時代小説鬼平犯科帳 2020/05/02 鬼平まかり通る 雀の森 5月号 この中に取り上げ者(産婆)はおらぬか?」宣雄、衆人を見渡しそう言うと「へぇここにおりますだ」と、群れの中から六十過ぎと見ゆる老婆が名乗り出てきた。「おお、よし!ならばお前に頼もう」そう言うなり宣雄、懐から手ぬぐいを取り出しビリビリと裂き、老婆に差し出し「こいつを指に巻き火処(ほど)(陰門)を探り、中に何んぞ隠されてはおらぬか検(たしか)めよ」と言い渡した。「へぇ始末を調べるのでございやしょうか?」老婆は宣雄の言う意味を判じたのかそう言葉を返す。「そうだ!堕胎させてそこへ何かを押し込むことも想われる故な」こともなげに告げ、「どうだ何が判った?」と問いただす。老婆は陰門に差し入れた指を抜き出し「これぁ……」と宣雄を振り返る。その指先に乳白色のものが付着していた。「ふむ、事を為した後という事だな、ご苦労であったな。銕三郎その女の喉辺りをよく見ろ、締めた痕はないか?」宣雄、どんどんと検視を奥深いところへ探り込む。「はぁそれらしきものは見当たりませんが……」「よく視ろ!下顎(したあご)の近くに何かないかもう一度よっく確かめろ!些細なことも見逃すではない」厳しい宣雄の声が飛んできた。(先程から視ているのに何をさらに改めろとは親父殿も……)思いつつ銕三郎、女の首筋を手指で持ち上げてみる。(あっ!─これは)親指大の斑紋が診て取れた。「ここに指の跡のような……でもなぜ」「良い良い、首の後を検分いたせ」もう宣雄には犯行の一部始終が読めている様子ですらある。銕三郎、女の体を抱え起こし、うなじを確かめる、そこへも指の痕と思しきどす黒い斑紋が残されていた。「確かに指痕と思しきものが」「やはり在ったか」宣雄は確信を持ったように言葉を吐いた。「父上!一体何が起きましたので?」これまでの一連の所業を顧みながら銕三郎、まだつながりが見えていない様子に「銕三郎、お前はこの腹の傷をどう見た?」探るような鋭い眸(ひとみ)で銕三郎を見やる。「傷?刀傷にございましょう?」「そうだ!だがこいつは傷口が開いておらぬ、故に締められて殺害されたる後に辻斬りと見せかけて腹を切り裂いたと見たほうが良かろう、こいつぁ勒死(ろくし)(ろくし絞殺)だ」「何と……」銕三郎、父宣雄の見識の深さをまざまざと思い知らされたものであった。「爪を検(あらた)めてみろ」再び宣雄の言葉が続く。銕三郎、女の手を取り、よく観察する。「中指や小指に何かが残っております、これは?」「恐らく苦し紛れに引っ掻いたのであろうよ、殺った奴は恐らく顔か腕のあたりにその傷を受けておろう」「はぁ……そこまで」銕三郎ため息混じりに松三の方へ振り返る。 [0回]PR