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鬼平犯科帳 鬼平罷り通る 三嶋山燈

鬼平犯科帳外伝

鬼平まかり通る  9月号


「ほな鉄はん、お師匠はん、よいお年をお迎えとぉくれやす」
そのままかすみの傍に寄り、耳元へこちょこちょこと何やら……
「おちよのいけずぅ」
かすみ、ちよの背中をトンと衝いて襷(たすき)をかけた袖で顔を覆った。
遠ざかるちよの姿を目で送りつつ銕三郎
「ちよは何と云ったのですか?」
と言葉をかけるそれをかすみ
「かんにん」
とはぐらかせるように背中を見せる。
「何です!そのように……」
(もしや妙な気でも回したのかも知れないな)と、とっさに銕三郎感じ、(よし試してみるか)と、
「かすみどの耳朶(みみたぶ)が紅(あこ)うございますが、おちよが何かよからぬ事でも……」
と後を濁す。
「銕三郎はんのいけず、そないな事、うち照れくそて云えまへん」
かすみ、袖でかくした頬をさらに紅く染める。
「あっやはり怪しい!増々耳朶が──」
銕三郎ここぞと攻める。
「大嫌いゃ!」
かすみ、振り返りざま銕三郎の腕の中にしがみついて来た。
「おおっ!」
銕三郎これを両手でからくも受け止めた。
手にしていたほころびかけの梅の蕾が二つ三つ足元に散り、後にはそのまま二人の呼吸だけがゆっくりと流れていった。
台所に立ったかすみ、おせちの材料を取り出し、
「銕三郎はん薪持ってきてくれまへんか?」
と後ろを振り向く。
正月用の煮炊きをする薪は事始めの十三日に用意するものと聞き、整えておいた。
芸子であったかすみはこの事始めから正月が始まるのである。
「どっこいしょ!」
銕三郎竈(かまど)の傍にふた抱えほど積み重ねる。
「おおきに、ほなお鍋取っておくれやすな」
と、目で竈の横においてある方を指す。
銕三郎かすみの手元へそれを据えるその中へ、前夜から浸けておいた昆布出汁を入れ、手網こんにゃく・里芋・油揚・金時人参・牛蒡(ごぼう)を取りまとめて煮始める。
「お雑煮は白味噌仕立てどすのやねん、丸餅にお祝清白(すずしろ)(小振大根)・金時人参・里芋ぜんぶ丸ぅ切って、出来上がりに柚子の皮の角切りに三つ葉と糸かき(キハダマグロを糸状に削った削り節)を添えて──。銕三郎はんは頭芋(かしらいも)(殿芋)が入りますのや。
これ食べきらな、お重には手ぇ付けられしまへんえ」
と、こぶし大の親芋を指さした。
「ええっ!そんな大きいもの食べたら、それだけで満腹になってしまいますよ、私は江戸者、其処のところはご容赦を!」
銕三郎両手摺り合わせて懇願するも
「あかんえ!殿芋言ぅて殿方が召し上がらなあかんのどす。銕三郎はんには出世してもらわなあかんさかい」
と、つんと横を向いたものだ。
見れば見るほど憎たらしい大きな芋である。
「駄目でござるか?」
横目にかすみの横顔を盗み見るそれへ
「駄目ぇ、あかんえ」
と留めの一言
「ううっ 己!頭芋そこへ直れ!返り討ちに致してくれる」
銕三郎真顔で包丁を取り上げる。
「うっ うふふふふっ!おほほほほっ」
口元へ袖を当てて、かすみ、笑いをこらえるも、堪らず、とうとう吹き出してしまった。
銕三郎もつられ、
「わはははははっ」
と、久しぶりに屈託のない笑い声が部屋を包んだ。
「お節は五重に重ねますのや。壱の重はお祝い肴に口取り(甘いもの)数の子に田作り・黒豆・たたき牛蒡(ごぼう)に・栗きんとんですやろ、伊達巻はお好きどすか?それに昆布巻き。
弐の重は紅白なます・ちょろぎ・酢蓮根、それと菊花蕪を詰めますんえ。
参の重には焼き物ゆうて、海の幸の海老や鰤(ぶり)・鯛──」
それを聞きながら銕三郎
「まだあるのですか?」
とかすみの顔をしげしげ覗き込む。
「へぇまだまだ重ねな──。与の重には山の祝物、里芋ですやろ、それからくわいに蓮根・筍を配って五の重は年神はんの授かりもん入れますよって空っぽどす」
と銕三郎を見やる。
「やれやれ安心いたしました、これ以上出てきたら動きも鈍くなってしまい、年明けから冷や汗ものですよ」
首に手をやり、汗を拭く格好の銕三郎へ
「そやなぁ銕三郎はんのお狸はんは似合いまへんもんなぁ、うふふふふ」
「あっ 又そのうふふふは許せませぬぞ!」
「許せなければどうなさりはります?」
「う~む……おおそうだ!こちょこちょの刑にいたそう、ほれコチョコチョコチョ」
と銕三郎、かすみの身八つ口(脇の開いた部分)へ両手を差し伸ばす。
「いやぁんっ」
かすみ、身を捩(よじ)ってこれを避ける。
その拍子に銕三郎の指先がかすみの柔らかな膨らみを捕らえた。
「あっ!これはまた!」
銕三郎予期もしない出来事に顔を赤らめ手を引っ込める。
(コトン)と包丁がまな板に置かれ、いきなりかすみは向き直り、銕三郎の懐へ身を預ける。
白い項(うなじ)が朱(あけ)に染まり、耳朶(みみたぶ)も紅色に染め、恥じらう姿がそれを包み隠す。
黒髪に挿された珊瑚玉に目を留めつつ銕三郎目を閉じたその傍でクツクツと煮しめの煮える音が聞こえるばかりの昼下がりであった。

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