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鬼平犯科帳 鬼平罷り通る 三嶋山燈

鬼平犯科帳外伝

鬼平まかり通る  8月号 雀の森最終章




それで商家か町家の者か、あるいは夜鷹なぞ下賤(げせん)の者かも判じえよう。



髪の(こしら)え、持ち物・挿し物でもこれらを見分けることが出来る。
着付け一つでも自ら着たるものか、あるいは後で着せられたものかも
お前ならば判るであろう?」



(げっ!その眼差し──こいつぁまずい風向きになって来おったぞ、
さてどう返事をすればよいのやら、とほほほ)



「あっ!はぁまぁその何とか見分けほどは……」



「わははは…。まぁよいわ、悪さも程々に致せよ。
それから(おもて)の見立てだ。
まずは顔色、形相は目を開けておるかどうかで他殺・
自殺も判じることが出来るからな」



「えっ!それだけで自殺か他殺か判りますので?」



「そうだ、それどころか瞳や歯舌からも判じることになろう。
鼻腔内に薬物を押し込むることもあるからな。



特に鬢内(びんうち)(頭・髪の内部)にても疎かに致さぬことだ。
通天・心中・盆の窪も見逃しやすいゆえ重ねて検視致せ。
ここに錆びたる寸鉄を打ち込めば血も流れぬと言われておるからな」



「ええっ!!真そのようなことが──」



「うむ、錆のゆえにすぐさま血も固まると言われておる」



「加えて総身の肉色に変わりあらば殺害の後、
いかほどの刻が流れたかも判じることができよう。
だがこいつは季節で大いに変わる、そのところも勘案致さねばならぬ」



「では此度(こたび)の者は、秋口なればさほどの刻が過ぎておらぬと?」



「恐らくなぁ、身なりからも夜鷹(ひめ)とは考えられぬ、
従い、何処かで事を為し、ここまで引き連れし後絞殺し、
息を吹き返すことも恐れてか、孕み児もろとも掻き切ったと想わねばなるまい」



「何と(むご)いことを──」



「人を殺めようなぞと想う者の心には、最早仏は住しておらぬ、
無用の気遣いだ。このような場合、まずは知らせた者に疑いがかかる」



宣雄そう言いつつ木場の松三を見上げた。



「げえっ!」



松三あまりの言葉に飛び上がって尻餅をつく。



「あははははは、と言う事だがな、この度はお前の仕業ではなかろう」



その言葉を聞いて松三、大きなため息を三度も漏らした。



「ああ驚いた、小便ちびってしまいそうなほどで…」



と、己の股間を掴み、確かめる始末。



「悪い悪い!だがな、通常ならばまず疑われるのが初に通告した者だ。
それはどのような細工でも出来る立場に居るからだ。



だがお前はその様子から、履物も汚れてはおらぬし、
股引(ももひき)鯉口(こいぐち)(下着)も汚れなく、髪・半纏(はんてん)にも何らの疑いもなし。
更にその顔だ!望診と言うてな、行いは顔に出るという。
望診・触診ともに大事で、特に顔相は大事の一つだ」



なかば反応を楽しむかのように宣雄、にやにやと松三の表情を
見やったものであった。



「酷ぇなぁさ…あっしぁてっきり御用かと肝が縮みやした」



と、今だ冷や汗が流れてくる様子。



そこへ町奉行の者が番太に伴われやって来た。



「おうおう、ご苦労であったなぁ、駆けつけいっぱいと言うから、
出し殻茶でも飲んでまずは休め。
ところで御役所よりのお出ましご苦労にござる。
身共火付盗賊改長谷川平蔵と申す」



腰を上げ、右脇においた刀を帯に手挟(たばさ)みながら奉行所の役人を観た。



「これはまた丁重なるご挨拶を頂戴いたしいたみいります。
身共は、南町奉行所与力岡野省吾にござります、
何卒お見知りおきのほどお願い申し上げます。



所で長谷川様、番太の知らせでは殺しのよし」



そこに置かれた骸を見やりながら平蔵の顔を再び凝視する。



「うむ、そこの者より番屋に知らせがあり、
居合わせた儂がまずは立会い、ここまで運ばせた」



と、手短にこれまでの経緯(いきさつ)を語り、己自身の検視結果も
残(あま)すところ無く話し終えて後、
「お手前も検視なさるであろうが、これはあくまで
身共の推量にござるゆえ……。
所で犯人は恐らく侍であろうと想われる」



言いつつ松三の顔を見る。



「えっ!侍にございますか?」



口を開いたのは銕三郎



「おおそうだ、この切り口は絞め殺した後に切り裂きしもの、
しかも切り口があまりに見事すぎる。生半可な柄物ではこうは切れぬ。
しかも経絡を心得たものとも見て取れる」



「それはまた……」



今度は岡野省吾



「ああ、普通ならば首を絞めるおり両手で手前から締め上げる。
だがその場合したたかに暴れられるものだ。
だがその様子はあの場所ではみられなかった。



すなわち此奴は恐らく経絡(けいらく)を存じおるものであろう。



経絡を存じおらば、喉仏を押しつぶせば息を奪われる。
その後首奥に手を添え、首筋の後ろを同時に締め上げれば血の流れも止まり、
即座に命を奪える。締めた後というは尋常ならば肉叢(ししむら)の切り口は
外へめくれるもの、だがこの切り口はさほどの開きを見せておらぬ、
ということは、そこ元、岡野どのと申されたな、
切り口を抑えてみられよ、如何かな?」



「はい、何やら水のようなる物が滲み出てまいりました」



「そうであろう?通常ならば切り口から残血が出てくるが習いなれど、
すでに絶命しておったるゆえ、出血は止まっており、皮・肉とも
そのように内に巻いておる。



先程も確かめさせたが、喉の上に死斑が視て取れる。
こいつぁ並の者には判らぬ所だからな。
少なくとも其処な木場の松三でないことだけはこの儂が受け合う」



このとき大きなため息が漏れてきた。無論松三のものである。



こうしてこの事件は無事町方へ引き渡し、
平蔵親子は再び越中島の橋を渡り大島町から松平下総守下屋敷前の
大島橋を中島町へ過ぎ越し、相川町・熊井町と進んで
佐賀町の永代橋袂にたどり着いた。



 


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