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鬼平犯科帳 鬼平罷り通る 三嶋山燈

鬼平犯科帳外伝

鬼平まかり通る 7月



十五日は八坂神社でどんど焼が執り行われる。


ちよを店に残し、揃って去年戴いた破魔矢も添えて神飾りの炊き上げに向った。


新しく破魔矢を戴き、それを神棚へ飾り、三人そろって柏手を打ち、今年一年の願をかけた。


銕三郎とかすみ、店廻りをすませ植木屋を訪ね、室咲きの桜を探す。


室に桜の若枝を入れ、炉火を入れて暖め、早咲きさせる物で、その分いのちも儚いものの、目出度い席には好まれるもので、中々程の良い物はみつからない。


狛(こま)やの女将にたのまれたものである。


「銕三郎はんこまったなぁ……」


しょんぼりと肩を落すかすみは、か細い肩がよけいに小さく見え、落胆の程が伺える。


「専純殿に相談してみるのもよいかと思いますが。あのお方ならお顔も広ぅございましょう」


「そやなぁ…。お師匠はんならええ知恵貸してもらえるかも知れへんもんなぁ」


かすみの顔に少し精気が戻ったようで、銕三郎ほっとした面持ちに


「銕三郎はんかんにんえ」


とつぶらな瞳で見上げた。


 


かって知ったる紫雲山頂法寺である。案内も乞わず奥へと進む。


道場に専弘の姿があり、二人を見つけ


「おやかすみはん、それに長谷川はんどしたな」


と笑顔で迎え入れてくれる。


「専弘様、御住職は御在宅でございましょうか?突然の訪門で真に恐れ入るのでございますが」


銕三郎一礼して専弘の返事を待った。


「へぇ在宅中でございますさかい、ちびっと待っておくれやす」


と奥の方に去って行き、暫らくして専純が出て来、


「よう越しで──」


と二人を交互に見やり、


「何んぞこまった事でもあったんかいな、かすみはん (さて本日はどちらの方が問題なのか) と問いつつ二人を見る。


「お師匠はん狛ののお女将はんが、室の桜欲しい云われはって、うちの行ってるとこ、皆、今はまだて──」


しょんぼりしたかすみの顔を眺めつつ専純、


「よっぽど大事なお客はん来やはるんやろな」


専純腕を組み、しばし何かに思いを巡していたが、


「そや!伏見の花(はな)清(せい)が時折高瀬川を上って来るによって聞いてみよし、ここにも持って来るよって明日にでも言うてみまひょ!心配いりまへんよって、にっこりお笑いよし、長谷川はんも辛そうどすえ」


と銕三郎の面もちを案ずる。


専純の言葉に背を押され、かすみ


「お師匠はんおおきにどすえ、ほんまこれで肩が軽ぅなったわ!なあ銕三郎はん」横に並ぶ銕三郎に微笑みを見せた。


「ところで長谷川はん、あれから何か判らはりましたやろか?」


過日の禁裏附の事を尋ねているようであった。


「いえ、江戸表よりの周りを色々と廻っては見ておりますが、今一つこれと云うものは」


銕三郎深い溜め息を洩らす。


「そうどすやろなぁ……。禁裏附と賄頭だけでは内向に長じた地下官人相手の相撲はおお事やろな」


専純両眼をつむり思案にくれる。


 


専純に暇を乞い、戻りかけに高瀬川へ廻ってみる事にした。


高瀬川は、かって京と伏見を結ぶ主要な運河で、この川を行き来する高瀬船から名付けられたと云う。二条大橋南にあり、鴨川西岸に添って流れるみそぎ川から取水して枝分れしている。


ニ条から木屋町通りに添って流れ、十条の上で再び鴨川に戻る、鴨川までを高瀬川、鴨川以南を東高瀬川と呼ぶ。


このあたりは桜の頃ともなると曳船道に植えられた桜が咲き乱れ、花界にさらに華を添える所でもある。


戻り道の四条烏間の上の九之船入りに立寄って見る。


その四日後、六角堂の小僧より知らせを受け、次の朝早く銕三郎とかすみ、九之船入りに向う。


すでに船は曳き子によって到着しており、"花清"の主人が待っていてくれた。


「お早ょうございます」


かすみは主人に声を掛け、


「烏間のお師匠はんの使いのもんやけど」


と頭を垂れる。


船主と思しき気の善さそうな、小柄だが赤銅色に焼けた笑顔で


「おお!六角はんの所んお人どすな、へい託っておます、重とぅどすえ」


一束の花筵(はなむしろ)に包んだ物を持って来てくれる。


「けんど男はんがおるよし、どうでもあらへんやろう」


と銕三郎を認め、大切に手渡してくれる。代価一分銀二つを渡し


「おおきにお世話さんどした」


と頭を下げるそれへ


「美人ん嫁さんがけなり(羨ましい)どすなぁ!大事にしとぉくれやす」


首にかけた手拭いを取って銕三郎にペコリと頭を下げる。


手押車に花筵を積む銕三郎にかすみ


「聞いた?聞いたやろ銕三郎はん!美人の嫁はんてうちの事や!なぁ銕三郎はん?」


満面の笑みをたたえ、大はしゃぎで銕三郎の袖をひっぱる。


「さぁ誰の事でしょうね!」


銕三郎かすみのほころぶ顔を見やる。


「あん、もう銕三郎はんのいけず!うちぐれちゃる!」


とすねて見せる。その顔をながめつつ銕三郎


「いや怒った顔がまた可愛いですね」


と茶々入れる。


「うちもう知りまへん!」


、かすみ完全におかんむりである。


 


一方、腕に深傷を負った侍、あれからすでにふた月が流れ、年も変って安永二年一月下旬。


おしまはこれまで通り、毎日木屋町の高瀬川沿いにある旅人宿{すずや}に出掛けている。


夕刻にはいそいそと戻って行くそれへ


「ここんところおしまはん何んやうきうきしてはりますな」


賄いの徳二が前掛けはずし乍ら女将に言葉を投げた。


「そやなぁ、今までやったら早う戻ってもしゃあないよって─云うてたのになぁ…あぁ!もしかしたらええ人でも出来たんちゃうやろか」


「へぇ、もしかしてあん時の侍──そんなわけおへんな」


云いつつ終いにかかる。


「そやなぁうちもそんな気ぃしたんやけど、まさかなぁ」


そんなうわさ話しになっていようとはおしま、想ってもいなかった。


「今戻りましたぇ、ちょと待っとくれやす、じきにおばんざい作りますよって」


軽く奥に声をかけ、いそいそと前垂れをつけ、片たすきをかけて夕食の仕度に取りかかる。


その後ろから男が近より、おしまの身体に左腕を巻きつけるように引き寄せる。


「あかん、包丁持ってますんや─」


と云いつつもその腕にしなだれかかるおしま。


おそ目の食事も終り、おしまは酒の仕度をして奥の部屋にやって来た。


九十郎はんのお父 はんも、お家の皆はんもお近くに居られへんのどすか?」


「うむ──いずれもそばに居る」


盃を受取り乍らボソリとつぶやく。


「ほな、どないしてこんように市中(まち)に出はられますのや」


おしま不審そうにそう言葉を繋いだ。


「うん それだ──心が遠い……」



「いやぁかなんわぁ!…けどそん気持ち、よぉ解るような気ぃします」

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