忍者ブログ

鬼平犯科帳 鬼平罷り通る 三嶋山燈

鬼平犯科帳外伝

鬼平まかり通る  9月号



店に戻ったかすみ
「銕三郎はん、うちのこん恰好どないだす?かいらしどすやろ」
双眸(りょうめ)をきらきら輝せ、両長袖をすくってくるりと一回り、ちょんと腰を落してしなをつくる。
「う~ん一晩で崩すのは少々もったいないなぁ」
銕三郎いたずらっぽい目でかすみを視る。
「あん!銕三郎はんのいけず!どないな理由(わけ)どすねん」
すねて魅せるかすみの初々しさを銕三郎眩く眺めた。
翌朝、店を手伝いのちよに預け、烏丸六角堂に専純を訪ねた。
専純は太子堂前に腰掛け二人を迎える。
「これはまたお揃いでようおこしやす。長谷川はんもお忙しいようでよろしゅうおますな」
専純、銕三郎がかすみをよく助け、都の中を駆け回っていることをよく承知している。
それが何を意味するかは専純と銕三郎・かすみ以外だれも知らないことである。
「なんやかすみはんすっかり落ち着いたようやなぁ、何かええことでもあったんとちゃいますかいな、なぁ長谷川はん?」
柔和な笑顔で二人を代わる代わる見比べる。
辺りは門弟たちも居らず、参拝者の声も届いてこず、ただ静けさだけがそこに横たわり、傍耳を立ている。
人の気配に気を配る銕三郎に、
「誰も居てしまへんよって心配御無用どす、それより何かあったんどすな!?」
専純、先程の好々爺の顔はすで其処にはなく、研ぎ澄まされた剣を視る面持ちであった。
「お師匠はん、ゆんべ狛やのお女将(かあ)はんとこに尾州屋の旦那さんがおいやって、うち上げてもらいましたんえ。旦那さんお戻りになりはる時、口向役の手先が、〔お薬師はんの御開帳に御戸張を寄進せよ〕て、云わはったついでに、納書も添えろ云われはって、えらい腹立ててはったわ、なぁ銕三郎はん」
かすみ、銕三郎に同意を促す。
「何んやて!平等寺はんの御戸張やて──。それを口向衆が……」
専純きっとかすみの眸(ひとみ)を射抜く眼差しで視、銕三郎が肯(うなず)くのを確め
「ご苦労はんやったなあ、よぉ聞いて来てくれはって、おおきにどす」
専純深くため息をもらす。
「専純様、これは一体どの様な事なので御座いましょうか」
銕三郎、この専純の動揺した瞬間を視逃してはいなかった。
「やはり長谷川はんやなぁ、ようお気づきにならはりましたなぁ。
平等寺はんの御開帳なら手前で身繕うものどすやろ、それを口向役から御用商人に寄進させるはずおへん」
厳しい専純の語気に銕三郎(これは!)と感じ、かすみの顔を見る。
「銕三郎はんの探しとられたもんと違いますのん」
と眸を輝せた。
「長谷川はん、こん事は御役所へは云うたらあかんのどすえ」
専純するどい眼差しで銕三郎を制する。
「それは又何故でございましょうか?」
銕三郎それを調べるのが役所の仕事のはずと思ったからである。
「お奉行はんは大丈夫でおますけども、囲りんお方は地下侍どす。こん事が囲りに万一漏れたら大事どす。今から早速壬生の隠居はんに御報告しますよって後ん事はおまかせしておくれやす」
専純そう云い残し、慌ただしく奥の坊へ戻って行く。
店に戻ったかすみ、
「銕三郎はんうちにご褒美おくれやす」
銕三郎の袖を掴みかすみ、瞳を閉じ、頤(おとがい)を上に向けた。ほのかに鬢付け油の薫りと誰が袖の甘い薫りが、銕三郎の五感を誘う。
その翌日から銕三郎は専純の戒めを守り、口向役人の出入りする仙洞御所や女院御所・禁裏を中心に地下官人の動きをさらに探る日々が続いたのである。
五月もようよう半ばとなり、比叡降ろしに冷え切った京の都にも華やいだ季節が訪れて来る様になった。
この日、銕三郎とかすみは四条烏丸仏光寺通り仏光寺に花木を届けた後、建仁町通りの百花苑に戻りかけていた。
松原橋を渡った処で商人風の男とすれ違った。
それはただすれ違った、それだけの事で、銕三郎も何か!を感じるものもない。
店に戻り、手押車を納めた銕三郎が戻って来た。
「えらかったやろ、今茶(ぶぶ)でも入れますよって」
かすみは七輪の上でシュンシュンと白い湯気を立ている土瓶に袖をからめ急須に注ぐ。
銕三郎、手拭いでパタパタと着物を叩き入って来、
「おちよは?」
と声をかけた。
「おちよなら最前まで表におったんやけどなぁ……おかしな娘(こ)や」
少々訝る感じに上って来
「ぶぶどす」
銕三郎の手元に湯飲みを差し出し、かすみはふっと小さなため息をこぼした。
「おっ!かすみどのにも然様なものが」
銕三郎湯飲みを受取りつつ、冷やかし半分、にやにやとかすみの顔を覗き込む。
「何んにもあらしまへん」
気を悟られまいとかすみ、横に向き直り、もう一つの湯飲みに茶をそそぐ。
その時表の方で物音がする。
「戻ったんや─」
かすみは表へ出て行つた。
(ふむ……) 銕三郎、何か胸に小骨の刺さった風である。
「鉄はん、ちょい出掛て来ます」
そう奥に声をかけ、
「ほなおちよ、後ん事たのんだぇ」
「へぇほなお師匠はん気ぃつけてお早ようお戻りやす」
ちよは奥座敷にやって来、かすみの湯飲みを下げつつ
「あれぇお揃いやわぁ、お師匠はん、いつの間にこんなん─、なぁ鉄はん!うちちいとも知らへんかったわぁ」
銕三郎の飲んでいる湯飲と同じ模様の少し小振りな湯飲を取り上げ、銕三郎の顔をまじまじと眺める。
「それにしてもどないしはったんやろなぁ今のお師匠はん、ちびっとけもじいわ(変)」と小首を傾げた。
むろんちよは鉄はんが言葉が云えると想ってもいないものだから、ニコニコと意味あり気に大人びた顔になり、銕三郎の顔の変りようを愉しんでいる風である。

拍手[0回]

PR