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鬼平犯科帳 鬼平罷り通る
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暗闇の中では同士討ちもあると読んだ残りの浪人は
緩やかではあっても明かりの灯る家の中へと平蔵を誘い込む。
警戒の目配りを緩めず、百匁蝋燭の灯りが揺れる中に入った
長谷川平蔵の目の前に、驚く光景が開かれた。
「長谷川さんじゃぁないか?」
灯りを前に男が驚きの声を上げた。
「何! おっ小松俊輔!俊輔!何故お主がここに・・・・・」
仄かな明かりに眼の慣れた平蔵、驚きの声を上げた。
「長谷川さんこそどうしてこんなところに??」
江戸にいるはずの火付盗賊改方の長谷川平蔵が
この遠国伊豫にあろうとは想像(おもう)だにしなかったからである。
「俺かい?俺は刎頚(ふんけい)の交わりをかわした
伊達家家老安藤継明どのの幽閉を知り救出すべくはるばるやって参った」
「何とした!!・・・・・長谷川さん頼む、
ここは目をつむって江戸に戻ってくれまいか」
俊輔は驚きと再会の歓びのないまぜになった思いを
押し包むように平蔵の目に両手を合わせた。
「何だと!お主ならばこそ、このような強力(ごうりき)ではなく、
もっと違ぅた手立てや方策も考えつくであろうに、何故だぁ」
血糊でヌラヌラと滑りそうな刀を引き上げる力とてないのか、
だらりと切っ先を落としたまま平蔵は俊輔を睨んだ。
「全ては考えつくし実行にも移しました、
だがこの藩は、おろかにも我が身が痛みを伴わぬことばかり考え、
民百姓は生かしておけば良いと想うております、
それではあまりに民百姓が浮かばれません。
生き場所を与え喜んで働けることを整えてやれば、
それはひいては藩のためにもなる、この理(ことわり)を
理解(わか)っておりませぬ」
俊輔は平蔵の前に立ちはだかったまま、
気負っている平蔵の気を萎えさせようと試みる。
「うむ、だが、安藤殿はそうではあるまい!
まこと民百姓の生場があってこそと、よう存じてござるはず」
ゆっくりと呼吸(いき)を整えながら平蔵俊輔を凝視した。
「まさに、だからこそ安藤殿は我らが最後の砦、
されば安藤殿を盾に交渉に及びましたが、全くの無視。
事此処に至れば実力もやむなしと、このようなことに」
「ならば、安藤殿を帰し、
まずはお主達の申し開きを致すべきではあるまいか?」
平蔵、この場の打開策を探るように俊輔に提示する。
「長谷川さん、もう矢は弦を離れました、我らが生きる道はただひとつ、
この生命を張ってでも意地を通さねばすみません」
俊輔は揃えた両の脚を軽く開き、(すっ)と左脚を後方に引いた。
「なんと 侍の意地と申すか!」
「正に!」
「ならばこの俺も武士の一分を通さねばならぬ」
平蔵切り裂かれた袖を引きちぎり、
血にまみれた刀の柄を包んで血糊を拭い取り、左方に捨て去って正眼に構えた。
俊輔は油断なく左手で鯉口を握って捻りながら、
ゆっくりと右手を柄に添え、
「見ればかなりの手傷を負われておる様子、
今の長谷川さんにはこの私は切れません、
どうかその刀をお収め願えませんか?」
静かではあるが、押しの効いた語気で平蔵に襲いかかる気配を見せる。
「如何にも!江戸でも五本の指に入る無外流“都治の狼”
小松俊輔相手にとって不足はない!参る!」