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鬼平犯科帳 鬼平罷り通る 三嶋山燈

鬼平犯科帳外伝

鬼平犯科帳 新版 鬼平罷り通る 12月号 恙虫 第2回

 

  黒船稲荷

雀の森


 「人が殺されている!」
大声で叫びながら深川越中島調練所前の番屋に駆け込んできたのは、
木場の男衆と見える二十歳過ぎの男であった。

この日、火付盗賊改方139代長谷川平蔵宣雄は朝餉(あさげ)をすませ、
嫡男銕三郎(てつさぶろう)を伴い、本所菊川町の火付盗賊改方役宅を出、
富ケ岡八幡宮の周りを流し、永代寺門前町へとかかり、
永代寺門前を南下して蓬莱橋の架かる大島川に出た。

さらにこれを右にとり大島川沿いに西へと歩を進める。
この辺り、永代寺門前の岡場所で賑わうところ
「前垂れで 来る客とんで 深ばまり」
と狂歌に落首されるように、木場や新川にある様々な問屋の
奉公人達でも賑わうところ。

片方では高級料理茶屋が立ち並び、その中にも手頃な庶民の手の届く
小洒落た料理茶屋がひしめき、本所界隈だけでなく川向うの
公方様(くぼうさま)お膝元あたりからまでが大島川の河岸へ猪牙(ちょき)を
横付けさせて豪遊するという。吉原には敷居が高い庶民を中心にした
一大歓楽街でもある。

「銕よ、何をそのようにそわそわ致しておる」
宣雄、後ろをついてくる嫡男銕三郎に背中から声を掛ける。
「いえ別にそのような……」
「そうかえ?儂には気もそぞろと見ゆるがなぁ」

実はこの辺り、同じ菊川町内の旗本大橋与惣兵衛親英の娘久栄を娶(めと)る
数年前までは本所の銕と呼ばれるほど、その名を馳せた場所であったからだ。

銕三郎、独り歩きのおりならば、気軽に門前の女郎へも声を掛けている。
だが、本日は同行者が同行者である!
「あら銕さん!」
なぞと、いつ飛んでくるやら、辺りに目と気を配っての、気の抜けないお供である。

「父上!今の私は以前とは違ぅております」
予防線を張ったつもりがまだ幼いと言えよう。

「ほぅ…以前とは一体どのような事を申すのだ?」

「えっ!(しまった、つい口が滑ってしまった、どのように言い訳すれば良い!)

ああっ!はぁ、父上のおかげを持ちまして、こう…気ままにこの界隈を
駆け回っておりました頃のことを…はい。(どうにかこれでごまかせよう、
それにしても危ない危ない、弥勒寺あたりならば目も当てられなかったろう。
何しろあの茶店笹やのおくまにでも見つかろうものなら

「おい銕つぁん、こんおくまの店の前をす通りはなかろうよ!」

なんて、いつ飛び出してくるか判ったもんじゃァないからなぁ……

「銕!何をブツブツぼやいておる!どうせお前のことだ、この辺り、
金猫・銀猫だのと、脛の傷が痛むのであろう?」

「えっ!まさかぁ」

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