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鬼平犯科帳 鬼平罷り通る 三嶋山燈

鬼平犯科帳 鬼平罷り通る

7月号  めぐりあい  伊豫吉田藩 武左衛門騒動



「うん そいつがな、大三島に下見吉十郎という六部僧のお方がおられてのう、
その御方が薩摩より持ち帰りし薩摩芋を島で殖産しておった。
で誰一人飢えることもなかったそうな。
しかも余った米700俵を伊豫松山藩に献上したそうな」

「まぁよくそのような事が……
で、六部僧とは又一体どのようなお方で御座いますの?」
染は平蔵の話に目を輝かせた。

「六部僧とは書写致しし法華経を全国六十六箇所の霊場に一部ずつ納めるため、
諸国を巡礼致す行脚僧の事だとか、あ奴から聞き及んだ」

「まぁぁ・・・・・そのようなお話をあの方がなされたのでございますの?」

「ふむ あ奴の心の中はいつもこの話で満ち満ちておった、
いつか人の役に立つ仕事がしたい、それが口癖であった。

想えば此度のことも、あ奴にしてみれば、正にそのような出来事で
あったのやも知れぬなぁ・・・」

平蔵受けた傷よりも、この心の中にポッカリと空いたままの痛みが、
志半ばで、しかもそれを我が剣で摘み取ってしまった痛みと悔恨の情(おもい)
の痛みが甦る。

道後の湯は、まこと傷ついた平蔵の身も心も癒やしてくれ、
新妻のようにいそいそと介護にあたってくれた染の健気な姿、
それは又、平蔵の胸の奥深くにしまい込まれた異国の思い出となった。

「長谷川様!この伊豫はお魚が美味しいそうにございますよ」

「おお!確かに確かに、安藤殿が然様申されておったのぉ、
何でも鯛は目先で釣れるとか……いや、さぞかし美味かろう」
平蔵持ち込まれた膳を見て

「こいつぁ鯛かえ?」
と女中に尋ねる。
「はい こちらは活鯛飯と申しまして、釣りたての鯛を刺し身にしまして
白醤油と出汁で合わせた物に生卵を流し込み、そこに鯛を取り、
よく絡めまして胡麻、刻み葱などの薬味と一緒に温かいご飯の上に載せて
頂かれますと宜しゅうございますよ。

何でも瀬戸内の海賊衆が敵に見つからないように岩陰などに潜んで
煙を出さずに美味しくいただく工夫をいたしたとか聞いております」

「へぇ そいつはまた面白ぇ話ではないか、のぅ染どの、あはははははは」

染にとって久々に聞く平蔵の笑い声であった。
こうして染と平蔵の苦楽をともにした長い旅は終わった。


ひと月ぶりの本所菊川町火付盗賊改方役宅は、平蔵無事帰還に湧き、
安堵の色に包まれ、隅々まで弾けるような笑いに満ちていた。

無論この知らせは沢田小平次により、密偵の面々にももたらされ、
本所二つ目橋袂軍鶏鍋や"五鉄"でも主の三次郎が腕によりをかけての
大盤振る舞いが開帳されていた。

一方南本所今川町"桔梗や"でも女将の菊弥と染香の二人が
ひっそりと二人の無事の生還を祝していた。

ひと月の後桔梗屋に顔を見せた平蔵 染に一寸玉の珊瑚簪を手渡した。

京より戻って以来長らく中間の久助に預けていた、
亡きかすみの髪を飾っていたものである。
「これは・・・・・?」
いぶかる染に京での事をかいつまんで話し聞かせた。

「もしかして・・・」

「うむ 儂も染どのの黒子(ほくろ)の話を聞いた折それを想うた・・・」

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