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鬼平犯科帳 鬼平罷り通る 三嶋山燈

鬼平犯科帳外伝

鬼平犯科帳外伝 川越うどんと唐桟 3月2号


唐桟織り

旅支度の平蔵が本所2つめの軍鶏鍋や五鉄に現れたのは
秋の色香が野山を染め始める頃の夕刻であった。

「あっ こりゃ 長谷川様」旅姿の平蔵に驚きながら出迎えたのは相模の彦十

「おう 彦 おまさはいるけぇ」そう言いながらかって知ったるで、
さっさと二階へ上がってゆく。

「へぇ 先ほどけえって参ぇりやしたが、又今日はどんな御用向きでござんしょう」
と相模の彦十、平蔵の顔を見上げる。

「な~に 過日忠吾の手柄で墓火の秀五郎をお縄に致したであろう」

「へえへぇ 例の・・・・・」

「そうよ(人間という生きものは、悪いことをしながら善いこともするし、
人にきらわれることをしながら、いつもいつも人に好かれたいとおもっている)
そう言いおった兇賊よ

「へい よっく覚えておりやす、あの 木村様が、そうとも知らず
菱屋のお松に入れ込んで、そのお松をひいきにしていた男が
10両をお松に与えたってぇ話でござんしょう?」

「そこまで知っておったか、人の口には戸は立てれれぬというが、まさにのう」

「へぇ 何しろ当の木村様が最後までお気づきにならなかったそうで、
笑っちゃぁいけやせんがね、ついその・・・・・へへへへへ」

「武州粕壁の小川屋でやつを捕縛いたした折、お松の話をしたらな、
奴め(そんな酔狂もございましたか)と、さすがひと頃は血頭丹兵衛の懐刀と
呼ばれただけの男、度胸もすわっておったよ」

「へ~ さようでございやしたか、ところで本日のご用向きは」

「おう それよ、おまさを呼んではくれぬか」

「長谷川様 どんな御用でございましょう」平蔵からの名指しである、
事件ならともかくも、別に何も耳にしていないものだから、おまさも戸惑いつつ控える。

「何な ちょいと川越まで足を伸ばしてみたくなってのう」

「川越でございますか?」おまさはますます判らない様子で平蔵の顔を見る。

「ウム 先程から彦十と話しておったのだが、お前ぇも存じておろうが、
川越の旦那・・・・・」

「あの~墓火の秀五郎・・・・・・」

「まさに そいつよ、そいつの事をふと思い出してな。
ちょいと川越がどのような所か、この目で見てみてぇと思い立ったまでのことよ。

それがな、思わぬネタを拾ってきたのよ、忠吾めが良く懐に致しておる
芋せんべいになる芋、こいつの出処が川越であったのよ」

「まぁ~木村様の好物の・・・・・うふふふ」

「であろう?儒学者の青木昆陽先生が小石川薬園にて始められた甘藷が、
川越で作られており、芋は紅赤種で皮も赤く中身は黄味でほくほくして甘味が多く、
九里より旨い十三里と申す焼き芋、いやなんとも忠吾でなくとも旨い、
わしは別名金時ともいわれる焼き芋が気に入ったあはははははは」

「墓火の秀五郎が褒めて居った(いせ清)のうどん、
こいつを一度食ってみたかったのもあるがな、ははははは。

何しろ芋をすり込んだ芋うどんは、芋の薫りがほのかに残り、
昆布と干ししいたけの出汁に黒酢を隠しており、
刻み大葉と大根のすり下ろしに刻んだ赤唐辛子こいつがが又色っぺぇ」。

「銕っつぁん 話だけとはちょいとその罪ってぇもんでござんすよ」

「彦十おじさん 長谷川様に!」

「おっといけねぇ 口は災いの元とくらぁね」彦十あわてて口を抑える真似をする。

「でな おまさ、お前ぇにと思うてのぉ、てえしたもんじゃぁねえが 
土産よ、いつもお前ぇにゃぁ何かと世話をかけるによってな」
平蔵はさげた荷物を解いて渋を引かれた帖紙(たとうがみ)
に包まれた物を取り出しおまさに手渡した。

「もったいない長谷川様 まさは・・・・・・」

「おっと そこまでそこまで・・・・・なぁ彦 」

「全くでさぁ、さすがの長谷川様も、まぁちゃんには頭が上がらねぇ」

「俺は弱みなどねぇぜ なァおまさ」

「おほほほほほ」

「やっぱり無理かぁ」

こいつはな 川越で織られておる唐桟だ、うどんを食いに入ェった向かいが
機屋でな、まぁついでということよ」照れくさそうに頭をかきながら、
だが楽しそうな顔である。

「さすが銕っつあん 言い繕うところがにくいね」

「おいおい彦 そうではない そうではないぞ、いや参ったなぁ」

「判っておりやすとも 長谷川様、へへへへへ、それにしてもねぇ まぁちゃん」

「おい彦十!久栄には内緒だぜぇ、おなごは恐ぇからのう」

「まっ! 私も女でございますよ長谷川様」
おまさは藍の地色に浅葱の細縞と黄土の縦縞の柔らかな縞木綿を胸に抱え、
その温もりをいとおしそうに抱きしめた。

「なぁに、俺にとっちゃぁ盗人酒場の10かそこいらのおまさ坊だよ」

庶民にとって着物を新調できる時代ではないこの時期、
おまさの日頃の働きにも、なかなか労ってやれない平蔵の気持ちであった。



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