時代小説鬼平犯科帳 2015/11/07 11月第2号 おまさ誘拐(かどわかし) 大滝の五郎蔵江戸の人口が50万人に対して、取り締まる側の南北奉行所の役人が二百五十名程度。特に実質犯罪に関わる役は三廻りと言われる定廻り、隠密廻り、臨時廻りこれを南北合わせても三十名ほどの与力・同心だけの構成であった。この中で実際に見回りを行っていたのはわずかに十名ほどこれで江戸町民50万人を監督することは出来ないという方が正しかろう。俸禄も三十表2人扶持でしかなく、手足に使う御用聞きや下っ引の給料は自己負担であった。ゆえに参勤交代で江戸詰めの藩士が問題を起こしたりするために、それらの藩から付け届けもあり、又商家からも問題を見ぬふりをすることで懐銭が入り、与力、同心三千両とうそぶかれるほどの実入りがあったのは史実。だが実際にこれらを使うとなるとかなりきわどいものがあった。情報通ということは、逆に考えれば裏社会に精通していることが必至であったからだ。いきおいヤクザや博徒,テキ屋なども使われた。この日木村忠吾は非番ということもあり浅草新吉原を冷やかしていた。懐寂しいのは常のことで、別段上がろうという気持ちはあっても先立つ物が・・・ということである。(目の保養は大切である)と平蔵は言わなかったが、「気の休まることもたまにゃぁ必要であろうよ」と 言われたのを都合解釈しての出陣であった。それにしてもいずれ劣らぬ賑で、良いおなごもそれそれ居るではないか!「ねぇお兄さ~ん」なんて・・・・・・と夢想しながら流していた。その中の一軒の郭から吸付け煙草を差し出した女がいた。何も言わずスィと差し出された煙管を忠吾思わず吸ってしまった。吸いながらよく眺めると中々に美形、ぽっちゃりとふくよかなふくらはぎを赤の蹴出しから覗かせてじっと忠吾を見た。ブルブルブルと忠吾身震いを覚えた。(いいおなごだなぁ、懐が寂しくなければこのまま上がって、うふふふふふ・・・・)その夢を破るように横から割り込んだ男がいた。「おい お前」そう言って顎をしゃくって二階に目配せした。(クソぉ、この野郎俺の夢を横からかすめ取るとは)と凝視した。だが、そこまでである、女と男はさっさと引き上げていった。取り残された忠吾、一瞬にも見たない淡き夢にぶら下がって未練タラタラだが、この一件が事件の発端になるから不思議なものである。翌日忠吾はお決まりの市中見廻りに出かけた。行く先は日本橋界隈である。十手を懐に飲んで素浪人の姿でぶらぶらと流していた。(ふ~ん呉服屋かぁ、こんなところにはきっといい娘がいて、蝶よ花よと育てられ、さぞかし美形であろなぁ)とこの妄想だけは誰にも負けない。中から服装からもそれと判る奉行所同心が十手を肩にとんとんあてがいながらのれんを分けて出てきた、その後を付いて出たのが番頭風の前垂れをかけた四十前後の男。「毎度ご苦労様でございます」と 言いつつ同心の右懐に何かを入れた、同心は素早く十手を懐に仕舞いこみ、その腕を羽織の中に引き込み、店の者はぺこぺこ頭を下げて店に引っ込んだ。(いいなぁ俺も一度で良いからああやって懐銭を忍ばせてもらってみたい)と眺めていた。その後ろから御用箱を担いだ供の者と、中間が腰に木刀を下げてついて行き、傍に御用聞きがピッタリと付き添っている。(奉行所与力の付け届け三千両かぁ、いいいな)忠吾は、この賂(まいない)は長官長谷川平蔵から、(決して手を染めてはならぬ)と言うきついお達しであったから、羨ましくて仕方がなかった)その時中から三十前後と見られる小女が出てきて後ろをゆく中間が振り返った時前合わせに手を添えて軽い会釈をした。それを見て中間が小さく首を縦にそのまま歩みを進めた。(んっ!)忠吾はなんとなくその小女に目をやった。(う~ん色っぽいいい女だなぁ)とぼんやりと見つめた。ことはそれだけである、だがそれが結局事件の糸口につながってくるとは想いもよらない忠吾であった。清水御門前の火付盗賊改方役宅に戻った忠吾は同僚の沢田小平次に「沢田さん、さすがに日本橋でございますなぁ、見回りの同心はあのようにして行く先々で懐が肥え、それで御用聞きや小者を養える、我らはそれさえご法度で手下(てか)を養わねばならぬ、不条理ではござりませぬか」と、少々不満の顔。「忠吾、おかしらが日頃よりわれらを養うためにどれほどお心を痛めておられるか知らぬではあるまい、時によれば奥方さまさえ・・・・・」「判っております、判っておりますはいはい!ですが沢田様、そこまで厳しくしなくとも、多少のことは目をつぶり・・・・・」「馬鹿者!忠吾 盗賊改めがそのようなことをいたさば、誰が一体盗賊どもを引っ捕らえると言うのだ!」と語気も鋭く叱咤した。「あっ 誠に持ってすみませぬ、私はただ・・・・・」「ただどうした!」「あっ その いえ何も・・・・・」「おい忠吾 どうした、何をそのように沢田に絞られておるのだ?」声の大きいところで聞こえてしまったらしく、平蔵が入ってきた。「はぁ 本日は日本橋を見まわりましてございます」「おう ご苦労であった、でいったい何があったのだえ?」平蔵大方の察しは付いていたものの、本人からそれを言わせるのも一興かと面白半分に水を向けた。「はぁ 町廻同心がお店から懐銭を受け取りまして・・・・」「それが羨ましかったと言うのではありまいなぁ」と先回りして釘を刺す。「いえ 決してそのような、その後小女が、これが又・・・・」「お前ぇ好みのおなごであったかっ」平蔵口元に笑いを貯めて忠吾を見た。「はぁ それが三十前後の少し細身で、私の好みではございませんでしたが、これが又仕草が色っぽくて、見送りの時、中間に地衿に片手を差し入れてそのままスイと襟元にやって・・・・・これがめっぽう色っぽうございましたのでついつい目に止まりましただけのことで、はい」「何っ!」沢田と平蔵が同時に言葉を発したから忠吾ぴっくりして目玉をパチクリ。「なななっなんでございますか、お頭ぁ・・・・・」「忠吾そいつは繋ぎだ!」沢田小平次が叫んだ。「えっ そんなぁ ただ衿に手をやり・・・・・・ええっ!」「その時女が指をいかが致した!」平蔵の目が輝いた がそれまでであった。「はぁ なんとも女の流し目のような眼を見ておりましたので、切れ長の色っぽ目つきでございました」「この大馬鹿者!お前ぇは何年同心を勤めておる、そのとき女は指で何か合図を送ったはずだ、むぅ 沢田、おまさを呼べ、おそらくは日にちか刻限か何かをつないだはず、だとしたらそれを探らねばなるまい」ほどなくしておまさがやってきた。「長谷川様お呼びだとか」「おう おまさすまねぇがちょいと日本橋の 、おい忠吾何と申したその店の名は!」「はぁ 店の名でござりますか、さ~ぁ何と申しましたか・・・・・」「おいおい忠吾おなごの顔は覚えておっても店に名前は思い出さぬか」「はぁ なんとも面目次第も・・・」「では行けば判るのだな!」苦々しげに平蔵拳を握った。「おまさご苦労だが明日忠吾とともに日本橋に出向き、その店の周りの聞きこみに行ってはくれぬか」とうながした。「長谷川様それは一体どのような事を探ればよろしいのでございましょう」とおまさ「店の位置、それから裏表の人の流れ、近くに見張り場を設けられるところがないか、出来ればその屋の勤め人の構成などが、おうそれにだなぁ定廻りの同心の名前ぇも判ればありがてぇ」「承知致しました」と、おまさは戻っていった。翌日忠吾とおまさが向かったのは一石橋たもとの北鞘町材木問屋(肥田屋)おまさの聞いたところでは橋の改修工事用の木材を一手に引き受けて、蔵にはお上から近々大枚の金子が出回るようで、用心棒などを雇っているという事。何しろ橋の架替えである、使われる材木も膨大な規模になるが、流れこむ金子も雇い人、人足などに支払うために、これも又莫大なものになろうということであった。主は手堅い商売で評判もよく、出入りの者も常連のようであった。小間物を担いで回って見たところ、新しく雇った者はこのところなく、一番新入りでももう三年にはなるという、中に忠吾の言っていたそれらしい小女は奥向も兼ねた中々のやり手で、主夫婦のお気に入りのようであった。店のひと通りは向かいに本両替町が控え、夕方近くまで多くあり、通りがかりの怪しい動きは中々見つけられないという。「ただ・・・・」「うん 何だ?」「はい ただ町方地廻がこの所頻繁に訪れているようで、その度に、ふふふふ」「おい 何だそのふふふは」と平蔵「はい 賄いの女が(懐も肥えるはずだ)って」「ふむ 何かお目こぼしをしておるということだな」「はい そのようでございます」「一手に引き受けておるというのがどうも気に入らぬ、お前ぇ一人では荷が重かろう、粂八に繋ぎを取りすけてもらえ、ああそれから見張り小屋になる場所は忠吾に交渉させろ、出来れば二階が良い」「かしこまりました」おまさはそのまま引き上げていった。翌日からその肥田屋は盗賊改めの監視のもとに置かれた。その日粂八と忠吾が見張り所に詰めていた。「あっ 木村様女が出て来ました」「何! よし後をつけるぞ、そのことを書いて残しておけ」と矢立と懐紙を渡した。女の後をつけて忠吾と粂八は一石橋を渡った一町ほど先の茶店であった。近くには呉服橋御門が見える見通しの良い所である。店の陰に静かに身を寄せて見守っていると、やがて向こうから男がやってきて何気ないふりをしながら女の向かいの席に座った。お茶を飲み、その後女は立ち上がって、その瞬間何かを置いたのをおまさは見逃さなかった。「木村様!つなぎました」とおまさが言うのを、忠吾女に見とれていたのか気づかなかったようで、「おまさ 何がどうしたというのだ?」とのんきに問い返す始末。「いま女が何かを置き、それを男が拾って立ち去りました、すぐに男の後を追ってください」と忠吾に促す。「俺がかぁ 男の後を男がつけるよりも女のほうが自然であろう、あいつはお前に任せる、俺は女の後を追って見る」「判りました」おまさは少々むっとしたふうであったが、忠吾の命とあらばやむを得ない、黙って男の後を急ぎ微行して消えていった。忠吾は女の後をふらりふらりと着流しでぶら下がるようについて北鞘町まで帰ってきた。そこに与力の小林金也が待ち構えていて「忠吾おまさはどうした?」と問いただした。「はい おまさはつないだと想われる男を微行して行きました」「で、 お前はそのまま女の後をついて帰ってきたということだな」「はい さようでございます」と答えたから小林の堪忍袋の緒が切れた。「忠吾、お前は危険な微行をおまさにさせて、お前は女の尻にくっついて戻ってきたというのか!」「はっ いけませぬか?」「馬鹿者、その男がおまさに気づけばどうなる、相手は男だ、いかにおまさが修羅場をくぐっていようとも所詮はおなごだ、叶うはずもあるまい、軽はずみなことを致したものよ」この小林の不安は的中した。後を微行(つけ)ていたおまさは八丁堀の白魚橋を渡り、正面に稲荷を見るところまで姿を追ってきた。これまでの経験で(このようなところへは誘いこむ率が高いと踏んで)真福寺橋に曲がろうとした時、微行ていた男が戻ってきていきなりおまさの腕を掴んで捻り上げた。「何をなさるのでございます?」おまさは落ち着いて男の出方を待った。だが男のほうがそれを封じて「お前ぇずっと俺の後をつけてきただろう」「いえ それは何かの間違いでございますよ、あたしはこの先の八丁堀のお店に品物を受け取りに行くところでございます」と腕を振り解こうとした、その時男の腕が跳ね返され袖がめくれて二の腕が一瞬あらわになった、そこには腕の中ほどに二本の刺青が一瞬だが見て取れた。おまさの顔色が一瞬変わったのを男は見逃してはいなかった。「手前ぇ見たな!顔色が変わった所を見るとお前ぇ何もんだぁ見かけは下働きの女に見えるがどうも怪しい、こっちに来な!」と稲荷の方に引きこまれた。「何をなさいます、無体なことを!」抗いながら必至に男の手を解こうとするが、所詮相手は男である、適うはずもなく抵抗しながらも稲荷社の方に引きずられてゆく。すると三名ほどの男が稲荷社の裏手から出てきた。「どうした、その女は・・・・・・」見るからに博徒風の男が声を出した。「この女、俺の後をずっとつけてきやがった、どうも臭ぇ、もしかしたら町方か盗賊改めの狗かもしれねぇ、まずはおかしらのおいでなさるまで閉じ込めておきな」そういって、おまさを縛り上げ猿轡をかませて社の中に転がした。一方小林は、このことを平蔵に知らせるように忠吾に命じ、まずはおまさが向かったであろう方に探索しようと出かけた。忠吾の報告を聞いた平蔵「おいうさぎお前ぇまだ病気は治っておらぬようだのう、情けない奴め、で、小林はおまさを追って向かったのだな!」「ははっ その様に小林様から聞き及んでおります」「誰か、手すきのものを急ぎ集めてくれ、おまさがかどわかされたやも知れぬ、それから密偵たちにも繋ぎを取り急いでおまさの足取りを掴め、振り出しは一石橋の茶店だ、ぬかるなよ!」密偵たちは一石橋からおまさの足取りを求めて散っていった。だがその夜のうちにはおまさの行方はようとして知れなかった。徹夜で必至の探索をする盗賊改方を尻目に、おまさの足取りはぷつりと糸を切り取られたかのように闇の中に消えたのである。翌日になって北鞘町材木問屋(肥田屋)の見張り所から清水御門前の役宅に繋ぎがあった。店の中が重苦しい雰囲気で、どうやら何か大きなことがありそうだと言うのである。「いよいよ金が動くか・・・・・それにしてもおまさの安否が気にかかる、生きておれよおまさ」平蔵は祈る気持ちで暗く淀んだ江戸の街の空を見上げた。そこへ佐嶋忠介が駆けつけてきた。「お頭!先ほど南町奉行所の方に探りを入れましたる所、仙臺堀の政七が昨日おまさを見かけたと申しておりました」「何!おまさを見かけただと」「はい!」「で 場所はどの辺りであったか判ったのであろうな!」「はい なんでも奉行所から仙台堀に帰る途中、八丁堀の白魚屋敷のほうへ歩いてゆくのを見かけたそうで、声をかけようかと思いましたが何やらわけ有りのようだったので、そのまま、政七は白魚橋を渡り本所の方へ、おまさは反対の真福寺橋の方へ曲がったそうでございます」。「よし!夜までまだ間がある、一同手分けして八丁堀真福寺一帯から探索を始めるよう申し伝えよ、わしも今から出張ってまいる」平蔵は騒ぐ心を落ち着かせようとするが、それほど簡単ではないことをよく承知している。妻女の久栄が「殿様 おまさが行くかた知れずとか・・・・・」「うむ 気がかりでならぬ、おまさを失いとうはない!」それは平蔵の本心でもあった。一時ほど後密偵や手すきの者が三々五々一石橋たもとの茶店に集まってきた。「政七によると足取りはここから白魚屋敷の当たりかもしれぬ、もしおまさが囚われておるならば身の危険も考えられようからそのつもりでかかってくれ!」平蔵がそう下知し、それぞれに散っていった。茶店の片隅に陣を取っていた平蔵の元へ半時ほど後に吉報がもたらされた「長谷川様!おまさのかんざしが落ちておりやした」知らせを持ってきたのはおまさの亭主大滝の五郎蔵であった。「何!おまさのかんざしだと」「へい間違いございやせん、こいつぁ舟形の宗平父っあんがおまさに祝として求めたもので、見間違うことはありません」「でかした五郎蔵!おまさはおそらくその近辺に囚われておるのであろうよ、そのあたりをくまなく探せ、わしも行こう」五郎蔵と平蔵は白魚橋手前にある稲荷社の朱の鳥居をくぐった当たり、「ここで見つけやした」五郎蔵が足元を指さしてみせたところは稲荷社を奥に眺める砂場であった。「おい見ろ五郎蔵!ここに争ったあとが見えねぇか?」と平蔵の指さす当たり・・・・・「そういえば少し足あとがいくつか乱れたような・・・・・」「五郎蔵 奥の稲荷社を覗いてまいれ、俺はその周りを調べてみよう」平蔵と五郎蔵は二手に別れ、草木の間に身を潜めながらそっと近づいた。(ふむ 人の気配がどうも無いなぁ・・・・・)平蔵がそうつぶやいた時「長谷川様・・・」と五郎蔵が戻ってきた。「どうも外からでは何も見えません、いっそ踏み込んでみたら如何でございましょう」「待て待て五郎蔵、万が一おまさが人質にでもなっておれば身が危うい、そこまで俺は無理はしたくねぇ」その時鳩がいきなりバタバタと鈍く輝く空に向かって飛び上がった。「伏せろ!」平蔵は低い声で五郎蔵に促しそっと草薮に身を潜めた。数名の足音がこちらに近づいてくる。やがて稲荷社の戸が開けられ男どもが入っていった。奥の院の方で何やら激しい物音がして、女の叫び声が漏れてきた。「おまさだ!」平蔵と五郎蔵は同時に小さく叫んだ。「おい 五郎蔵!おまさは生きておる生きておるぞありがてぇ、今助けてやるからな待っておれ、五郎蔵、すまぬが界隈に居る同心共を探してここに連れてきてくれ、俺はここで何かあればいつでも飛び出せるように控えておる、頼むぞ!」それから小半時(30分)が流れた。中からは時々うめき声が漏れてくる、「すまぬおまさ、絶えてくれもうすぐだから、絶えてくれ!」平蔵も胸をかきむしられる思いでおまさのうめき声を耐えていた。「お頭!」五郎蔵を先頭に山崎、沢田、小林、酒井、松永、小柳、竹内それに忠吾も駆けつけた。「よし!山崎、沢田、松永酒井、お前達は背後を断て、残りの者はわしと正面から踏み込む、おまさが敵の手にある以上速やかに動かねば身が危うい、良いな!、では散れ!」後方の退路を断つ準備を見計らって平蔵が真っ先に戸を蹴破って突入した。「なんだ!どうした!」奥のほうで驚いたような叫び声がした。刀を抜いて打ち入った平蔵一行を驚いた顔の男が素早く見て取りおまさの傍に駆け寄り刀を抜いておまさの首に突きつけようとした、その寸前平蔵は手裏剣を打ち放った!ぎゃっ!と首筋を抑えて男がもんどり打って倒れた。「それ!!」一気に崩れ込んで斬り合いになったが、不意を突かれたものだから心の準備も整っておらず、あっという間に打ち伏せられた。「おまさ大丈夫であったか!」平蔵は打撲で腫れ上がっているおまさの綱を切り解いた。「長谷川様・・・・」おまさはそのまま平蔵の腕の中に倒れこんだ。「おい五郎蔵、こいつぁ俺の役目ではない、お前に任すぜ!」そう言って飛び込んできた五郎蔵におまさの身を預けた。「良かった良かった、まこと間におうてよかった」抱きあう二人を残して平蔵稲荷社の表に出た。すでにその場に居合わせた無頼のもの五名は手傷を負って動けない状態で捕縛されていた。そのまま番屋に引き連れて、軽い取り調べが始まった。「お前ぇはだれでぇ」首領格らしき男が平蔵を見て噛みついた。ニヤリと笑って「おう 名乗りが遅れてすまなんだ、俺は火付盗賊改方長谷川平蔵である」「なななっ何ぃ!平蔵ぉ!あの鬼平か!」「お前ぇ達にゃぁそう呼ばれておるらしいのう、今日の俺は特に機嫌が悪い」「何故だぁ!」「俺の宝を横取りしようなんざぁ閻魔様もお許しにはならねぇ外道ども!どいつが頭目だえ、肝っ玉据えて返答致せ!」平蔵の毒気を含んだ語気に気負い負けしたか、頭目らしき男が口を開いた。聞き取りによって一味の者で、左手に二の字は伏見の流ればたらき(ともずなの孝助)、首領は黒南風(くろはえ)の音蔵、、北鞘町材木問屋(肥田屋)の女は(かはほり・(コウモリ)のおせんと判明した。それぞれ数珠繋ぎにつながれて大番屋に引き立てられていった。「それにしてもおまさ、この度は危ない目に合わせた、誠にすまぬ」平蔵は両腕に包帯を巻いた痛々しい姿のおまさに頭を下げた。「長谷川様、どじ踏んだのは私の方でございます、つい気を抜いた一瞬のことでどうにも・・・・」「で かんざしを抜いたというわけだな」「はい それくらいしか手が打てなかったものですから」「それにしてもよくあのかんざしを落としたのが気取られなかったものだなぁ」「はい つかまった時かんざしを抜いて、腕を振りほどかれた時足元に落とし蹴り飛ばしたものですから・・・・・」「まぁよくぞ無事でいてくれた五郎蔵もさぞや気をもんだであろうすまぬことを致した、許してくれよ」「長谷川様あっしらは皆長谷川様にこの生命お預けいたしておりやす、ですから、どうかそのお手をお上げなすってくださいまし、どうにもあっしらは居心地が悪うございますよ」と五郎蔵が平蔵を促した。「ありがとうよ、わしはお前ぇたち抜きでは何にもできぬ、俺にとっちゃぁ誰一人欠けても俺のお役は成り立たぬ、これに懲りずすけてくれよ」平蔵の目頭が熱くなるのを皆嬉しく、無言でかみしめていた。 [0回]PR