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鬼平犯科帳 鬼平罷り通る 三嶋山燈

鬼平犯科帳 鬼平罷り通る

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鬼平犯科帳   鬼平まかり通る  孫よ…2 1月



数日後、小出政義の姿は日本橋片与力町にある樫原茂左衛門の屋敷にあった。
敷台に出迎える若党へ
「身共鉄炮(つつ)組与力小出政義、樫原茂左衛門殿にお目もじつかまりたく罷(まか)り越した、お取次願いたし」
広い屋敷内を伺うように口上を述べる。
「ははっ!暫くお待ちを願います」
そう言い残し、足早に奥へ報告に上がった。
暫くして複数の足音が聞こえ、出迎えたのは樫原茂左衛門
「おお、これは小出殿。早速のお越し心待ちにいたしておりましたぞ」
笑顔満面の相で奥へと導き入れる。
当て(座布団)に座し
「政義!お許しが出たのだな」
早く結論を知りたそうな素振りに
「まぁまぁ待て待て!そう急くな。無論何事もなく速やかにお許しも出た、御老中も少々はあんじて下されて居られ、殊の外お喜び下さった」
「そうか!そいつぁ何よりだ、では早速儂(わし)の方は明日にでも北町へ罷り越そう」
そこへ
「失礼を致します」
外より声がかかり、襖が開かれ、若い女性が改まって見えた。
「ご多忙の所をようこそおいで下さりました」
両手を軽くつき、小出政義を見た。
「倅の嫁じゃ、これおりく此度昭五郎を受けて頂くこととなった小出政義殿だ。まぁ儂とは幼き頃より竹馬の友で、共に悪さもしたものさ。以後見知りおくようにな」
「はい、十分心得ております、粗茶に存じますが──。それとも酒々の方がおよろしゅうござりましょうか?」
「然様だなぁ、この慶び事だ、酒のほうが良いが、貴公はまだ酒には飲まれる年でもあるまいなぁ」
「何と言う事を!貴様こそ飲まれる口ではなかったか?」
「あっ、そいつを言われるとのぅ─」
「幾度儂が貴様の尻拭いをさせられたものか」
「やれやれ、とんだ藪蛇じゃったわぃ。酒だ、酒を用意してくれ」
上機嫌の二人を残し奥へ去っていった。
「ところで茂よ、もう一人のそれ─」
「昭五郎のおふくろ様かえ?」
「それだ──」
「離れにずっと居る、表に出向くことはほとんどあるまい」
「うむ、まぁ大概はそうであろう。まだ同じ屋根の下に暮らせるだけ幸せというものだ。
で、我が家が貰い受けるという昭五郎は何処におわしますかな」
少々ふざけて茂左衛門を見た。
「呼ぶか?」
「ああ、できれば一度この目で確かめておきたい」
政義の本音でもあったろう。
いくら知古の友とは言え、人ひとり貰い受けるのである、犬猫の子を引き取るのとは訳が違う。
「それもそうだな!」
茂左衛門両手を打ち合わせ
「誰かおるかな!」
表へ声をかける。
すぐさま外に控える物音がし、
「これに!」
と、声がかかった。
「おお、すまぬが離れに居ろう昭五郎を呼んできてはくれぬか」
「承知仕りました」
声はそのまま立ち上がったようで、すぐに奥へ消えていった。
暫くして廊下より
「昭五郎様おいでになられました」
廊下から声がかかる。
「おお、参ったか!これへ」
襖が開かれ、凛々(りり)しい顔の若駒が両手をつき
「ようこそおいでなされました」
低頭し挨拶する。
「いやこれは又!ご挨拶恐れ入ったわい」
政義目を細め、この利発そうな童を見た。
「こちらへ入れ」
茂左衛門の言葉にこっくり頷き、政義のすぐ横に座した。
「良い子だ!」
政義、すっかり魅せられている。
(これならば我が家にとって恥ずかしくはない。真、良い子に巡り会えたものだ)内心、ほっとした政義
「名は何と申すかのぅ」
と問いかける。
「はい、私は樫原昭五郎と申します。以後何卒お見知りおきのほどよろしくお願い申し上げます」
「いやぁこいつは魂消(たまげ)たものだ、流石奉行所与力のお家柄ではある。我らが武骨者と違ぅてしっかりしておるのぅ」
目を細め、まぶしげにこの昭五郎を見つめた。
翌日、早速北町奉行依田和泉守政次に面会を申し出る。
敷台で待つこと暫(しば)し
「お奉行がお会いくださりますので、ご案内を致します」
用人に導かれ、奉行の自室へ通された。
「茂左衛門久しいのぅ、達者のようじゃが、本日はまた何用だ?倅は違いなくお勤めを果たしておるぞ」
「ははっ!和泉守様におかれましてはご健勝にて、この樫原茂左衛門真に祝着至極に存じまする」
「おいおい茂左衛門、そのようなことを態々(わざわざ)言うために罷り越したのではあるまい!用はなんだ?」
依田和泉守、穏やかな口元で茂左衛門を見下ろした。
「ははっ─。実は倅与左衛門が嫡男昭五郎を先手鉄炮(つつ)組十六番の与力小出政義殿との養子縁組に御老中松平和泉守様よりお許しを頂きました。
つきましてはお奉行様に媒(なかだち)をお願い致したく、樫原茂左衛門罷り越しましたる次第にて」
茂左衛門、低頭したまま言葉を繋いだ。
「やっ!それは目出度い、だが茂左衛門、嫡男を出すのか?」
依田和泉守、不思議そうに茂左衛門の応えを待った。
「ははっ─実は五年前無事次男が生まれました。これは長らく出来ませなんだ内嫁の嗣子(しし)、従いまして─」
「外腹(そとばら)の子と言う理由だな?」
「真に──」
「うむ、それもよかろう。やはり本筋が跡目を継ぐが道理だからのう。だがどうだ 出すには惜しいものであろう?これまで可愛がっておったであろうからのう」
「はい、それはやむを得ません。いずれはどちらかに家督を継がさねばなりませぬ故、何時決断するかにござります。
早すぎても遅すぎてもいずれ悶着(もんちゃく)が生じるやも知れませぬ故、頃合いかと。それに手前も隠居暮らしが馴染みましたものでござりますので」
「あい判った、その話引き受けようぞ。追って与左衛門に話を致す故安心いたせ」
「ははっ、真にあり難きお言葉、樫原茂左衛門心より御礼申し上げたてまつりまする」
こうして引き下がった茂左衛門、早速片与力町の屋敷に戻った。
その夕刻屋敷に立ち戻った与左衛門、着替えを済ませるのもそこそこに父茂左衛門の部屋の前に座した。
「父上!与左衛門只今戻りました」
と、外から声をかける。
「与左か!構わぬ入れ!」
中から父樫原茂左衛門の落ち着いた声が聞こえる。
「はい、ではご無礼を仕ります」
与左衛門、襖を開き、いざりながら中へ入る。
横手に襖を閉めつつ床前に座す父茂左衛門の顔を確かめる。
「お引き受け下されたのでござりますな?」
与左衛門、父の口元が緩んでいるのを見てそう言葉をついた。
「おお!和泉守様は心よぅお引き受け下された。日取りについてはそなたに改めてお申し越しがあろう」
「それはそれは─。真かたじけのうござりました。で?このことは何時とくに申し付けますので」
与左衛門、昭五郎の生母とく)へ、この一件を切り出す事をたずねたのである。
(おれの口から言うのはあまりにも辛いものがある、何しろ先に生まれた昭五郎を養子に出すという話だ、あの気丈なとくが速やかに受け入れるとは思えぬ)
そんな腹の中はとっくにお見通しかのごとく茂左衛門
「与左、そのことだが、明日にでもこの儂から申し渡そう。そちが引導を渡すのは流石につらかろう故になぁ」
腕組みをしたまま茂左衛門、与左衛門を見やる。
「真に恐れ入ります。手前の口からは中々言いにくうござります故、此度の一件、父上のお言葉に甘えさせていただきとう存じます」
「うむ、それで良い──」
茂左衛門目を閉じ、この先のことをどうするか思いを馳せる。
翌日与左衛門が出仕に及んだ後、送り出した与左衛門の妻女おりくを残し茂左衛門、離れ座敷へとやって来た。
そこには与左衛門の側妻とくが、長男昭五郎と遊んでいる。
茂左衛門それを認め
「これ、とく)、そなたに少々話があるのじゃが─」
「はい!どのようなお話でございましょうか大旦那様」
普段と左程変わらぬ茂左衛門の物言いように、昭五郎を横に控えさせ茂左衛門の顔を見上げた。
「うむ、そなたも存じておるように、彦四郎も五歳となり、どうにか恙(つつが)なく過ごせておる。そこでじゃが、どうであろうのぅ、昭五郎を養子に出そうと想うておる」
一瞬その意味が飲み込めなかったのかとく、口を半ば開いたまま応えが止まった後
「大旦那様それはまたどんな事になるのでございます。旦那様はご存知なので?」
この者、元は東仲町の水茶屋で働いていた頃、与左衛門は町廻りをしており、その頃懇(ねんご)ろとなり、一子をもうけた、それがこの十歳になる昭五郎であった。
したがい、言葉の使い方もあまり良くは心得ておらず、下町の喋り方しか出来なかった。
「おお、その事なれば案ずるではない。すべて承知じゃ」
「何と言われました!この子を他所へ出すと言われましたので」

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