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鬼平犯科帳 鬼平罷り通る 三嶋山燈

鬼平犯科帳外伝

10月第3号 蓮の葉商い

本所深川北川町万徳院前に居を構える(唐物屋ええもんや)
左衛門、深川界隈に集まる材木商のお大尽相手に商売繁盛の様子であった。

「ちょいと出てくるよ、後を頼みましたよ」
気楽な格好で小脇に何やら包みを抱えて出て行った。

「今日はどちらかねぇ」
と女房のお福が誰となく問いかけた。

「さぁいつものことでございますが、
私共には何もおっしゃいませんので・・・・・・
ただ何やら箱物を抱えてお出かけになりましたから、
いつもの一草庵ではございませんかねぇ」

「一草庵って言うとあの目利きをなさる茶人の古田一閑先生かい?」

「だと思いますよ、いつものことですから」
その日の夕刻左衛門はホクホク顔で戻ってきた。

「これお福や、一閑先生が箱書きを書いてくださったよ、
まぁ少々金子はいったがね、なんでも唐物井戸茶椀とかで、
中々の名物だそうだよ」
とえびす顔で箱書きを見せた。

真新しい桐の箱に収められたその茶碗はなるほど本物だけに名物であった。

実はこの茶碗、さる大名家より質草に左衛門が引き取った物、
したがって真贋の方は間違いない。
左衛門はその茶碗を古びた箱に移している。

「旦那様、どうして別の箱に入れなおすのでございますか?」
と怪訝な顔で主の左衛門を見た。

「ああ こいつかね、これが元々入っていた箱さ」

「えっ ではこの新しい箱書きの箱はどうなさるのでございます?」
腑に落ちないお福はいぶかしそうな顔で主の返事を待った。

「この茶碗はお預かりしているもの、
だからこいつを売る訳にはいかないだろう?そこであたしゃぁ考えたのさ、
この新しい箱を茶渋で染めて、古く見せかけその中に
よく似た物を入れてどこかの欲のくらんだ金持ちに高く売りつけるのさ、

誰にもわかりゃァしないよこんなこと、
何しろ一閑先生が箱書きを描いてくださっているんだからね、
これは鬼に金棒ってもんだよ」
と声を潜めてお福に話した。

「本当に旦那様はこういうことには頭がよく回るのでございますねぇ」
半ば呆れながら感心するお福であった。

この左衛門の手口は特に茶道具においてはよく見られたやり方であった。

「豊太閤さまなぞは刀剣鑑定家本阿弥家に強要して、
無名の技物に「正宗」と折り紙をつけさせ褒美として
与えたと言うではありませんか、たかが茶道具ですよ・・・・・」
左衛門は軽口を言いながら自分のしている事を正当化しようとしていた。

その数日後左衛門は材木商の橘屋にでかけた。
この橘屋は山師上がりで、江戸の大火で一山当て、
にわかお大尽となったいわば成り上がり者、
それだけに金は唸るほどあるが、
その使い道も知らなくて、したがって当然のことながら
骨董などの目利きは全くないものだから、骨董屋の言いなりである。

そこをつけ込んでのハッタリ家業がこの左衛門の本業であった。

「橘屋のお大尽様、この度珍しい茶道具が手にはいりましたので
、このお屋敷にもふさわしいかとお持ちいたしました。
箱書きもこの通り一閑先生が目利きをして下さった折り紙つきのもの、
いかがでございましょうか?」

と、幾重にも包んだ風呂敷包みを解いてさも貴重な風に差し出した。

これは唐物の井戸茶碗・・・・・中々手に入らない名物でございますよ」
と勿体をつける。

「それはそれは左衛門さん、また良い物をお世話いただきありがとうございます。
何しろ私はそっちの方はさっぱり目利きが効きません、
材木ならばなんでも判るのですが、銅も骨董となると・・・・・
左衛門さんのお陰で良い物が手に入り私も嬉しゅうございますよ」
と手放しで喜んでいる。

「また 何かお薦めの物が出てきましたら、まずは私に回してくださいよ、
お金に糸目はつけませんから・・・・」

「はいはい 橘屋さんにお買い上げいただければ、
どこにご紹介するよりも安心でございますからなぁ」
と左衛門は揉み手を擦ってえびす顔である。

左衛門は家路を急ぎながら「あんな偽物茶碗が百両で売れるとは、
こっちは箱書きで2両使っただけ坊主丸儲けとはこのことだねぇ」
と独り合点でほくそ笑みながら本所深川の「ええもんや」ののれんをくぐった。

「おかえりなさいませ」出迎えたのは女房のお福

「はいただいま帰りましたよ」

その亭主のえびす顔を一目見て
「旦那様さぞや良いことがおありになったのでございましょうね」
と上目遣いに左衛門のしたり顔を見上げた。

「上首尾だったよ、何しろあのお大尽はこんなものには全くの素人、
そこがつけ目でこちらはよい思いをさせてもらっているんだからねぇ、あはははははは」

「まぁ旦那様はお人の悪い・・・・・」

「そのお人の悪さのお陰で贅沢しているお前さんは一体何なんだろうねぇ」

「まっ 嫌な人!うふふふふ」

ところがそこから事件が起こった。
橘屋が出入りの旗本山名家に大仕事を請け負う礼にと
「これは大変珍しい唐物の茶碗でございます」
と手土産に持参した。

「なんと、唐物とな!それはまた貴重なものを・・・・・・
どれどれ、・・・・・・ふむ 一閑の箱書きも付いておるのう、
これはまた我家の自慢の種が増えたという物、
よしよし!今後共よろしく頼むぞ橘屋!」

「恐れいります!」

こうして唐物の偽物は山名家に嫁入りを果たした。
これで収まっていれば何事もなかった、
だが事はそうおもわく通りに運ばないこともある。

城中でたまたま茶道具の自慢話に花が咲き、
その名物を観たいと言う話にまで進んでしまった。
そこはそれ、自慢したいがための暇つぶし談義、
早速お披露目の日取りも決まり、意気揚々と屋敷に戻った。

翌日その茶碗を出す前にじっくり眺めて、
相手の驚く顔を楽しもうと奥女中に命じて茶箱を持ってこさせた。

貴重な品であるために奥女中が蔵から持ち出すのを若い武士が警護していた。
上屋敷の長い廊下の角を曲がろうとした時
反対側からいきなり猫が飛び出たからたまらない

「きゃっ」
と悲鳴を上げて思わず後ろにのけぞったと同時に、
後ろからついてきていた若侍にぶつかった、
はずみで捧げていた箱を取り落としてしまった。

鈍い音がして木箱は廊下に転がった。

ブルブル震える手で包みを解いた箱のなかで無残に茶碗が割れていた・・・・・・

「榊様・・・・・・」

「みつどの・・・・・・」
ふたりとも事の重大さから言葉を見失っている。

「とにかく殿にご報告を致さねば」・・・・・・・
割れた茶碗をとりあえず元に戻し、主の前に運び込んだ。

「おう 待っておったぞ!」
自慢の茶碗をお披露目することになり、
鼻も一段と高くなるは必定の後日の茶会である。

早速包みを解き、中を検めた山名影房は、変わり果てた茶碗の姿に
動転したのは言うまでもない。

「何と致した!」

「申し訳もござりませぬ、運んでまいります途中に陰から急に猫が飛び出し、
そのはずみで・・・・」

「取り落としたということじゃな!」
壊れた茶碗のかわらけを掴んで若侍の顔に投げつけた。
若侍の額が切れ、鮮血が鼻筋を通って口元から顎へと・・・・・・・

「申し訳もござりませぬ」
と奥女中のみつが震えながら小さな声で返答した。

「殿!この度の事はいかにしても回避できぬ物にございます」
と、これまた頭を擦りつけての詫びを述べたが、
逆上してしまった頭を冷やす方法などあろうはずもない。

「たわけ!言い訳をしても茶碗は元には戻らぬわ、
此度の茶会をどう申し開きできようか、
儂の恥を天下に晒すことになるばかりではない、
嘘つき呼ばわりされても身の証しようもない!
手打ちに致してくれる!そこへなおれ!」

言うが早いか立ち上がり、
刀掛けに収めてあった大刀を鞘走らせ奥女中に詰め寄った。

「殿!しばしお待ちくださりませ!」
止めに入った若侍を足蹴に飛ばし、奥女中の襟上をひっつかんで廊下に引きずり出し
一気に切り落とした。

だが腕に覚えもない太平楽なこの時代、
一太刀で切り落とせるほどの技を極める大名旗本など皆無である、
「ぎゃっ」
と叫ぶ断末魔の声が更に油に火を注ぐ結果となり、
幾度も幾度も崩れている奥女中の首に斬りかかった。

廊下はすでに血の海と化し、血糊に足を取られて山名影房はその場に転げ、
放心したように我が身の犯した惨状を眺めていた。

「殿・・・・・・」
一瞬の出来事に言葉は続かず若侍は放心状態の主を見た。
騒ぎを聞きつけて駆けつけた家老に
「良きに計らえ」
と一言残してその場を逃げ去るように引き込んでしまった。

「ええい やんごとなき事柄にてお手打ちに相成ったと親元へ申し伝えよ、
早ぉこのむくろを始末致さぬか!」

家老は駆けつけた侍共にそう下知して、さっさと引っ込んでしまった。
事はすべて隠密裏に運ばれたが、このままでは事は済まない、
何しろお披露目に期日は迫っているのであるから・・・・・・

「橘屋 此度の唐物、殿が誠にお気に召され、
その話からどうしてもその唐物を望みたいと申される御仁があり、
殿も引くに引けず約定致してしまわれた。

何とかならぬか?多少の無理はこの度においては致し方ない、
もう一つ唐物を探してはくれまいか、無理を承知での頼みじゃ、
これこの通り」・・・・・

橘屋としてもこれを断るわけにはいかず、頭を抱えた。
「判りました何とか手を打ってみましょう」
と引き受けたものの、そう簡単に唐物が手に入るとも思えない。

だが、考えていても何も始まらないとにかく
(ええもんや)の左衛門さんに相談するしかないと、出かけてきた。

話を聞いた左衛門(こいつぁまた柳の下に二匹目のドジョウがおよいでいたわい)
と腹の底でにんまり。

「それはそれはまた難儀なお話で、・・・・・が、
まぁ私もこの商いでおまんまを頂いておりますからには、
無碍にお断りするのも心が痛みます、
殊に橘屋さんのお話とあらばなおさらでございます、
よろしゅうございます、この左衛門一肌脱がせていただきます」
と大見得を切った。

とは言うものの、同じ事を一閑先生にお願いしたのではばれてしまう、
うん 今回は別のお師匠さんにお願いするしかないなぁ。

翌日左衛門は再び例の品物を抱えて店を出、日本橋は品川町の笠原道雪を尋ねた。
うまい具合に道雪は在宅で、持ち込んだ唐物を一目見て
「ほう これはまた中々の物・・・・」
と目利き両の五両が効いたのか、ひと目で箱書きを引き受けた。

そそくさと店に戻った左衛門、早速箱の細工にとりかかった。
ススや泥を混ぜあわせて茶渋に混ぜ込み、
これを箱全体に摺りこんで内側は少し薄めた物を塗り込めるという
念の入った拵えにした。

早速翌日橘屋に持ち込み
「これは私の仲間内で大切にしていたものでございますが、訳を話し
無理をお願いして手にはいりましたもので、
先の物より少々値ははりましたが二つとない逸品物で、
まぁお買い得とは存じます」
と相手の足元を読んでふっかけた。

「で、如何ほどご用意致しましょう」
と橘屋が中身を検めながら。

「左様でございますね、このご無理な話を引き取ってくださった為に、
少々高く付いてしまいましたので・・・・」
と勿体をつける。

「重々判っております、ご無理を願いしたのはこちらの都合、
どうぞおっしゃってくださいな」

「では・・・・・二百両お願い出来ましたら
、私もあちら様にそれで収めさせていただきます」

「それはまた、それでは左衛門さんの儲けが・・・・・」

「いやぁ何、困っているときはお互い様でございます、
それにいつも橘屋さんにはご贔屓に預かり、お陰であたしの商売も
成り立っておりますので、このたびは私の橋かけ料はよろしゅうございます」
と恩を売るのも商売上手。

「誠に誠にありがとうございます、これで私の肩の荷もおりました、
ありがとうございます」
橘屋は自分の役目が無事勤められたことに胸をなでおろしている。

まぁこのような裏の作業もあって、唐物のお披露目は無事に終わったのである。
手打ちにあった奥女中のおみつの親元では、
粗相の上のお手打ちではどうすることも出来ず、
泣き寝入りのまま時は流れようとしていた。

老中への届けも
「粗相の上のやむなき手打ち」
ということで一件落着。

それから二月程の時の流れがあった。
本所深川万徳院まえの(唐物屋ええもんや)
左衛門の店に盗賊が入ったと届けがあった。

盗まれたものは古道具、それも高価なものばかりを狙ったもので、
日常お客の前に持ち出すためにさほど厳重な管理もしていなかった、
そこがつけ目であったようである。

問題はそこであった、盗品一覧の中に例の唐物が含まれていたのである。
当然本物であるから盗まれるのは当然のこと、
だが盗まれた左衛門にしてみれば、まだ請け出しが済んでいない預かり物、
これを紛失したのでは相手によっては首も飛びかねない。

「後生でございますから、お願い致します、
あの唐物を何とか無事に取り戻してくださいませ」
と奉行所に泣きついてきたという話しである。

早速失物御吟味街触(うせものごぎんみまちふれ=盗品手配書)が配られた。
その五日後、下谷の仁王門町にある道具屋から

「それらしい品物を持ち込まれた」
と番屋に届けがあった。請人は道具屋(さかい屋)である。

早速役人が左衛門を伴い取り調べに当たった結果、
盗まれた唐物に間違いないことが判明、
物が物だけに即日買い取りは難しいと訳を話して
後日代価を受け取りに来るように話をつけてあるという。

そこで南町奉行所では鉄砲町の文治郎が網をはることとなった。
清水御門前の火付盗賊改方にご機嫌伺いに立ち寄った文治郎からこの話を聞いて

「古道具をもっぱらの盗っ人がおるとはのぉ、
いやこいつはうかつ!左程に旨味があるものなのかえ?」

「それが長谷川様、こいつが中々足がつきにくい、
おまけに曰く因縁の物ほど高値を呼ぶ、
まぁこんなところで物によってては1つ2つで百や二百になるものも・・・・・」

「だが、そのような値では引き取るまい」

「はい おっしゃる通りでございますが、
そこそこの値で手が打たれます、後は売り方一つで、
そのような時は密かに一人で喜んでいるような旦那衆に
能書きをつけて売りさばくようで、外に出てくることがございません」

「なるほどなぁ 上手ぇ所に目をつけるもんだ、で どうした?」

「はい あっし一人では少々心細く、どなたかすけて下さるお方でもと、
実はこうして・・・・・」

「あい判った! 誰かある!忠吾を呼べ」

「おかしら 及びでございますか」
と木村忠吾が控えた。

「おお 忠吾御役目大義 ところでなぁこの文治郎と
ちょいと張り込みをやってはくれぬか?
お前も・・・・・・」

「どうせ暇だろうからとおっしゃりたいのでございましょう」
と少々お冠の様子である。

「おい忠吾そなた 近頃中々冴えておるではないか、あはあはははは」

「おかしら それはお戯れでございましょうか」

「ん でないでないぞぉ忠吾、そなたでなくばやれぬ仕事とおもうたが・・・・・
駄目とあらばぁ・・・・」

「参りまする、おかしらがそのように思ってくださるのならば、
この木村忠吾身命にとしても参ります」
と乗せられてしまった。

だが、これが想わぬ方向に流れていったから面白いと言えよう。
近場の茶屋で朝から団子など食いながら見張っていた。
向かいの道具屋に丁稚姿の文治郎が前垂れを外す合図を送ってよこした。

出てきたのは四十がらみの優男、主との打ち合わせ通り
「今、先様と交渉に入っておりますので、
少しでも高値の方がよろしいかと存じますのでどうかもう二~三日、
時をお貸し下さいませ」
と帰したのである。

当然高値のほうが良いに決まっているから
「それじゃぁまた」
と戻っていった。

それを微行するのが忠吾の役目。
その日遅く忠吾が役宅に戻ってきた。

「お頭木村忠吾ただいま帰りました」
と挨拶に来た。

「おお 忠ちゃんご苦労」
平蔵はニヤニヤ笑いながら忠吾を迎えた。

「で如何であった?」
忠吾の怪しげな笑顔から事の首尾がうまく行ったことを
察知しての平蔵の対応である。

「それがでございますおかしら、
奴の居場所は下谷三ノ輪町浄閑寺裏でございました、
近所で聞きこみました所、どうもこっちが専門のようで、

向かいの長屋の婆が申しますに、近所付き合いは全くなく、
どうやら一人者のようで時々朝帰りがあるとか、
また通りがかりに目にしたところ一人者には似つかわしくない
壺の入った箱などが見えたとか」

「ふむ なるほどそいつは怪しいのう、よし早速其奴のねぐらを探索致し、
場合によっては即座にひっくくれ!」

「判りました、お任せ下さい、この木村忠吾必ずや奴めを
ひっ捕らえてご覧に入れます」
と大乗り気である。

「おい 忠吾!表には出るなよ盗賊改めは此度は檜舞台ではないからな、
それと文治郎を忘れるなよ」
と釘を刺した。

翌日忠吾は文治郎を伴って下谷三ノ輪の浄閑寺裏手に向かった。
近所の聞き込みではどうやら留守ではなさそうであった。
忠吾は文治郎に命じて、近所の者をそっと家から外に出し、
万が一の時の危険を回避する措置をとった。

やがて文治郎が安全確認の合図を送ってきた。

「よし踏み込め!」
忠吾は文治郎に手柄を譲り自分は後方を固めた。
いきなりの岡っ引きの踏み込みに動揺したのか、
手当たりしだいにその周りのものを投げつけながら身をのがそうとあらがった。
だが所詮小商いの盗っ人、文治郎の十手に打ちのめされ捕縛された。
こうしてこの事件は南町奉行所の扱いとなった。

盗っ人の又吉の家にあった盗品しらべ書きと
唐物屋ええもんや左衛門の商品つき合わせで驚くことが判明した。

「なんと おかしら、あの左衛門の店の奥に同じような茶碗が幾つもありました。
主に厳しく確かめましたる所、いずれもが贓物
(ぞうぶつ=まがいもの)でございました」

「さもあらん 故買屋をやっておったのであろうよ、まぁきついお咎めは免れまい」

「それにしてもなんでまたこのようなことになったのでございましょうか?」
忠吾いささか気になる様子に。

「もともと物に価値観とか申す値はないもの、
いずれも適度な値を付けられ買われて遣われる、
それが道具というものよ、したがな、千の利休がこいつを変えた。

「利休?あの茶道の宗家と呼ばれている・・・・・」

「その通りよ、利休は目利きが金儲けになると気づいたのよ、
安価な物にも箱書き(鑑定書)をつければ、皆こぞって歓びこれを買い漁る、
俗に売僧(まいす)と申すやつだな。

我が物を利休に目利きして貰えば箔が付く、
そこで諸大名から商人まで大層な繁盛のようであったそうな、
それらのつながりから幾多の諸大名とも縁が出来
これらの大名から豊太閤さまのご意見を知る足がかりにと近づく者もおろう、
多くの言われざる情報を取るためにもこのつながりは
増していったと想わねばなるまい。

キリシタン大名の大友宗麟は大坂城を訪れた際、豊臣秀長から
「公儀のことは身共に、内々の事は宗易(利休)にお聞きなされと言われたそうじゃ」

「それはまことで!? 利休とは何と申しますか怪物でございますなぁ」

「そうだのう ここ一つで世の中を裏から動かす、
こいつはどうして中々出来るものではないわな、
何処の時代も政は裏で操るのが本道、
こうして眺めればそれもうなずけると言うものよ、

のう忠吾、たかが土くれ茶碗一つで人の生命までもやりとりするとは、
わしにはよく判らぬ、わははははは」
と平蔵は口元をさみしげに歪めた。

どうだ忠吾、久しぶりに下谷にでも出かけてみるか
、お前も此度は苦労であったが手柄にはならぬ、
まぁその辺りの褒美と想うて付いて参れ」

「えっ 下谷・・・・・まさか・・・・・」


おいおい気を回すんじゃぁねぇ提灯店は伊三次の持ち場、
そこを荒らしちゃぁお前ぇ筋が通るめぇ?」

「ご尤もでございますはい、ではどちらに?」

「何!池之端当たりまで足を伸ばそう」

「ははっ お言葉のままに」
とすでに忠吾は口元が怪しい。

不忍池南にある池之端仲町にある料理屋「繁や」二階座敷に上がった平蔵と忠吾、

「まさに驚きでございますなぁ、このようなところがあろうとは・・・・・」
忠吾いささか驚いた様子である。

遠くに弁財天を見ながら、二階から見下ろす不忍池には
蓮の花が今を盛りと紅白咲き乱れ艶やかな装いを見せていた。

「おう 来たか来たか!忠吾、こいつは蓮飯と言うてな、
巻葉を細かく刻み塩少々振りかけたもち米を炊きあげて
蓮の真新しい荷葉に包み置き、香りを移して楽しむ風流よ」

「はぁ~ 左様でございますか、たかが蓮の葉一枚に・・・・・」

「まぁお前ぇにゃぁ提灯店の方が良かったかも知れぬがのう」

「あっ またそれを持ちだされまするか」
と忠吾。

この蓮飯はな、盂蘭盆(うらぼん)にもてなす物だそうな、
十三日ともなれば夕方には門口でおがら(皮を剥いだ麻の茎)を焚いて迎え火と呼び、
十六日には送り火としておる。

十四日にはナスときゅうりの胡麻和えなぞ供え、
十五日には蓮飯や蓮粥、こいつがまた旨い、

米に一晩水につけた蓮の実の乾燥したものと塩、
それに水たったこれだけのものだがこいつがまた香りよく
、蓮の実の歯ごたえもあり中々に旨ぇもんだぜ」

「はぁそんなものでござりましょうか、私はどちらかと申せばこのぉ 
少々こってりとした脂の乗ったもののほうが」・・・・・

「そうさのう お前ぇの出入りする茶屋は皆脂が乗っておるそうだからなぁ、わはははは」

「あれっ やはりそこに行きますか、とほほほ」
と忠吾かたなしである。

「忠吾蓮の葉商いと申すものを存じておるか?」

「面目次第も・・・・・」

「うむ まぁそうでろう、わしのように放蕩無頼を過ごした者には
当たり前のものであったがなぁ。
お前ぇもよく存じておろう蓮っ葉(はすっぱ)な女なぞは・・・・・」

「またまた そこでございますか、何卒ご勘弁をくださりませ」
忠吾泣きっ面の体である。

「こいつはなぁ蓮葉女と申してな、
それ!蓮の葉の上で露玉が風に揺れるたびにころころころころ転がるであろう?
そこから落ち着きのない者のことを言ったんだな、
決してお前ぇの事を言うたのではないぞあっはっは」

朝市や縁日に蓮の葉の上に季節のものや旬の物を置いて
葉を皿代わりに売っておる、特に精霊会(しょうりょうえ=盂蘭盆)

こいつを蓮の葉商きないと呼ぶんだがな、
こいつは季節ものだけに足が速い、すぐに味が落ちる、
そこでキワモノとも呼ばれやがてそれがまがい物や偽物と言う意味になったわけだ。

そこから蓮荷買いと呼ばれる商いが生まれた、
いうなれば偽物買、此度の唐物屋左衛門もその一人よ、
一組の名物ものがある、こいつを箱と品物に分けて、
中身の品物を確たるお方に見せて目利きをしてもらう、

当然ながら本物だから本物であるという目利きの証
すなわちこれを箱書きというが、そいつが出来る、

そこに似たものを紛れ込ませて、
あまり目利きの出来ぬ亡者どもに高く売りつける。

亡者どもは人目に晒したくねぇものだから、
密かに己の部屋で悦に入っておる、とまぁこういう筋書きよ。

こいつを幾度か繰り返し、そのたびに目利きのものを変えれば、
元の中身は誰も判らぬままだ」

「それがこの度は盗賊に入られて・・・・・・と いうことでございますか」
忠吾ひとしきり関心の体。

「おう やっとおめざめかえ?」
平蔵はにやにや忠吾を眺めている。

「なんともこの美しい蓮の花にもそのような含みがあったとは・・・・・
ははははは、木村忠吾うかつでござりますなぁお頭ぁ」

目の前には艶やかに蓮の色香が饗宴している、
平蔵は盃をゆっくりと空けながら、欲が生み出した
この目利きという生業を憐れむように想っていた。

あるがまま・・・・・
それがこのようにただ美しいだけでおれるではないか、
さわやかな夕暮れの風にハラハラと蓮の花が溢れるのを飽きもせず眺めていた。



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