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鬼平犯科帳 鬼平罷り通る
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平蔵半身を開き構え直すその隙を見て、
残る一人が剣先鋭く平蔵の胸目指して突きを入れた。
「馬鹿者!!!」
小松俊輔が思わず叱咤したがそれは届くことはなかった。
平蔵の斬り下ろした刃が眉間から顎に達し胸骨で止まり、
頭が二つに切り裂けて転がったからである。
「恐ろしいお方だ長谷川さん、貴方というお方はまこと恐ろしいお方だ、
さればこの小松俊輔遠慮ぅ無くお相手仕りましょう」
薄明かりの蝋燭の下、二つの影は幾度も激しく切り結び飛び退いた。
手傷を負った長谷川平蔵、刻が経てば増々勝ち目はない、
さりとて互いに次に動いた方が負けると判かっているから
迂闊(うかつ)には動けない。
一呼吸一呼吸間合いを取っての睨み合いの中、
一瞬風が吹き込み蝋燭の炎が揺らめいて(ジジッ!)と音がし、
虫が炎に触れ灯が消えた。
ダアッ!!両者の脚を踏み出す音とともに、
ぐわっ!!とうめき声が漏れ、その声は漆黒の闇の中に吸い込まれていった。
もう幾刻が流れたであろうか・・・・・
高研山(たかとぎやま)の方から朝がしらじらと明けてゆく。
「死闘の果」
吉田藩安藤家に身を寄せていた染は、
深夜の胸騒ぎが気掛かりでたまらなくなり、
急いで身支度を整え家人の反対を押し切る格好で、
先日平蔵が確かめていた日向谷村(ひゅうがいむら)に単身で向かった。
(何の、人はのぉ、口と目と耳と足さえあれば何処へなりと行けるものだ)・・・・・
平蔵の口癖を思い浮かべながら翌日昼過ぎには何とか日向谷村に辿りつけた、
なんとも凄まじい一念ではある。
村人に導かれて見つけた百姓屋の焼け焦げた草むらに、
呻きながら横たわって居る幾人もの浪人の姿が両瞼に飛び込んできた。
「・・・っ あっ!!」
急いで周りを見渡すが、染の両瞼に求める平蔵の姿は入ってこない。
蹴倒された戸板を押しのけ、三和土に一歩足を踏み込んだ染は
驚きのあまり声を失い呆然と立ち尽くした。
修羅場と言うものを初めてみた驚きは言葉にはならない。
外から小鳥のさえずりが遠く聞こえるのが、
この刻の生きているただひとつの証のようで、
雨戸は閉じられたまま一切の光を遮られた薄闇の中、
唯一奥の竈場から僅かに漏れる一条の光の中に
照らし出された光景は地獄とも喩えられようか。
一抱えもあろうかと想われる丸太を挽き割った蹴込は黒
々と鈍い光を見せて横たわり、
それにもたれるように瞳を見開いたまま仰向けに横たわる。
まだどことなし幼顔を残した若者の苦渋に歪んだ顔・・・
握られた白刃に光が跳ね返り青白く輝いている。
それらを避けつつ框(かまち)から板場へと一歩足を進める。
煤けた板場の奥は柿渋で塗り込められた衝立で仕切られ、
そこにも幾名かの骸が折り重なってもたれかけたまま絶命している。