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鬼平犯科帳 鬼平罷り通る 三嶋山燈

鬼平犯科帳外伝

鬼平まかり通る  8月号

それからふた月が瞬く間に過ぎて行く。
師走を迎え、二人の店は正月を迎える仕度に追われる日々が続いた。
梅、翠松、金明竹、水仙、千両、寒椿、葉牡丹、寒小菊などで、店に入って来る花材はあまり多くない。
特に枝物は女の手に少々もてあますが、銕三郎にかかれば他愛もなく切り分けられる。

「ほんまやわぁ、お師匠はんの云わはるとおりどすなぁ」
ちよはほれぼれする目付で銕三郎をみつめている。
「あかんあかん!あきまへんえそんな眼ぇで鉄はん見たらあかんえ」
半ば焼き餅混じりのかすみの語気にちよ
「へェーかんにんどすぇ」
ペロリと舌を出して銕三郎を見た。
赤の前垂れも初々しい小女である。
この頃になると、ちよも銕三郎にすっかり慣れ
「鉄はん鉄はん」
と向うから声がかかる。
まぁ大体そのような時は薪割りなど力仕事が待っていることが多いのだが、それも又銕三郎の役目でもある。
今日も朝餉のすむのを待っていたかの毎く
「鉄はん煤払い手伝うておくれやすな」
と、竹笹をかかえて軒下を指差す。
銕三郎これを受け取り、日頃積った埃や煤、蜘蛛の巣を払い除ける銕三郎の背をポンと叩いて
「おきばりやす!」
と笑顔がほころんでいる。
花街のお見世には、すでに二人で正月花を納め、三十日には松竹梅も床に生け、あとは元日を迎えるのみであった。
店に残った花は僅かばかりで、それらを柱に枝垂柳と、寒の白玉椿を添えて生け、こちらの仕度はほとんど終えた。
「おちよもご苦労はんどしたなぁ」
かすみはちよを労う茶の支度をはじめる。
「お師匠はんお節は作らはんの?」
と水を向けて来た。
普通なら二人で拵えるのであったが、今年は鉄はんが居るからであろう、気を回す。
「そやなぁ、おちよにもちょびっと手伝ぅてもろて、早いとこ年越し蕎麦いただいて──うふふ……」
かすみ何か含むところがあるのかぽっと耳朶(みみたぶ)を染めるのを素早く認めたちよ
「あっお師匠はん耳ぃ染めはって!何んぞええことでもあるんやの?鉄はん」
と宣以の反応を確めて来た。
あわてゝかすみ
「ちゃうちゃう!そんなもんあらへんえ」
と打消すものの、心の中は何かを期待して動揺する自分に気付かれまいと急ぎ立上り
「鉄はん注連縄(しめなわ)作り手伝うてくれまへんか」
と銕三郎を見上げた。
その姉さんかむりが銕三郎の抱えている水桶に一段と華やいで映った。
「そこにある根付き若松を取っておくれやすな、それから─ちびっと待っておくれやす」
と店奥に引込み、何やらかかえて戻って来、
「これを、右に男松左に女松を右が上になるよう半紙を巻き、水引で真結びに結びますのんや。
出来たわ!こっちのんは鉄はんのやさかい右の柱に結んでおくれやす。
うちんはこっち……嫌ゃあ右と左に泣き分れやぁ、あかん!なぁおちよ!」
半べそかく風にかすみ、おちよを振り返った。
「うち知りまへん!お好きにどないにでもしておくれやす、あほらしてやってられまへん!」
おちよ小さくペロリと舌を出して応えた。
「お師匠はん華なりどないしまひょ」
ちよ、枝垂柳の若枝をかすみに差し出した。
「そゃなぁ、今年はおちよと鉄はんと三人で飾ろうかいなぁ」
銕三郎の手隙を見てとったかすみ、おちよに言葉を返す。
「ほんまどすか?うわぁむっちゃん嬉しどす」
ちよは急いで台所に立ち、小さく丸めた紅白の小餅を抱えて来た。
「紅は鉄はんで白はお師匠はん、うちどないひょ」
意味深な目つきに並んで餅を飾りつけている二人を見やる。
「こん枝はおちよのもんや、これで三本仲よう出来るやおへんか」
と笑いかける。
「うち、間でいけずするのん嫌やさかい、はじっこでよろしゅうおすえ」
と微笑んで見せる。
「華飾りすんだし、あとはお節どすなぁ、うちもぼちぼち往(い)にますよって、鉄はんあとはよろしゅうおたのみしますぅ」
と前垂れを外し、表においてあった背負子をかつぎ、立上った。

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