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鬼平犯科帳 鬼平罷り通る 三嶋山燈

鬼平犯科帳 鬼平罷り通る

6月号  伊豫吉田藩 武左衛門騒動




平蔵の左脇腹は幸いにも肋骨が凶刃を阻み、
内臓深くまで達しておらず一命はとりとめた様子である。

が、このままでは出血が止まらず意識も薄れてこようと染



「長谷川様耐えてくださりませ」
と横たわっている平蔵の口に、天棚(あまだな)から
ぶら下がっている干し肉を喰ませ、
チリチリと鳴っている囲炉裏の火で火箸を炙り、
真っ赤に焼けたぎるそれを遠慮もなく傷口に押し当てた。



「うぐっ!!」
平蔵たまらず顔を歪める。



干し肉は食い千切られ畳の上にこぼれ落ち、
両手は染の腕が折れんばかりにつかんだまま、
意識が遠のくのを確かめつつも手をふろ払い、
構わず脂の部分まで焼き切った。



「ぐわっ!!!」



体力は限界を超えていたであろう、
平蔵そのまま意識は奈落の底へと滑り落ちた。



こうして出血多量で意識はかすかであったものの、
長谷川平蔵は染の手で急の手当を受けた後、
村人たちが荷車に布団を重ねて拵えた寝床に両者とも横たわり、
2日後無事吉田藩の安藤家に戻り着いたのである。



染の急ごしらえの荒療治が功を奏し、医師の手当を受けるも
傷口からの壊疽も視られず、傷口も絹糸を持って再度縫合され、
深手の割には予後の心配もうすらぎ、
命への心配はひとまず遠のいたと言えようか。



しかしまだ身動きはままならず、
それらの総てを染は甲斐甲斐しく執り行い、平蔵も委ねた。



それから数日の時は流れた。



「染どの、すまぬが起こしてはくれぬか、外が見たい」



隣の部屋で休んでいるであろう染に声をかける。



外はやっと白白明け染め始めていた。



平蔵この穏やかなひとときを確かめるように身を起こしかける。



襖を開け
「ああまだご無理はなりません……」

言いつつ染は平蔵の横に膝をつき平蔵の背中に腕を回した。



かがんだ拍子に、染の寝夜着の合わせた掛襟が緩み、
透き通るように真っ白な染の胸元の膨らみが平蔵の瞳に飛び込んでき、
染のふくよかな胸の谷間に小さな黒子が観えた。



「んっ?そのようなところに黒子か?」



「あれっ!恥ずかしい・・・ご覧になられてしまいましたか……



幼き頃生き別れた姉にもこれと同じ黒子がここにございましたの、
双子でございましたし、人様にもよく間違われました・・・うふふふ」



平蔵を抱え起こした染は、耳朶を染めてうつむいた。



襖が開け離され、宇和島海に昇る朝日が暗闇を朱に染めて輝き、
辺りを金色の帯と見まごうばかりの神々しさを伴い明けている。



その逆光を背にした染に、幻の女を視たように平蔵は感じた。



「何と!・・・・・」



平蔵、京で出会ったかすみにも同じ場所に同じような黒子のあったのを
想い出したのである。



 



翌々日、吉田藩家老安藤継明邸の門前に二丁の町籠が用意された。



その三日後伊豫松山藩温泉郡道後に一組の男女の姿が見えた。



「染どの、此処は“にきたつ”と申してな、
煮え立つ湯の津から名づいた名湯で、傷に良いそうな。



昔足を傷めた白鷺が岩場より流れ出る湯に浸しておった所、
傷は癒え、その白鷺が飛び立った後に村人がそこに手を浸すと温かく、
それより湯の里として栄えておると安藤殿が申された」



「まぁ長谷川様!それは宜しゅうございましたわね、
早く傷を癒やし、元のお体に戻っていただかねば」



染に伴われた長谷川平蔵の二人連れであった。



「儂はよく存じておらなんだが、
儂がまだ32で、西の丸御書院番士を勤めておった頃
知り会ぅた小太刀の名手でな、無外流の剣客
秋山小兵衛殿の紹介にて、同じ無外流
“都治
記摩多資英”(つじきまたすけひで)
道場の師範代
都治の狼”と呼ばれておった小松俊輔に出遇ぅた」



「ああ・・あのお方ですわね?」



「そうだ!世が世であれば安藤殿を助け、
吉田藩を背負ぅて行けた武士(もののふ)であったろうに……



あいつがある時ふかし芋をくれてな」



「うふふふふ お芋でございますか?
さぞかし美味しゅうございましたでしょう?」



「うむ 美味かった、今も忘れてはおらぬ、
芋を見るたびにあ奴の事を思い出されようよ。



その芋だがな、中国と伊豫二名島(四国)筑紫国(九州)
を襲った亨保の大飢饉(17311732
この三国の中でも瀬戸内沿いが大きな災いになったそうな、
餓死者は百万に近く、250万以上が飢餓に苦しめられたとか。



ところが伊豫の大三島だけは誰一人餓死者が出なんだ」



「まぁそれは又!何故でございますの?」


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