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鬼平犯科帳 鬼平罷り通る 三嶋山燈

鬼平犯科帳外伝

鬼平まかり通る  7月号  雀の森



「よく視ろ!下顎(したあご)の近くに何かないかもう一度よっく確かめろ!
些細なことも見逃すではない」
厳しい宣雄の声が飛んできた。

(先程から視ているのに何をさらに改めろとは親父殿も……)
思いつつ銕三郎、女の首筋を手指で持ち上げてみる。
(あっ!─これは)親指大の斑紋が診て取れた。
「ここに指の跡のような……でもなぜ」

「良い良い、首の後を検分いたせ」
もう宣雄には犯行の一部始終が読めている様子ですらある。

銕三郎、女の体を抱え起こし、うなじを確かめる、
そこへも指の痕と思しきどす黒い斑紋が残されていた。
「確かに指痕と思しきものが」

「やはり在ったか」
宣雄は確信を持ったように言葉を吐いた。

「父上!一体何が起きましたので?」
これまでの一連の所業を顧みながら銕三郎、
まだつながりが見えていない様子に

「銕三郎、お前はこの腹の傷をどう見た?」
探るような鋭い眸(ひとみ)で銕三郎を見やる。

「傷?刀傷にございましょう?」
「そうだ!だがこいつは傷口が開いておらぬ、
故に締められて殺害されたる後に辻斬りと見せかけて
腹を切り裂いたと見たほうが良かろう、こいつぁ勒死(ろくし・絞殺)だ」

「何と……」
銕三郎、父宣雄の見識の深さをまざまざと思い知らされたものであった。

「爪を検(あらた)めてみろ」
再び宣雄の言葉が続く。

銕三郎、女の手を取り、よく観察する。
「中指や小指に何かが残っております、これは?」

「恐らく苦し紛れに引っ掻いたのであろうよ、
殺った奴は恐らく顔か腕のあたりにその傷を受けておろう」

「はぁ……そこまで」
銕三郎ため息混じりに松三の方へ振り返る。

松三ポカンと口を半開きに立ったまま、
一連のやり取りに言葉も失っている様子である。
宣雄、先ほどの指図で女の火処(ほど)を確かめた取り上げ者を再び呼び寄せ

「ついでにだが、その孕(はら)みをどう見る?」
と誘い水を向ける。

「へぇ、先程お武家様がおっしゃられた通り、
これぁ未通女(おぼこ)じゃぁございません、すでに孕んでおります、
恐らく四月か五月あたりではと──」

「やはりなぁ」

「父上、それは一体どのようなことで」
銕三郎、このやり取りが理解できない様子である。

宣雄、深くため息をついた後、嫡男銕三郎に鋭い眼光を飛ばし口を開いた。
「よいか銕三郎、検視と言うものは、三十一種の検死法定がある。
それをまずは守らねば、場合によりては一大事となり、
それが己自身に振りかかってこぬとも限らぬ。
それゆえこれは徒(あだ)や疎(おろそ)かには出来ぬお定めじゃ」

「三十一種も?」

「そうだ、まずの大事は初見だ。
殺害されたものかあるいは己自身で命を断ったものかも判らず、
またそれを装ぅた仕業も入れておかねばならぬ。
また相手が貴人等の場合も考えられるゆえ、
まずは其の者の知人・関係の者など探さねばならぬ。

おらぬ場合はひとまず辺りをよく観、抗(あらが)った痕や
地面の様子も観ねばならぬ。
置かれた様子は、まず抗ったかどうかを確かめる、
それには周りをとくと検視するものだ。
一人の仕業であるかもその辺りで判じれる。

この者の場合、野犬共が荒らしておったにしろ、
そいつぁ草の倒れようが違う。
したがってお前も観た通りさほど多くの乱れはなかった」

「確かにさようにございますね、草の倒れようは、
私とこの松三の物以外、さほど多くはございませんでしたから」

「うむ、この者は朝露に濡れておったゆえ着衣も湿り気を帯び、
従い流れたる血も色を失ってはおらぬ。
時が経てば通常は血餅となり変色しておるはず」

「ははぁ──」
銕三郎一言一言を噛みしめるように心に刻み込む。

「風上に立つは邪気(じゃき)(毒薬など呼吸することで危害が及ぶと
考えられる物)をまず防ぎし後、検視に当たる。
これもまた衆人の見守る中で行わねばならぬ。
間違ぅても己自身のみにて行うではない、
後々冤罪を引き起こす元ともなるからだ」

宣雄、出された茶を一口流し込み、再び続ける。

「常に誰かを観察させる中で行うが大事の一つゆえ、
呉々も忘れるでないぞ。
次に全体を良く見守る。
着衣の状態や身につけておる品々が尋常であるかどうかだな。

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