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鬼平犯科帳 鬼平罷り通る 三嶋山燈

鬼平犯科帳外伝

7月第1号 霞糸




エソ(狗母魚・ハダカイワシ・トカゲ魚)

長い張り込みの末、やっと解決を見た日本橋呉服問屋田嶋屋事件の翌々日、
外は小雪混じりのどんより重たい朝を迎えていた。

本日は清水御門前の火付盗賊改方役宅同心部屋朝から賑やかな声が行き交っている。
どうやらその中心は松村忠之進のようである。

「良いか、忠吾この氷見うどんはな、越中は富山加賀藩御用達の高岡屋から
お頭に届いたものでな、上野七軒町松平加賀守様下屋敷の仲間部屋賭博事件を
未然に防いだ時のお礼にと加賀藩江戸藩邸よりの届け物だそうな。

我が国の三大うどんは讃岐に稲葉、この氷見と言われておる。
氷見うどんは、うどんに手延でヨリをかけながら竹掛け手縫いして、
油を塗らずこれを押しつぶした物を天日にて干したるもの、
そのために麺に気泡が入りこれがツルツルシコシコの元となる。

出汁は頭と臓物を取り除けたエソを焼き上げて骨と皮を取り除けながら身だけに致す。
それに炒ってすりつぶしたる胡麻、これに醤油を加え、隠し味に味醂や砂糖、酒を用いる。
このエソと言うやつ、普通に属するには外道ものにて、小骨多く手間の割に旨味がない
だが、出汁のもととなるとこやつ中々の物、人も物も使いようじゃぁ忠吾」

「そこで何故私をご覧になられますので村松様」

「まぁあまり気にするな!」

「そう言われれば尚更気になりますなぁ」

「そこでじゃ これらをよく混ぜて、丼に茹で上げたうどんを入れ、
ごまだしと刻みネギなどを乗せて熱い湯をかけ、これを混ぜ溶かしながら頂くというのが、
本日の胡麻出汁うどんじゃ。

この炒り胡麻と魚のすり身、此処がなんというても腕のふるいどころ、
胡麻の香りとエソの出汁加減、これを引き出す醤油の掛け合いに味醂、砂糖、
酒を忍ばせて出汁全体の味が引き立つように塩梅する、これは長年の修練の技が物を言う」

「あの~ 松村様、そのぉ 講釈が長引けばせっかくのうどんも冷めますのでは?」と。

「うむ さすが忠吾よく気がつくのう」平蔵の一言に忠吾この時とばかり鼻をうごめかせ
「あっ いえそれほどでもござりませぬ、うどんと申すものは出汁の熱さ加減を
この口元に運びながらふうふうと調節しながら頂くところに醍醐味がござります」

「忠吾お前の講釈が長引けばうどんも延びてしまうぞ」佐嶋忠介の言葉に、

「おうそうじゃそうじゃ では早速猫どの 頂くとするか」
平蔵すかさず合いの手を入れて丼を差し出す。あたりにぱ~っと湯気が立ち上る、
ゆがき上がったうどんの水気を切り、前もって湯で温められた丼に移し胡麻出汁を乗せ
葱を散らし「まずはおかしらから」と村松。

それを喉を鳴らさんばかりに眺める与力同心の眼を気にしながら平蔵ひとすすり・・・・・・

「う~~~~~ 旨い! こいつは旨い、この出汁の胡麻の香りが何とも言えぬ、
エソの絡みつくような濃さと醤油の絶妙なる味加減、さすが猫どのじゃのう!」

「いやぁお頭にそこまで申されましては、この村松忠之進少々こそばゆうございます」
と言いつつもまんざらではない顔の猫どのである。

そこに日本橋呉服町の呉服問屋(多嶋屋庄左エ門)が訪ねてきたと門番より取次が入った。

「むむっ 残念無念丁度よいところであったのにのう、まぁ皆遠慮せずやってくれ!」
そう言い残して後ろ髪をひかれる面持ちで平蔵は客間の方へ帰っていった。

その後を筆頭与力の佐嶋忠介がついて行く。
この佐嶋忠介、先の火付盗賊改方堀組、掘っ立て小屋とまで言われた堀帯刀より
借り受けた堀の懐刀、役宅における平蔵の側近中の側近である。

この少し前に話を戻さねばならない。
時は11月に入ったばかりでも、外は雪将軍到来と思えるほどの冷え込みようであった。

「おう これは田嶋屋どの、その後はいかがでござるかな?」
平蔵は以前この田嶋屋から店の保安に関して相談を受けており、
その後の事で参上したと見た。

「はい おかげさまで、ご指示通り蔵の鍵は毎日取り替えております」

「うむ それが一番、その順番を日々変えることで少くとも合鍵の複製から守ることも
できよう」と応えた。

「ところが長谷川様、先日のこと、いつものように鍵を変え、
ご指示通りその角度をまっすぐにしておきましたのに、
翌日見ますとかなりねじれておりました」

「ふむ それは ちとおかしゅうござるのう」
平蔵は腕組みをして考えるふうであった。
「たしかそなたの金蔵は寝所のそばであったな」

「はい 私どもが寝起きいたしております部屋の奥にございまして、
日常は朝の掃除が済めばそれ以後は誰も通ることはございません。
通れば私か家内に必ず会うはずでございますから、
喩え二人が留守であっても店の者がおりますのでその場合は奥に入ることは
ございません」

「なるほど・・・・・・しからば・・・・・・」
と平蔵何やら手文庫から奉書に包んだものを取り出し
「これを毎朝掃除が済んだ後、左右の柱に付けておき、
朝起きると同時にまずはこの物を取り除き、掃除の後取り付ける、
面倒であろうがそうすれば異常があるかないかは直ぐに判明致す」

「それは又何でございますか?」
といぶかしそうに手渡された奉書を見る。

「これはのぅ霞ともうして馬の尻毛を結んだものでござるよ」

「えっ 馬の尻尾で・・・・・・」
と半ば驚き呆れたふう。

「こいつをな!膝の高さくらいのところにツバで貼り付けるのよ、
少々のことでは剥がれ落ちぬ。もし誰かがその場を横切れば、
必ずこの霞は剥がれるつまり誰かがそこを越えたという事になる」

「なるほどしかし又馬の尻毛とは・・・・・・」

「こいつは細いが中々一本程度では見透けせぬもの、まずはお試しあれ」
と数本の毛を託した。

それから数日後、田嶋屋から使いの者が平蔵の元を訪れた。
書面によれば、異変が起こった由、ご見聞を賜りたくという内容であった。

平蔵は八鹿(はじかみ)の治助を伴って田嶋屋を訪れた。
「その時の鍵はどの鍵だぇ」
平蔵の問に用意してあったくだんの鍵を差し出した。
「治助! こいつをどう読む?」
とそのまま治助に回す。

「ちょいとご無礼を」
と治助は鍵を受け取り眺めていたが、
「長谷川様こいつは蝋型を取った後が見えやす」
と答えた。

「何!蝋型だと」

「へいそれも蜜蝋のものに相違ございやせん」

「何と・・・・・・」
平蔵はこの治助の目利きがそこまで読み取るとは想ってもいなかっただけに
(さすがに闇将軍と呼ばれただけの事はある)
と半ば呆れた顔で治助の次の言葉を待った。

「長谷川様、大抵ぇはカギ形を採る場合粘土を使いやす、
こいつは手頃で手がかかりやせん、ですが型崩れを起こしやすく
中々まともなものが出来ず、何度もすり合わせを致しませんと使い物になりやせん。

ですが蜜蝋はそのままだと型崩れせずきちんと取れやすので、
大抵の場合カギ型は一回で済みますので、錠前外しがいねぇときゃぁ
こいつが重宝ってもんで へい!」

「しかし、暖めねば使い物にはなるまい?」

「へい そこで型を採る奴は竹の筒に灰を入れやしてその中に小粒の火種を仕込みやす、
そいつにかざせば、ひいふうみいと数える間に柔らかくなり役に立つのでございますよ」

「何ともお前ぇたちのやることにそつは無ぇなぁ」
平蔵呆れてものが言えぬふう。

「店の者でここに近づけるのは誰だえ?」

「私を除けば・・・・・・掃除を致します下働きの(おさん)・・・・
でございましょうか」

「ふむ その(おさん)はいつから此処に奉公しておる」

「はい 口入れ屋の紹介でございましたが身元もしっかりいたしておりました故
雇い入れたのが五年前、ずっと私どもの身の回りの世話を致させておりますが、
これまで何一つとして粗相を致したことはございません」

「うむ 長いばかりが信用出来るものでもないが、掃除の合間ではチト無理があるのう」

「はい 時間が定まっておりますので、長くかかれば何か問題があると解ります」

「その通り、と すると、他には出入りのものもなく、うむ こいつは参ったなぁ」
「その他にこの数日出入りの者はおらなんだか?」

「あなた そういえば按摩さんが・・・・・」

「おお そう言われれば・・・いつも来てもらう座頭の芳ノ一さんが急な病とかで、
代わりの方がお見えになられました」

「その芳ノ一はどこに棲んでおる?」

「何でも上野の元黒門町と聞いております」

「そいつは何時頃から出入り致しておる?」

「もうこれも三年にはなりましょうか、流してくるのをお願いいたしまして、
それ以来日時を決めてお願いいたしておりますので、
こちらからお尋ねしたことはなく・・・・・」

「うむ まぁそのようなことは普通の出来事よな、さていかがしたものか・・・・・・」
さすがの平蔵もこれ以上・・・・・と
「おっ 所でその変わりに来たと申す座頭だがな、何か変わったところはなかったかな」

「はて ああ お茶の飲み過ぎで腹が冷えたので雪隠はどこかと聞かれましたので、
出たら右に行き突き当りを左に曲がった角にあると教えました、
案内を致しましょうと申しましたら、大丈夫だとおっしゃいましたので・・・」

「その時お内儀はどちらに?」

「はい 私は旦那様の代わりに丁場に詰めておりました」

「とすると、座頭がどこへ行ったかは不確かなわけでござるな?」

「はぁ そう言われれば少々長かったかとは今思えばそうとも言えますが・・・・・しかし」
ふ~っ、と深い溜息を漏らし
「とりあえずこの錠前は使わずに、他の物を回し使い致されよ」
と念を押して役宅に戻った。
「誰かある!」

「おかしらお呼びで」と松永弥四郎が座した。

「おお 松永、済まぬが上野の元黒門町に住まいおる座頭の芳ノ一の様子を
見て来てはくれぬか、遅くなるが済まぬ」

「ははっ」松永は早速出かけ、遅くなって役宅に戻ってきた。

「おかしら 探し当てましたる長屋に芳ノ一の死体が転がっておりました。
この寒さゆえさほどの傷みもなく検分致しましたるところ、細紐のようなもので首を」

「やはりそうであったか、あまりに話が出来すぎだと想っておったが・・・・・・
いやご苦労であった飯もまだであろうと用意いたさせておいた、
ゆっくり腹ごしらえを致してくれ」

「ははっ!ではお言葉に甘えまして」

「ではお頭はどのようにお考えでおられましたので?」
と筆頭与力の佐嶋忠介が言葉を出した。

「それだよ佐嶋!おそらく芳ノ一はカギ形を採った奴に殺されたと想わねばなるまい、
芳ノ一を殺して、代わりに田嶋屋に上がったということになろう。
さてそうなると話は振り出しに戻ったことになる。
あとはいつ、そやつが動き出すか田嶋屋を張るしかあるまいのう」

すぐさま日本橋の田嶋屋むかいにある蝋燭問屋丹羽屋の二階を借り受けた。
だが一向に目立った動きはない。

それからひと月、十二月も半ばにさしかかろうとしていた矢先、
日本橋小舟町の紙問屋伊場屋前の道浄橋で死体が上がった。

南町奉行所の死体改めで刺し傷のようであるところから槍か短刀のようなもので
殺害されたと想われると、ただ、座頭の紋付羽織を着ていたので
座頭であることが判明したそうでございますと、仙台堀の政七が平蔵に話した。

早速その似顔絵を借り受け田嶋屋庄左エ門に見せたところ
「間違いございません芳ノ一さんの代わりに参った座頭に相違ございません、
何より右の耳後ろに大きなイボのようなものがあり、
しきりとそれを気にしておりましたから」と証言した。

「またしても振り出しに戻ったどころか泥沼に入ぇったぜ」
平蔵のこの言葉は事件が長引くことを予想させた。

蝋燭問屋丹羽屋の二階に詰めている密偵や同心たちにも明らかに疲労の色が濃くなり始めた。
事は長期戦いもつれ込もうとしていた矢先、田嶋屋から役宅に知らせがあり、
またもや霞糸が切られていたと報告があった。

しかもそれまで何も変わることはなく、別段変わった出入りの者もないとのことであった。
さすがの平蔵も頭を抱えてしまった。
早速八鹿の治助を伴って再び詳細を調べさせた。

「長谷川様、確かに鍵に触ったようで、此処に細かい傷が見えます、
こいつは鍵を合わせても合わねぇものだから何度か挿し替えた時に付いたものと思いやす。
雨戸にもこじ開けたような傷跡がございやすし、ちょいとまだ湿り気も残っておりやす、
このお屋敷は改築か増築はされておられませんので?」
と聞いた。

「田嶋屋 その当たりはどうかな?」
と主の庄右衛門に話を回す。

「そのような事はございませんが・・・・・・あっ」

「んっ? 何か?」

「そういえばいつぞや塀がボヤを出し、その折板塀を修繕いたしました。
さしたる被害でもないので消し止めた後修復いたしましたので、
お役所にも届けずじまい、何しろ信用が一番の商いでございますから」
と少々身を小さくした。

「で、その時の塀を修理いたした大工はどこのものだえ?」
平蔵は僅かな希望を繋ぐように問いただした。

「南大工町の棟梁松五郎親方にお願いいたしましたら、手すきのものをよこして下さり、
ほんの五日ほどで元通りに、それが何か?」

「そいつだ!それしか考えられぬ」
平蔵はおそらくその時に細工を施したのではないかと考えた。
「治助!早速だがその塀を見てはくれぬか!」

しばらく主と茶を飲んで時を過ごした。
「長谷川様 見つけやした、綺麗に小細工が施されて中々見事なもので
普通だとあの仕掛けは見破れやせん」
と冷えた身体で戻ってきた。

「おう 済まねぇ!ご苦労であった、こっちに上がって先ず茶でも飲んで身体を温めろ、
話はそれからだ。

一息入れて身体も温もって来た頃合いを見て平蔵
「で、いかがであった?」

「へぇ そいつがね縦横三箇所ほど動かすとその板塀の数枚が外れる仕掛けで、
こいつは中々見事という他ありやせん、そりゃ手際の良さは並の大工じゃぁ
こうはいきやせんや、まぁ宮大工辺りなら出来るかも知れねぇ細工でございますよ」

これには平蔵どうにもならない様子である。

とりあえず、鍵は変えること庄右衛門に指図をし、当の大工にあたってみることにした。
ところが
「へぇ 確かに田嶋屋さんの仕事はあっしが受けやした、ですが、
丁度その頃こちらも他の仕事で手一杯ってぇところに流れ大工が雇ってくれないかと
入ぇって来ましたんで、普通なら口入れ屋を通してでないと雇いませんがね
、こっちも手一杯のところへ田嶋屋さんからのお話で、
こいつは断るわけにもゆかずと、思案橋、柱を削らしてみるとこいつがまた、
めっぽう腕がいいってんで田嶋屋さんの仕事を任せましたんで」

「で、そいつは今どこに居る」

「へぇ 何でも板橋宿にいるおふくろさんが急な病とかで、
しばらく暇を取らせてくれってんでそのまんま今の所帰ぇって来ておりやせん、
そいつが何か?」

どこまでも後手後手に回っていることへ平蔵はいら立っていた。

「奴らはこれで鍵が合わないことを知ったはずだ、次にどう仕掛けてくるか、
おそらく居ねぇと思うが板橋宿を当たってみるか」
平蔵の読み通り、板橋宿には該当する者の影も形もなかった。

「さて 佐嶋!そちが盗っ人ならば、この場合いかなる手を塩梅いたすかのう」

「さてこれは難しいご質問で はははは、何と致しましょう、先ず一つ、
奴らは事を元のところへ戻すでございましょう」

「うん おれもそう想う、で次の手だが残されたものは家に入ってからの事となるな」

「はい 然様にございます」

「鍵があてにならないと判った以上、打つ手は一つしか残されておりませぬ」

「仕掛けるのはこの数日と読んだ、寒い中を疲れておろうが皆で交代して
奴らの仕掛けてくるのを見張るしかあるまい」

平蔵の言葉に、詰めていた密偵や同心もやつれた顔を引き締めて望むことにした。

早速八鹿の治助によって仕込まれた仕掛けの先にあった込栓が抜け、
塀の上に仕掛けてあった垂木が大きく跳ね上がってその先に結わえてある凧の糸を引く
仕掛けが施されていた。
無論その先は向かいの蝋燭問屋丹羽屋の部屋に伝わるようになっている。

冬の空は雲ひとつ無く、天の川が手に取るように冷ややかに輝き、
煌々とした明るい夜であった。

小さな音でチリリンと鈴が鳴った!

「来たぞ!」
詰めていた与力同心が素早く飛び起きて現場に駆けつけた。

塀は大きく外され六~七名の黒ずくめの盗賊が雨戸に水を流し込み、
こじ開けて中に入ろうとしていたところであった。

「火付盗賊改方である、無駄なあがきはせず、おとなしくお縄につけばよし、
さもなくばこの場で切り捨てるがよいか!」と大声で叫んだのが沢田小平次
バラバラと盗賊方を取り囲んだ。

「構わぬ、抵抗するものには遠慮はいらぬ、切り伏せてしまえ!」
今度は与力の小林金弥。

庭木の間を巧みに使って逃げ延びようとする賊に、背後から筆頭同心酒井祐助が
躍りかかった。
騒ぎで気づいたのか部屋の中から明かりが灯り、
瞬く間に庭は隅まで見通せるほど明るくなった。

切り倒されたもの三名捕縛されたもの四名を数えた。

翌々日、清水御門役宅に田嶋屋の姿があった。

「長谷川様、誠に持ってこのたびは、おかげさまで何事も無く家人一同にも
傷一つなく事が収まりました、これもひとえに長谷川様の御助言あってのことと
この田嶋屋庄右衛門深くお礼申し上げます、これは些少でございますが
丹波屋さんのお宿代の足しにでも」
とふくさ包をさし出した。

「あ、いや このようなお気遣いはなく、我らが仕事でござる故」
と平蔵それを押し返す。

「これは困りました、丹波屋さんに始末のために上がりましたら、
すでにこちらから頂戴しているとのお返事にて、これの行く所がございません、
何卒お納めをお願い申します、事は何も起きておらず、
したがいまして町方にもご報告は致しておりません、
何卒!田嶋屋の信用をお護り頂けましたその気持ちでございます」
と一歩も引く気のないきっぱりとした態度に

「判り申した、ではかたじけなく頂戴仕る」
平蔵はそのまま脇に寄せた。

「ところで長谷川様どうして賊の押し込みが判明いたしましたので?」

「うむ それよそれ!そなたにことずけた霞糸、あの仕掛けを塀に仕掛けたのでござるよ。
あのおり同道致させし者の工夫にて、塀の内に霞糸を掛け渡し、
それが切られればそれにつないでおった端板がはずれ、
それによって塀上に仕掛けし垂木が倒れる、その先には凧揚げの糸が結わえてあり
その先は丹羽屋の二階の障子に結わえてあった鈴が鳴るという・・・・・・」

「ほぅ これは又たいそうな・・・・・・」

「いやいや簡単な仕掛けではあるが、はじめの糸が日中目立っては見破られる、
ただそれだけの細工でござるが、それをあの男が工夫してくれた、
それだけのことでござるあははははは」
平蔵の笑い声に、田嶋屋庄右衛門も楽しげに笑った。

「ところで長谷川様、この度の私どもの事件でございますが、
どのようないきさつがあったのでございましょう」
と問いかけた。

「うむ まぁこれは何処とて同じだが、色々と巡ってこれぞと想うところを
調べるところから始まる。
その中でまずはな、最初に田嶋屋に目をつけた、
それから出入りの座頭を見張り、決まった日時であることを確かめ
其奴から内情を探り出し、その後口封じのために殺害。

年末に金蔵は自ずと金が集まってくると踏んだわけだ。
また正月を新しい家で迎えたいという者も出てくる。
それに向けて建物などの仕上を急ぐ者が出るのを見越して大工を用意する、
これは目論見通り入り込むことが出来た、次は押し込みの細工をするために
塀にボヤを仕掛ける。
そこへ出入りのところから大工がやってきて仕掛け細工を施す。
ここまでは順調であった。

その次が蔵のカギ型・・・・・此処で最初のつまづきが出た。
やがて細工を解いて押し入るが、此処で初めてカギ形が合わないことに気づいた
そこで座頭と自分たちの関わりを消すためにニセの座頭は殺害して証拠を消した。
後は押し込み、主を脅して鍵を開ける。
「どうだ佐嶋?」

「ははっ 全くお頭のご推察通りでございました」

後から想えば単純な事のくりかえしであった。
だが単純だからこそ先手が打てなかったと言える。

「歯車がひとつ狂うとその後はどんどん別な方へ水も流れる、
が、所詮最後は大海原へ戻る。
始まりとお終ぇは間違うことはない。

それを導くのが此度の霞の仕掛けであった、あいつがなけりゃ今頃田嶋屋は
血生ぐせぇ事になっていたかも知れねぇなぁおお怖ぇ話だ、のう田嶋屋!」

「全くでございます、今思うても血の凍るような・・・・・」

「佐嶋!田嶋屋から皆に角樽が届いておる、持って行ってねぎろうてやってくれ、
此度はご苦労であったとな!そちも早う行って氷見のうどんを喰い逃すな!」

「長谷川様小雪が舞い始めました、もう師走でございますなぁ」
田嶋屋の言葉には事件解決の安堵の色がこもって聞こえた



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