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鬼平犯科帳 鬼平罷り通る 三嶋山燈

鬼平犯科帳外伝

鬼平犯科帳 新編 鬼平罷り通る 2020年新年号 雀の森


「ほぅ然様か?ほれ先の方の茶店で、腰をかがめて貴様の方を見ておる女が
居るではないか!こいつをどう言い訳いたすつもりだ?」
宣雄いたずらっぽい眼で銕三郎の様子をうかがう。

「ええっ!……何処(いずこ)にそのような」
慌ててあたりを見回すものの、それらしき者は見当たらないではないか。
「銕よ、案ずるな、儂も男だ、あははははは」
宣雄左手を刀の柄の上に預け、もう片方は懐手に口元を緩めている。

「はぁ、もう驚きました。それにしても父上!お人の悪い」
(全く冷や汗ものだ、これだから父上に同道するのは気が重いわけだ)
銕三郎冷や汗がいつ流れ出てもおかしくない己の首筋に手をやり、
父の背中を観たものである。

「だがなぁ銕や、こうして歩いておっても、むやみに時を過ごすではないぞ。
己以外は師と想え!教えられることこそあれ無駄の一つもないものじゃ」
先程とは打って変わった厳しい父宣雄の言葉に銕三郎、冷や汗をかきつつも、
その言葉の重さを肝に命じていた。


本日はこの界隈を廻った後、雀の森(黒船神社)へ廻り、
越中島調練所辺りから大島町に戻り、中島町・熊井町と大川べりを永代橋まで
進む事にして、蓬莱橋を右折し、松平阿波守治昭下屋敷を大島川の向こうに眺めつつ
黒船橋にたどり着いた。

まぁ見習いとは言え、独りでこの辺りを見廻る時はのんびりと気ままに歩いている
ところではあるが、父と同道の場合はそうもゆかない。
父が何を見、どう思い、それをいかに対処するかを盗むように見習っている。

この黒船神社、別名すずめの森と呼ばれ、沖に出た船乗りたちが本所に戻る目印に
したほどの古木が鬱蒼(うっそう)と生い繁っている。

すでに秋の口ともあり、樹々も早々にその色めきを失い、しっとりと落ち着いた
金茶色のものが目立ち、道端の草も夜露か朝霧の名残なのか、
川から吹き寄せる冷やされた風に濡れ、柔らかな陽光にキラリと光って見せている。

平蔵親子は、三河藩主松平伊豆守信明下屋敷横の、つづら折りになった川沿いから
離れた細道を進んでいた。

この辺り、千代田城築城のための石置き場があり、その名残がいまだ散見される
ところである。
緩やかに曲りを持って大川から大島川に流れ込む辺りに差し掛かったおり、
何やら騒がしい人の動きに長谷川平蔵宣雄
「銕!何事か確かめてまいれ」
と嫡男銕三郎に指図した。

すぐ先の番屋に木場の職人や町人などが群れ、何事か大声で話している。そこへ
「俺は火付盗賊改の者だが一体何があった?」
銕三郎、衆人をかき分け番屋の入り口に顔をのぞかせた。

後の第165代火付盗賊改方長谷川平蔵宣以、若干二十五歳の若駒である。

中から出てきたのは木場の若者らしかった。
銕三郎を見るなり
「あっお武家様!あっしはこの先の大島町に住んでおりやす木場の川並鳶
(かわなみとび)(筏師)でございやすが、さきがた木場町へ出かける途中、
この先の石置き場を横切りやした。



日高摩梨 シャンソンのブログ

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