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鬼平犯科帳 鬼平罷り通る 三嶋山燈

鬼平犯科帳外伝

鬼平まかり通る 2月号

 

伏見稲荷まで一里半(六キロ)通常ならば一時間半ほどの距離ではあるが、急ぐものでもなく二人並んでそぞろ歩きを楽しむ。
伏見稲荷は伏見山の麓に祀られている。
かつてこの京を河と湿地の中から開いた秦氏が伊那利三ケ峰に神を祀ったものが大社である。
やはり参詣の人々で行列をなしている。だがかすみにとってはそれが又嬉しいのであろうか、身体を寄せて銕三郎の左腕に手を回し、誰はばからんとした面持ちで並んでいる。
差したる会話もなく、唯、人波みにもまれながら第一鳥居をくぐり、東へ進んで第二の鳥居をくぐったその奥に、朱塗りの桜門が見えてきた。
通常ならば狛犬(こまいぬ)のあるべき所に狐像が置かれているのが目につく。
稲荷はもとを正せば稲生(いねなり)であったものが、時代とともに稲荷に変わっていったと言われている。
外拝殿の奥に本殿があり、屋根が拝殿のほうへと伸びている。かすみの説明によると、これを稲荷造りと呼んでいるそうである。
本殿左側にあるご祈祷受付所に進んで、二人揃ってご祈祷願いを済ませたかすみは、我が庭とばかり銕三郎を連れ回し、参拝をすませたあと、本殿の左手奥にある権殿(かりどの)が控えている所を差し、
「こん横にお稲荷山へ登る石段があるんどすえ、お山巡りはここから始めるんえ、すんだら千本鳥居へ行きまひょ」
と、参道の朱塗りに鳥居が奥まで並んでいる道へといざない、御神蹟参拝参道を上がり、千本鳥居をくぐり抜け、二股の別れたところで右へと進み、命婦谷(みょうぶだに)の奥社奉拝所へと案内したかすみ、
「銕三郎はん、あの灯籠を持ち上げておくれやす」
と奥の院横の小さな祠を指し示した。
「何ですかあれは、それに灯籠を持ち上げるとは一体どう言うことです?」
「うん、あれはおもかる石言ぅて、お願いして持ち上げ、軽ければ願いが叶い、重ければ願いは叶いまへんのや、早う早う!」
と急き立てる。
銕三郎、急き立てられながら石灯籠の前で願掛けをした後、灯籠の上の空輸(頭の丸い石)を持ち上げた。
(ふむ、軽いと思えば軽いが、重いと想えば重たいような気もする……)と複雑な気持ちを抑えかすみを振り返る。
「うちも上げて見よ!」
と、かすみ進み出て──{よいしょ!}と持ち上げた。
戻ってきたかすみは少し顔が曇っているように銕三郎には見て取れたが
「次は御神蹟参拝や、早ぅ行きまひょ」
銕三郎を急かして途中の熊野社なども巡り、四ツ辻までの一本道を上がった。
そこからは人の流れに同調するように右回りに一の峰上社神蹟に上って一息入れる。
ここがもっとも高い場所となり、京の街が見渡せる最高の場所でもある。
そこから少し下がって御劔(つるぎ)社・御膳谷奉拝所から元の四ッ辻へ戻り、三徳社から三ツ辻まで戻った。
本殿に戻り、社務所で
「銕三郎はん縁起が欲しい!」
とかすみ、鶴亀の稲穂飾りをねだる。
人の波を避け、少し外れてところへ離れたかすみ
「付けておくれやす」
と目を閉じ、銕三郎の前に立ち、細い顎を少し傾(かし)ぐように上げる。
稲穂の先に鶴亀の飾りの付いたそれを銕三郎、かすみの艶やかな髪に挿す。
「うち綺麗?」
ほっそりと瞳を開け頤(おとがい)をつっ─と差し出す。
「はい!とても──」
「そんだけ?」
「いや、その……」
「その?なんどすえ?」
かすみの目尻が笑っている。
「とても可愛らしゅうございます」
まじまじと見つめられ、少々照れ気味の銕三郎
「うち、そないにかいらしぃ?ほんまどすなぁ?うふふふふっ」
お稲荷さん詣では、通常ならば一刻(いっとき)ほどで回れる道も、混雑で二刻(ふたとき)(四時間)近くを要した。
建仁町の百花苑に戻った時はすでに夕刻に近づいていた。

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