忍者ブログ

鬼平犯科帳 鬼平罷り通る 三嶋山燈

鬼平犯科帳外伝

鬼まかり通る  11号  京入り 粟田口




粟田口



 



銕三郎は此度京へ上る中、大きな目的があった。



鎌倉時代、この京の東山北西端には銕三郎が将軍御目見の祝いとして
父宣雄より譲り受けた差し料(あわ)田口(たぐち)(くに)(つな)を打った名刀工、山城国住人
林藤六左近将監の粟田口派が、かつて存ったからである。


最も粟田口派は将軍家お抱え刀工の為、
この刀は将軍家以外の者が手にする事はなかった。

(したが)い、平蔵の差料も無名の粟田口に国綱の銘を打った物ともいわれており、
それを知っての上だから気軽に手挟み使ったと想われる。
 



この日、銕三郎は西町御役所を出、長さ六十一間(約百米)幅三間(約五米)
の三条大橋を渡り南へ折れ、縄手通りからひとまず建仁寺を目指した。



俵屋宗達の風神雷神図屏風が納められていると聞いていたからである。



この屏風、京の豪商打它公軌(うだきんのり)(糸屋十右衛門)が建仁寺派の妙光寺再興記念に
俵屋宗達に依頼制作し、納めた物が妙光寺より寄贈された物であると聞き
およんでいた。
さほど深い感心があった理由わけではないが、(まあ京の土産話しの一つにでも)


といった軽い気持ちである。



これを拝観し終え、一路足は粟田口鍛冶町粟田神社に向いた。



この粟田口、古清水と呼ばれる粟田口作兵衛や色絵付けの野々村仁清で
知られた粟田口焼の窯元が隆盛を極めていた事もあり、その頃は帯山窯・
錦光山窯も名乗りを上げ、粟田焼と呼ばれるに至っていた。



享和二年(一八〇二)(南総里見八犬伝)の著者滝沢馬琴(曲亭馬琴)
もここを訪れ



「京都の陶は粟田口よろし、清水はおとれり」



と旅行手記羇旅漫録(きりょまんろく)の中の巻八十四に記している。



佛光寺の辺りは三篠小鍛冶信濃守粟田藤四郎の一派が栄えた処でもあり、
その後、粟田口一派が大いに栄えた。この跡なりとも見、
古を偲んでみたいと思ったのであった。



銕三郎は、宝暦四年(一七五四)山脇東洋が日本初の腑分(ふわけ)けを行い、
この五年後、解剖図録「蔵志」を刊行した六角通りにある六角獄舎から
粟田口へ向かい、これを更に(さかのぼ)り、千本松の方へ上がってゆく。



そこには蹴上(けあげ)と言う所があり、粟田口刑場に向かう際、
罪人が進むことを拒むため役人が蹴りながら進んだと言われている話を、
粟田口を尋ねた建仁寺の門前茶店で聞かされていた。



「なんとも京と言う町はいにしえの名の(いわ)れ多き所よ、
髑髏(どくろ)(まち)なぞよくぞ呼んだものだ、江戸じゃぁこうはゆくまいよ」



京都絵図を眺めつつ、妻女久栄に語ったものだ。



建仁寺を拝した後、(きびす)(ひろがえ)し、粟田口鍛冶町の粟田天王宮を訪れた
ここの社には天下五剣の一つ、三条小鍛冶宗近の名刀三日月(むね)(ちか)や、
山城の國住人粟田口吉光作の名刀一期(いちご)
一振(ひとふり)藤四郎が奉納されている。



東山三十六峰の裾に当たるこの地に鎮座する粟田天王宮は、
周りを鬱蒼と繁った森に囲まれ、常盤(ときわ)()はすっかり落ち着きを見せ、
紅葉や黄葉樹は色どりを増し、逝く時季を惜しみつつも静かな佇まいを
見せている。



社殿詣でを終え、山辺の戻り道を辿りつつ、社の出口近くにさしかかった時、
若い女性(にょしょう)がおろおろしている姿を認め、怪訝に思った
銕三郎



「いかがなさいましたか?」



と近寄る。



その女、相手が京言葉ではないことに少しためらった後



「お師匠はんがここから──」



と女、不安げな面持ちで薄暗い藪の中を覗き込む。



「何んとした!」



銕三郎急ぎ藪の中を覗き込んで、何やらうずくまった人の気配に



「やっこれはいけません」



あわてゝ腰の物を抜き、



「まことにすまぬがこれを預かってはくださらぬか?」



と両刀を女性に預け、銕三郎、そろそろと藪の中をかき分けつつ下って行った。



藪の中ほど、少し平らになったところへ老人が倒れて居、
見れば(かるさん)が裂け、血のようなものも浮いて観える。



「ご老人気を確かに!」



そう大声をかけると、何やらぼそぼそ声で手を上げてみせる、
そこには薄闇にも見事なまっ赤に紅葉した(うめ)(もどき)の枝が握りしめられていた。



そのまるで童のような無邪気な面持ちが、
見れば六十を回っていると見える容姿に銕三郎、思わずにが笑い。



それを受止めたのか老人も照れかけたものの、傷の痛みに思わず低く



「ううっ!」



と声を漏らした。



「あっそのままそのまま!」



銕三郎そう声をかけつつ近づき、ゆっくりとかかえ起してみる。



「 んんっ!」



思わずもらす声は傷の痛みのものの様で、他の手足を触ってみるも
それには反応(こたえ)ないのを視、とりあえず骨には何の心配もないと想われたので、


「ご老人!まずは私の背におつかまり下さい」

拍手[0回]

PR