時代小説鬼平犯科帳 2019/01/27 めぐりあい 2月号 伊豫吉田藩武左衛門騒動 平蔵は家の入口付近に吹き溜まっている枯れ草にじっと目を据える。時折野を分けて走る風に、その動きを測り、家に火勢の及ばぬ方向を見定め、少しずつ枯れ草をかき集め、目的の場所へと隠密裏に移動(うごい)た。種草に火打ち石で付け火をし、ゆっくりとそれを拡げ、それはやがて風邪に転がされ2箇所に拡がった。ゆっくりとした火の手が激しく上がり始めた時、家の中から二~三名の浪人姿が外へ飛び出して来「火事だぁ!!」と叫んだ。その声を聞きつけ、中から更に新しい手勢が追いかけて出てきた。その隙を狙って平蔵大刀を引き抜き打ち伏せる。骨を打ち砕かれ、ぎゃっ!と叫び声を上げながらその場に倒れる。「曲者だ!!」その声に、居合わせた浪人たちが慌てて抜刀し平蔵を取り囲み、一斉に襲いかかった。それはまるで野犬が獲物に襲いかかるに似ていた。尋常な者ならば、互いに様子を伺いながら打ち込む隙を狙うものだが、彼らは違っていた。(こいつ!後ろに居る奴はさすが只者ではないと見ゆる)統率の取れた仕掛けと打ち込みは、手練(てだれ)を持って知られる長谷川平蔵をして舌を巻くほどの陣容である。(切り込めぬ・・・こいつぁちと早計であったか!!)平蔵の頭のなかで我が身の危うい様子が駆け巡る。とにかく一人でも打ちとって進めねば此方の体力が持たない。持久戦ではあちらに地の利がある……。平蔵次の瞬間身を翻(ひるがえ)して脱兎のごとくその場を駆け去る動きに出た。「ま、まっ 待て!」追いすがろうと陣形を崩したその瞬間を読み切り、瞬時に体を捻り袈裟に振り上げた。ぎゃぁ!!二人目がもんどり打ってその場に倒れた。勢い余って動きを止められない者が、平蔵の目の前に泳いできたのを横に払い切り裂いた……が、その瞬間平蔵は左脇腹に熱く鋭い痛みを感じた。後ろに重なっていたもう一人が平蔵の空いた脇を貫いたのである。「くうっ!!!」平蔵その太刀を泳がせて背後から振り下ろして仕留めた。だが残りの者達が再び平蔵を円陣に取り囲み、もはや逃げる手立てはない。同じ轍は踏まないのも兵法であろう。すでに辺りは闇が忍び寄り足元が定まらないほどになっていた。「来い!」平蔵大刀をゆっくりと下段に下ろし、息を整え、誘い水を向ける。平蔵の荒い息を聴きとった浪人が「だぁ!!」鋭い気合とともに、左右から同時に平蔵めがけ刃風が襲いかかってきた。平蔵は瞬時にその場に倒れこみ、刀を真横に払った。げっ!! 脚を切られた敵はそのまま互いに反対側に転げ込んだ。暗闇の中でその死闘は小半時(30分)も続いた。打ち伏せたものの数は不明であるし、残る者の数もこれまた不明である。そうして、当然のことながら平蔵も無傷では済まされない。皆それ相当の訓練を受けた剣技の持ち主であったからだ。 [0回]PR