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鬼平犯科帳 鬼平罷り通る 三嶋山燈

鬼平犯科帳外伝

鬼平まかり通る   5月号


水仙一式  「陰の花水仙に限る」




お見世は三元日を過ぎた頃から年の瀬に生けた花の挿し替えが必要になって来る。


松・竹・梅・水仙・寒梅・柳・千両・椿・南天・葉牡丹・()()()・葉蘭と云った材料の花類はちよ(、、)が背負って来る物や、近郊の植木屋より仕入れる。


これらを手押車に載せて得意先の見世見世を廻り、挿し替えるのが銕三郎・かすみ(、、、)の商いである。


四日の朝早く、ちよ(、、)が早摘みの草花を背負ってやって来、


「お師匠はんおめっとうさんで……」


と、迎えたかすみ(、、、)を一目見、


「あっ──お師匠はん!んっもうむっちゃ綺麗やおへんか!何んかいい事がおましたんやぁ」


と、確める風にかすみ(、、、)の瞳を覗き込み、


「なぁ鉄はん!ええことおましたんやろ?」


前垂れを目の(そば)まで上げたちよ(、、)の目元もほころんでいる。


ちよ(、、)のいけず!そんなんちゃう!ちゃいますえ!」


耳朶(みみたぶ)までまっ()に染めたそれを悟られまいと片袖に包むかすみ(、、、)


「怪しいなぁ──。お師匠はんほんまに綺麗どすえ。(、、)よも嬉しゅうおすえ」


と真顔で見つめたものである。


ちよ(、、)の持参した花を仕分け終え、植木屋で仕入れた花木を揃え、銕三郎に抱えてもらうと、


「ほんなら行って来ます。後はよろしゅうたのみますえ。ほな鉄はんぼちぼち行ままひょか?」


銕三郎を促し、手押車に寄り添う。


それを見送ってちよ(、、)


「鉄はんおきばりやすえ」


と冷かし半分、うらやまし半分の顔で見送った。


祗園のお茶屋は様々な人々が出入りするし、芸子の前でも商談や相談事が平気で行われており、そんな奥向きの話も、かすみ(、、、)ならそっと(こぼ)してくれるのである。


だが銕三郎が傍に寄ると、急に口をつぐみ、怪訝な眼で銕三郎に視線を投げる。


それを察しかすみ(、、、)


「お母ぁはん、こん人はどもないねん、御師匠はんのお墨付きどすえ」


と銕三郎を引き合せてくれるのである。


 


翌日少し遅めの朝餉をすませ、


「ほなおちよ(、、、)、あとん事よろしゅうたのみますえ」


お揃いの晴着に袖を通し、烏間六角堂に専純を訪ねた。


道場の縁側に腰を下ろし、思いを巡らせていた風な専純、二人の姿を認め


「おゝこれは又御揃いでおめでとうはんどす」


いつもの笑顔で迎えてくれる。


銕三郎の後に添うように控え


「お師匠はんおめっとうはんどす」


初々しい恥じらいを見せるかすみ(、、、)の姿に専純をんな(、、、)を視た。


「専純様、本年も何卒よしなにお願い申し上げます」


銕三郎両掌を腹前に添え合わせ頭を垂れる。


「これは又長谷川様、商人姿もよう似合うて─。ははは!どこから観てもこら町衆におますな」


「お師匠はん今年ん花は何の あっ──。花生けはられましたんどすか!」


道場で一人想いを巡らせていた姿にかすみ(、、、)、すなおに心を述べる。


「今な、杜若(かきつばた)エ夫しょったんや。こん花は、在原業平はんが三河国八橋で{から衣 きつつなれにし つましあれば はるばる来ぬる たびをしぞ思う}と詠まはれましたんや。


こん花はいつ見ても観あきまへんのや。浅き春、盛りの夏、侘びの秋、霜枯るゝ冬それぞれに、葉にも風情がありましてな──」


専純、眼を細め。ふっと遠くを見つめる。


「おおそゃ!かすみ(、、、)はん、松飾りはちゃんと出来たんかいな」


「へぇ銕三郎はんに手伝ぅてもろて、お師匠はんに教わったとおりに、竹の底節残して、あとは皆抜いてもらいました。おかげさんで小笹もしっかり水が上ってます」


(なぁ銕三郎はん)と云いたげに銕三郎を見つめる。


「そらなんよりどしたな。ところで長谷川はん何んゃ変った事はおへんか」


専純、気に懸かっていたらしく真顔に戻り話しを変えた。


「年の瀬よりこちら、これと云った様なものは……」


「そうどすか──仙洞御所で公文(くもん)はんの動きが近ごろなんや妙や云うとったさかい、その(、、)きどうやろかておもてな、あはは……」


「姉小路様が──」


銕三郎、この陰の仕事を始めて以来、公家の名を知る様になっていた。


「さすがに長谷川はんどすな!よぅお判りでございますなぁ」


と、かすみ(、、、)の方に目を移し、にこやかに笑んだ。


三人並んで縁側に腰を下し、暫らく談笑の後、二人は専純に暇を乞い、六角通りへと歩を進める。


 


「お師匠はんおもどりやす」


ちよ(、、)が笑顔で出迎える。


「お昼も近いし、ほなちよ(、、)!木槌持ってきておくれやす」


と、ちよ(、、)を奥へ追い払い


「鉄はん善哉はお好きどすか?お鏡はんをカリッと焼いて、粒あんで仕立てますのや」


かすみ(、、、)ちよ(、、)から木槌を受取り


「鉄はんおたのしますえ」


と銕三郎に手渡す。


俎板に下げた鏡餅を置き、銕三郎一気に打ち下す。


「待ってやぁ!……。綺麗に割れたやおへんか、なあ“おちよ”!割れ方で運気が判るんどすえ」


と講釈がつく。


「けんどなぁ…何で善哉なんやろか?」


素朴なちよ(、、)の間いに


「六角堂のお師匠はんから聞いたんやけど、昔一休はんが食べはって、善き哉善き哉と云わはったそうや。そいからこっち善哉っ云うようになったんや」


「へぇ、やっぱり和尚(おっさん)、物知りやなあ」


「あたり前や…。なあ鉄はん」

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