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鬼平犯科帳 鬼平罷り通る 三嶋山燈

鬼平犯科帳外伝

鬼平まかり通る 新年号  京入り

 六角堂

銕三郎そう声をかけつつ近づき、ゆっくりとかかえ起してみる。
「 んんっ!」
思わずもらす声は傷の痛みのものの様で、他の手足を触ってみるもそれには反応(こたえ)ないのを視、とりあえず骨には何の心配もないと想われたので、
「ご老人!まずは私の背におつかまり下さい」
と背を向けた。
(さてどうしたものかと、迷いの間の後)
「ご厄介をおかけします」
と宣以の背に手を回すものの、折り取った小枝を離そうとはしない。
銕三郎、小笹や榊を掴みながら、ひとまず老人を背負って上までよじ登って来、そのまま手水鉢脇まで運び、老人を五角形の縁石に腰かけさせ、傷口に入り込んだ土砂を、竜吐水を柄杓にすくい洗い流し、
「少々荒うございますが何卒御辛抱願います」
と、傍に生えている蓬(よもぎ)の葉を女性(にょしょう)に集めるよう指図し、
「少々滲みますがご辛抱を」
銕三郎、手近に生えている小指ほどの小笹を手折り、老人のロにおし込む。
女性によって集められた蓬の葉を手でもみしごき、汁を作り、
「まことすみませぬがこの傷口に水をかけ懐紙に吸わせては下さいませぬか」
と指図。
少々水をかけたぐらいでは、滑り落ちて傷口に入った泥は取れるわけもない。
その傷口を更に押し広げつつ水を流し込んで洗い出す、かなりの荒療治である。
水によって除けられた傷口に素早く懐紙を被せ、水分を吸収させる、そこへ即座に蓬のしぼり汁を流し込む。
「ううっ──むっ!」
老人は小笹が音を立てて割れる程歯を喰いしばった。
「相すみませぬ手荒いやり方で」
銕三郎、それでもなお汁を垂らし込み、蓬の絞ったものを傷口に充てがい、笹の葉を添えて懐から出した手拭を三つに引き裂き、下から巻き上げ、最後にきっちりと手ぬぐいの端に折込み止血とした。
慣れた手つきの様子に
「とんだ御雑作おかけいたしましたな、それにしても……」
と、手をすすぐ銕三郎に老人は声をかけた。
「 あはははは…手慣れておるのにあきれたご様子で」
銕三郎あとをついだ。
「いやこれは一本取られましたな」
老人は顔をしかめつつも明るい声をあげて笑った。
「ほんに一時(いっとき)はどないになるか心配おいやしたんやけど、ほんまにおおきにどすえ」
付き添いと想われる女性が銕三郎に深々と会釈した。
銕三郎少々テレ気味に老人の方へ背を向け
「とりあえず拙者の背に─。祗園まで下れば駕籠もおりましょう程に、さっ!ご遠慮なされますな」
とうながす。少しの間ののちに
「……ではお言葉に甘えまひょ」
と、素直に銕三郎の肩に両手をかけた。
銕三郎の大刀を女性は両袖に預かり、背負子(しょいこ)に入れていた草篭の中に、先程老人が握りしめてい梅嫌の枝を入れてもらい、二人の後ろから従(つ)いて来た。
「ところでお武家はんはお江戸から?」
と、背の老人が声をかける。
「あっこれは!」
銕三郎あわてて首を後ろにひねり乍ら、
「ご推察通り江戸より参りました。拙者長谷川銕三郎と申します」
「いやいやこうして背に負われての名乗りもけったいなもんやけど、申しおくれました拙僧、鳥間六角堂紫雲山頂法寺住職小野専純と申し、これは内弟子にてかすみと云いますのや」
「先にお礼も云いまへんで御無礼おいやした」
かすみと呼ばれた女性は少し恥かし気にうつむいて、小首を垂れた。
「いえいえあのような折、名乗る暇もござりませんでしたから…。先程かすみどのがお師匠様と確か──」
「おお耳にとまりましたか、拙僧池坊と申します立華師どす」
「ああなるほど然様でございましたか」
銕三郎先程の光景を思い出してしまった。
それを感じたのか専純、
「いやお恥しき事なれど、花は足で生けると申しましてな、自からの眼ぇで選び取りしその草木の姿に、おのが心を述べ写し、一瓶の虚上に森羅万象、深山幽谷を顕わしますのんや」
蓬の傷口にしみるのも暫し忘れたかのように饒舌になる。
銕三郎説明を聞いても何が何やら見当もつかないことばかり。
「然様でございますか、拙者無骨者ゆえどうもそちらの方はからっきし、ですが御住職!先程の様な危ない事はお控えなされませぬと、かすみ(殿がお困りのご様子で」
背後に付いてくるかすみの心中を察しての言葉
「さようでおますな、そやけど…」
と一瞬口ごもるそれを感じて銕三郎
「あのような物が眼に映ると…でごいますか?」
「あはははは……もう手が先に出るもんの足の方が…いやまるっきりお恥しい!」
「さようにおますえお師匠はん、かすみは戻ったら専弘様 に又おしかりをこうむりますよってにかんにんやゎ」
「えっ?又と云う事は?」
銕三郎苦笑気味にかすみの方を見やる。
「やれやれかすみはん、わてはそこつ者んと思われてしもた、あははは」
そんなおしゃべりをしているうちに祇園近くに辿り着いた。
「おお!駕籠もおりますねぇ」
銕三郎、専純を背負うたまま駕籠やに
「すまぬが烏間六角堂までやってくれ」
と専純を下ろし駕籠に乗せ、かすみより
「真にお預け致したまゝ申しわけもござりません」
と大刀を受け取り、腰に手挟み、駕籠かきに 一朱を握らせた。
酒手をはずまれた駕籠かき、愛想もよくかけ声と共に一路烏間に向ったものだ。
垂れをあげたままの恰合で専純
「ところで長谷川はん、お聞きしますんやけど、これは年寄りの知りたがりぃの病いと思わはっておくれやす、長谷川はんは何の御用で京へ?……」
この溌剌とした若者に興味津々の顔である。
「はい、親父殿のお伴にてついてまいりましたが、拙者は格別の用もなく、京と申しますれば、この親父殿より賜りました粟田口国網の生まれし処を一目見たく、又世に名工と詠われし三条小鍛冶宗近も粟田の傍と聞き及び──」
「ははは─。それで出遇ぅたわけで、人ん出遇いは面白うございますなぁ」

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