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鬼平犯科帳 鬼平罷り通る 三嶋山燈

鬼平犯科帳外伝

鬼平まかり通る  6月

あきれ顔にかすみ銕三郎と交互に見やる。
銕三郎が餅を割っている間に七輪が用意され、かすみは次々と網に乗せ、菜箸で器用に焦げ目をつけ、昨夜から仕度していた鍋に入れ、餅を全て焼き終えると今度はこちらを七輪に架け、パタパタと火口に団扇の風をくれる。餡が湯気をたて始め小豆の香りが立ち始める。
「あ~ん、むっちゃおいしそやなぁ」
ちよ、鼻をひくひく蠢(うごめ)かせ
「お師匠はんしあわせどっしゃろ!なぁ鉄はん」
ちよ、目をくりくりと輝かせ銕三郎を探ぐる目でのぞき込む。
「やめなはれちよ!鉄はんがえぞくろしぃ (気持悪い)思わはるやないか」
「えっほんまやの?」
真顔に戻るその顔に、ぷっと吹き出すかすみ。
「何んゃ!からこうたんどすな!お師匠はんもいけずやぁ!なぁ鉄はん!」
確かめる顔に銕三郎の同意を促す。
銕三郎、二人の会話の結末が、まさか自分に振ってこられようとは思ってもいず、思わず苦笑い。
「ほれ見とぅみぃ!鉄はん困ってはるやないか!」
かすみ、ちよの方に甘睨みする。
ちよ前垂れをたくし上げ
「かんにんどすえ」
チラと上目づかいに銕三郎を見やり、ペロリと小さく舌を覗かせる。卓袱台(ちゃぶだい)を囲み、ちよのさげて来た香物を肴に善哉に箸を進める。
「おいしゅうおすなあお師匠はん!鉄はんと一緒に食べたら、もん!むっちゃおいしおすなぁ……」
ちよ、今度はかすみの反応を覗う。
(ここで負けたら示しがつかない!)とばかり
「そら美味しいに決ってるやろなぁ鉄はん!」
と反り討ち。
「あっ痛ぁ!降参降参!どうぞお好きにしておくれやす!」
 
そうこうしている内に七日がやって来た。
今日日、小豆(あずき)粥(かゆ)になりますのんえ」
朝餉の仕度を整えつつかすみ、
「銕三郎はん、お江戸の松の内はいつどすねん?京では小正月の十五日まで門松は下げまへんえ」
「そうですか、江戸は七日が松の内ですよ」
と銕三郎
「へぇ~江戸は七日どすか、ほな、どんど焼きも七日なんや」
云いつつ
「お待ちとぉはんどす」
利休鼠の無地袷に朱の襷(たすき)がよく似合うかすみ、框(かまち)上りにちらと朱(あけ)の裾(すそ)除(よ)けの下、白く締まった小股が観え、くるりと身をひるがえして膳を捧げて来る。朱塗りの椀に小豆(あずき)が白粥の中に艶やかに乳白色の衣を纏い、湯気が立昇っている。
かすかな塩味が、より新春の初々しさを覚えさせてくれ、
「美しい!いや実に美しゅうございますね」
銕三郎、向かいに座したかすみに問いかけた。
「かなんわ、恥ずかし!」
かすみ顔を朱に染め、両袖で顔を覆う。
(しまった!俺は小豆粥の事を云ったつもりだったのだが─) 銕三郎あわてて心を打消し、
「かすみどのは無論の事、この粥も又負けず劣らず──」
と思わす口がすべった。
「あっそうどすか!うち小豆粥とおんなじどすねんな!」
ツンと横を向いてしまった。
「めめめっ滅相もありません!かすみどのは別格!比べる物なぞござりません!」慌てて手をバタつかせて冷汗百斗の想いの銕三郎。
「嘘やろ?嘘に決っとるわ!」
云いつつも、かすみの双眸(りょうめ)は否定を希んでいる眼差し。
「かすみどのに比べる物なぞこの世にありませんよ」
銕三郎本心であった。
「ほんま?ほんまに?」
途端にかすみ、頬をうっすら桜色に染めつつ、歓びが満たされて行くのを銕三郎嬉しくながめる。
何処までも純なままの心根が、早春の風のごと、穏やかなひと時の中包み込んでくれる。
そこへちよがやって来
「お二人はんお早ょうおます」
背負子の荷を降し乍ら障子を開け、向い合って膳を囲む二人の姿を認め
「はぁけなりぃなぁ、あほらしゅうて見てられまへんわぁ」
呆れた目付で目元も口元を緩める。
「なぁお師匠はん、昼に羹(あつもの)(とろみのある粥)いただきまへんか?」
と七草粥の素材を詰めた飯行李を開けてみせる。
「わあ綺麗やなぁ!こないにさぶいのんに、採って来てくれはったんやなぁ、おちよ!。
そないやなぁ。おちよと三人で戴きましょかいなぁ」
一寸首かしげ、もったいつけてかすみ。
「ほんまやの?うそや!」
宣以の方を見るちよの顔に、銕三郎にこりと笑む。
「ほんまやの?鉄はんと一緒に戴けるのや!ちよ、モンむっちゃ嬉しい!なぁ鉄はん!」
手放しのよろこび様にかすみ
「あかんあかん鉄はんとうち!それからあんたどす」
と釘を刺す。
「へぇ─」
赤い舌をチョロッとのぞかせ、小亀の様に首をすくめるのであった。
ひと通り花草木を選別し終え、生け込の仕度を終え、少し早目の昼餉とした。
「お粥は御上(天皇)はんが、朝は加湯(かゆ)云うて濃(こ)湯(ゆ)より薄い煮飯戴きはったんて、そこから粥って云われる様になったて、その項は若菜の節(七草)は羹(あつもの) 云うて米・粟・黍(きび)・稗(ひえ)・みこ・胡麻・小豆の桜粥でおましたんやそうや。そない御師匠はんから聞きましたえ」
かすみ、銕三郎を見やる。
昆布出汁と、うすい塩味とで味を整え、七種の色の褪めないように火の通りの良い物は、膳に乗せる寸前に湯通ししておき、椀にかざり付る。
米のとろけた艶やかな中に七種が適度に混り、青々とした若草が色鮮やかに目を引く。
箸を持ったまゝ二人、じっと銕三郎の表情を探る。
掻き込んだ口の中に早春の息吹が拡がり、銕三郎目を閉じて五感の隅々まで楽しみ尽くすその表情に見合せて二人(やったね!)と云わんばかり。
ふっと我に戻った銕三郎(どないだす!)と期待の眸(ひとみ)四つに
箸を持ったまま腕をバタバタ……
「美味しゅうおますやろ!」
と、かすみの声に宣以コックリコックリ!
「やったぁ!」
と大嬉びの態である。
昼から店をちよに任せ、銕三郎、手押車に幾つも桶を並べ、これを縄で結わえて動きを止め、藁を束ねて仕込み、その中に水を張り、そこへ花材を挿し、花への気配りをした物を押し、かすみと生け替えに出達する。これはかすみの工夫であった。
かすみ達が廻る界隈は坂が多く、かなりの肉体労働である。
「しんきくそうおへんか?」
かすみ、労わりの声をかけつつ銕三郎後を押す。
小料理屋と云っても大店ともなるとその部屋数も多く、従い大量の花を持ち歩かねばならない。
花を積んだ手押車を賄い処に置き、そこからかすみの指図にしたがって材を篭に入れ持込むのが銕三郎の主だった仕事になる。
いわむらの大広間にいつもの様に花を生けていると、女将のたかがやって来、
「お師匠はんごくろうはんどすなぁ、ゆんべ時々来はるお侍はんが、となりの座敷でいさかい起しはって壷ひっくり返さはったんえ、もうかんにんや。えばってからに灘屋を呼べぇ!言いはって大騒ぎ」
「へえ?そら大ごとどしたなぁ……。そんお人どこのお方どっしゃろなぁ」
「何んでも口向役のお人とか──」
銕三郎かすみ同時に互いの眸を見交す。
「へえ口向役云うたらあのお年寄の?そらまた御酒が過ぎたんとちがいますのんか」
「そやない!そやない!まだ若ぅおしたえ」
「何んや下っぱかいな、そらあほくさや、うふふふふふ……。
女将はん、ついでにそこんとこも、壷持ってますさかい生け替えときまひょ。鉄はんお頼みします」
銕三郎こっくりうなづき、賄い場に置いてある手押車に行き、替壷を持って来た。
「お師匠はん、えらい心強いお人が付いてくれてはって、よぉおましたなぁ」
女将のたか、銕三郎の力作業目をやり、かすみをみる。
「へぇおおきに、みぃんな烏丸のお師匠はんのおかげどす」
「何んゃ六角はんの肝入りかいな、ほな安心どすなぁ」
他愛もないこのやり取りを銕三郎聞き乍ら、先程の口向役の配下の者が誰なのか思いを巡らせていた。
裏同心鳥海彦四郎の手控帳には、その当たりの事は記されていなかったからである。

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