしろぃ!」

頭目角鹿(つのが)の喜平次が叫び、その場でてんでに旅支度を始めた。  

一方、筋違御門に集結した盗賊改を引き連れて長谷川平蔵
"かわうそ亭"店近くに潜んでいる"おまさ"に近づき
「おまさ変わったことはないか」

「これは長谷川様、横内様が先程より上がったまま下りて見えません」

「何!しまった!遅かったやもしれぬ、構わぬ打ちこめ!」

平蔵の合図を聞いて与力・同心が一斉に戸口に殺到し、
開け放たれた間口から盗賊改が雪崩のように飛び込んで行った。

居合わせた店番の乙松がその盗賊改の装束を見て仰天し、
「うわぁ盗賊改だぁ!!!!」
と叫んだものの、その場にへたり込んでしまった。

「火付盗賊改だ!覚悟してお縄にかかれ!」

筆頭与力佐嶋忠介が大声で叫びながら階下へと迫ってきた。

「盗賊改だ!!?どうしてここが!!くそぉ刹っちめぇ!」

どどどっ!!と階下に降り、その場に叩き伏せられるもの、
架台をひっくり返し散乱する絵草紙を掴んで投げつけ抵抗するものや、
錦絵の舞い散る中に、匕首を振りかざし抗う者と、階下は修羅場と化した。

しかし、打ち込みはあっけなく四半刻(十五分)あまりで静まった。

捕縛されしもの、獺祭や仁兵衛をはじめ三名、怪我を負った者二名、
切り伏せられた者三名であった。
二階へ上がった平蔵の眼の前には折り重なって倒れている横内雅之と"はつ"の
事切れた姿があった。

「なんという早まったことを!!!あれほど何かないかと申したに・・・」

平蔵の胸に悔やんでも悔やみきれない思いが闇のように重たく覆い尽くしてきた。
「あの折もう一言尋ねればよかった、信じてやる前にただもう一言問うてやれば・・・・・
ううっん 無念でならぬ」

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