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鬼平犯科帳 鬼平罷り通る 三嶋山燈

鬼平犯科帳外伝

鬼平犯科帳  鬼平まかり通る 2月号 雀の森

犬が群れているもんで、おかしいなと近寄ってみたら、
女が草むらに倒れているじゃぁありやせんか。
犬を追っ払って寄って声を掛けてみやしたが、なんにも返事がねぇ、
で 驚いてここまで知らせに駆けて来たってことで、へぇ」
鉢巻きを取りペコリと頭を下げる。

「女が殺されていると言ぅんだな?」

「へぇ確かな事ぁ判りやせんが、多分死んでいると……」

「よし判った!確かこの月は南が表番のはずだ。
誰かこの事を奉行所へ届けてくれぬか、おれは現場に立ち戻り検分しよう」
そう言うと、中にいた番太が名乗り出て来、

「それじゃぁあっしがひとっ走りお役所へ届けやしょう」
と快く引き受ける声を上げた。

「おおすまぬな、そうしてくれるか!」
銕三郎、懐から紙入れを取り出し、中から四文銭(百円)をつまみ出し
番太に握らせた。

江戸の橋は、武家は無料だが一般の者は片道の渡り賃二文(五十円)
が必要であったからだ。
「あっ!こいつぁ……へいっ!確かに」
そう言うと永代橋に向かって出ていった。

銕三郎、木場の若者を伴い、父宣雄の待つところまで戻って来
「父上!どうやらこの先の石置き場で女が死んでおるらしゅうございます。
この男が先程見つけたそうで」
と後ろに従っている同年代の若者を振り返る。

「ほぅそれはまた──、相判った!ひとまずそこへあない案内いたせ」
宣雄、若者を先に発たせ、後を銕三郎と並びついて行った。
ほんの先ほど曲がったところを奥へと入ってゆく。

「ところでお前、名はなんという?」
宣雄は若者に後ろから声を掛けた。

「へぃ、松三と言いやす」
振り返ってペコリと頭を下げる笑顔が爽やかであった。

「おおさようか、ところで松三、どうしてこの道を選んだのだ」

意味ありげな問い方に銕三郎(はて親父殿は疑ぅておられるのであろうか?)
「へぇ表の方は二つもお屋敷の前を通ることになるもんでございやすから……」

「で、そいつを避けたという訳だな」
宣雄(判らぬでもない)と言うふうに口元に笑いを含みながら松三を見やった。

「へへへっ」
びん鬢に手をやり軽く腰を折る。
要するに侍屋敷は出来るだけいざこざを避けたいがための思案のことであろう。
その間にも現場に差し掛かり

「あそこに……」
と指さした先には、またしても野良犬が数匹群れている。

三人の足音を聞き取り、一斉にこちらを伺い警戒している様子が見て取れる。

「しっしっ!!」
銕三郎が大きく叫び、これらを追い払った。

横たわったままの女の姿へ近付こうとするそれに向かって宣雄
「銕!そのまま近づいてはならぬ!」
と厳しい口調で制した。

「はっ?」
銕三郎少し驚きつつ父の眼を見返る。其処には既に柔和な眼差しはなく、
猟犬のように厳しいひとみ眸が食い入るようにこちらを向いている。

その間に狭い道端でもあり、番屋から金魚の糞よろしく
興味本位だけの野次馬共がついて来、あっという間に人だかりができてしまった。

「この者の知り合いはおらぬか?あるいは見かけたものもおらぬか?」
宣雄、衆人を見渡し、名乗り出るのを待つ。が、互いに顔を見交わすものの、
名乗り出るものはない。
つまり関わり合いを持ちたくないというのが本音であろうと想えた。

「やむを得ぬ。よいか、死人というものは、何が元かその因が判らぬ間は、
まず風上より様子をうかがうことだ。万一毒気であらばそれを吸うとも限らぬ」

その目も言葉もすでに先程の穏やかなものとは打って変わって厳しいものがあった。

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