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鬼平犯科帳 鬼平罷り通る 三嶋山燈

鬼平犯科帳 鬼平罷り通る

めぐりあい  伊豫吉田藩武左衛門騒動 12月号

出てきた言葉に今度は平蔵が驚きを持って染の顔を観ることになる。
「では私も長谷川様のお供をさせていただきます」

「何ぃ!今何と申された!」

「はい ですから、以後私は長谷川様のお供を致しますと申しました」

「まままっ 待ってくれ染どの!物見遊山に出かけるのではないのだぞ、
少なくとも多少の斬り合いは覚悟の上、
そのような所へ染どのを伴ってまいることは叶わぬ、
こればっかりはならぬ!!こればっかりはな!」
平蔵のきっぱりとした口調に

「長谷川様!染とて与力黒田左内の娘、
習い覚えの小太刀は伊達ではございません、
それに私は辰巳の芸者、一旦口に出したことは
てこでも引かないことと長谷川様もよっくご存知のはず」

「う・・・・・・っ!!」
平蔵、この染の想いもかけない反撃に切り返す言葉を
見失って呆然とするほかない。

「いや 困った!正に困った!こいつぁどのように致さば良いか、
ほとほと困った!染どの!こればっかりは許すわけには参らぬ」

平蔵 詰め寄られて打つ手をなくした本因坊の心境である。

「あら 長谷川様!いつ私が長谷川様にお許しをお願い申しました?
私は勝手に参るのみ、長谷川様のお許しなぞ頂く必要もございません」

「おっ!・・・・・おいおい染どの、それは如何に何でも・・・・・」

「何でも?何でござんしょう、こっちゃぁ深川生まれの深川育ち、
そんじょそこらの芸者と一緒にされちゃぁたまったもんじゃぁ
ござんせん!粋と伝法が取り柄の江戸っ子でござんす」
ピシャリと決め口上に開き直った。

「いや待ってくれ!そなたにもしものことあらば、
儂はそなたの父御(ててご)に何と申し開きをいたさば良いか!
頼むから此処はひとまず引いてはくれぬか」
平蔵すっかり染香に飲まれてしまっている、
こうなったら強いのは女・・・・・

「あら長谷川様、そこまで私のことを思ぅてくださるのならば
(染!従いてまいれ)とおしゃいませな、
何があろうが起ころうがすでに父上とは水杯をかわしての旅立ち、
今更何を恐れるものとてございましょうか、
きっちりお覚悟なさりませ」

これにはさすがの平蔵も返す言葉もなく、
きりっと結ばれた染の薄紅色の唇に覚悟のほどを読み取るだけであった。

「あい理解(わか)った!染どの、そこ元一人にては死なさぬ、
この平蔵命を賭けてもそなたを親父殿の元へお返し致す」

平蔵は染の顔を見据え、窓の外を朱に染めてゆく伊勢の夕暮れを
瞼の裏に深く深く焼き付けた。

昼過ぎになって物見から風と潮の具合が良いと知らせが入り、
早速船は大坂に向かい快適に帆に風をはらんで海原を駆けてゆく。

江戸を出て10日目、地乗り(陸地にそって帆走)
続きに大阪道頓堀に船は着き、その足で平蔵と染は浦廻船
(地方便)に乗り換え備後鞆の浦から沖乗り(陸を離れる)
安芸国三津をへて7日後には伊豫松山藩三津浜港に上陸、
吉田藩まで23里(90キロ弱)2日半の道程であった。

大街道から宇和島街道をへて吉田領内に入った長谷川平蔵と染、
早速吉田藩家老安藤継明を陣屋に尋ねた。

だが、そこで得られたものは一握りの消息報でしか無かった。

吉田藩は宇和島藩領を分断する形で置かれており
、宇和島藩内にも吉田藩の飛び地があり、
この度安藤継明が出かけた指定先はすでに蛻(もぬけ)の殻であった。

平蔵はこの事件が長引くことを覚悟し、
染にこの陣屋から出ることはならぬと念を押して出掛けた。
平蔵には土地案内の小者が一人従いており、
いざというときはこの者が陣屋に駆け込むことも考慮されていた。

気遣う染に平蔵
「案ずるな染どの・・・これから先は男の軍場(いくさば)」

「おなごは足手まといと申されますか?
ならば何処へお出かけなされますか、それだけでも?」

「判らぬ、とにかく足取りを掴まねばならぬ、
時は待ってはくれぬからなぁ」

出かける平蔵は染にそう一言残し早朝に出立した。
こうして出かけた平蔵はその日遅く戻ってきた。

「何か足取りは掴めましたか?」

平蔵の気落ちした肩から支度を受け取りながら、
うつむいたまま染は尋ねる。
「うむ 敵の総大将は余程の知恵者と見ゆる、
僅かの手勢にて撹乱戦法を用い、その居場所さえ掴ませぬ、
五里霧中たぁこの事よなぁ・・・・・」
探索は得意の平蔵も、流石に知らぬ他国ではまるで
異邦人の心境であったろう。

その翌日日向谷村(ひゅうがいむら)から吉田領に下りて来た
山の者が、{通りかかった近くの百姓屋に野武士が大勢いて、
気味悪かった}という話をしていたと、
食材の調達にでかけていた安藤家の下女が戻って話した。

日向谷村(ひゅうがいむら)は後ろに千メートルを超える
高研山(たかとぎやま)が控え、高研峠を越せば
その向こうには土佐藩檮原(ゆすはら)村が連なっている。

その国境(くにざかい)にほど近いところが日向谷村であるという。

「そいつだ!」

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