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鬼平犯科帳 鬼平罷り通る 三嶋山燈

鬼平犯科帳外伝

徘徊 6月第1号


相模無宿の彦十 この上に猫さんはなく、
この下に猫さんは居ない・・・・・当たり役だったなぁ

此処は半蔵御門を真っ直ぐに西へ取った麹町九丁目
お店の名前を(大坂屋)という穀物商、主は五十がらみの優男で、
名を菊次郎という。

奉公人は十名ほどで、さほどの店ではない。
今朝も今朝とて朝餉8あさげ)を済ませた老人に、
丁稚がのれんを分けた間からこれもか細い体つきの腰を曲げた格好で
ヨイショと声をかけながら空を見上げた。

「ほな 行って参じます」
「へぇお気をつけて行っておいでやす」と店の者に見送られて、
杖をつきながらよたよたと半蔵門の方に向かって歩き始めた。

いつもと何の代わり映えもない一日の始まりであった。

この老人、名を久左衛門といい、上方でも同じ穀物を商っている。
大坂の店は長男の菊太郎が引き受けており、上方と江戸の両方で
更に商いを拡大しようという触れ込みでのことのようである。

そのために、この度江戸にも店を出すことになって、
次男の菊次郎が主を務めることになった。

あちこちの茶店に寄ってはしばらく休み、世間話をしながら
めぐるのが楽しみのようで、
ほぼ毎日朝出かけては夕方帰ってくるというのが日課のようであった。

先々の茶店でも居酒屋でも(ご隠居さん)で通っていた。
何しろすでに七十近くになると見えて、それなりに耳も少し遠い
多少は大きな声で話さないことには、馬の耳に念仏の例えのように、
仏様のような笑顔でニコニコ笑っているだけである。

立ち寄る店の者もすっかりそれには慣れてしまっているようで、
さほど気にもしていない。
それでも時には心配だからと一人手代がついてくることもあった。

そんなある日の出来事である。
「ご隠居さん本日もごきげんでございますね」
と茶屋の親爺が迎え入れる。

「はいはい今日は向かいの相模屋さんが又大賑わいでございますねぇ」

「へえへえ 本日は相模屋さんの荷物が届きまして、
それで人出が多いのでございますよ」

「はぁさようでございますかぁ いつもこの頃で?」

「へぇ 船の都合とかで毎月決まっているようでございますよ」

「はぁそりゃぁ又大事で・・・・」
と 人足の出入りを眺めながら茶をすすっている。

茶をゆっくり飲み、饅頭をつまみながら供の手代に
「ありゃぁ大変な荷物じゃなぁ清どん」
と声をかけた。

「ほな又寄せてもらいまひょ、おおきにごちそうさんでした」
老人は供の者を従えてよたよたと歩き出した。

こんなことが一年以上続き、すっかり馴染みになった店のものからも、
知りたがりやのご隠居様で通るようになった。
それほどこの老人は物を尋ねるのが好きなようである。

「こんな雨の中を、足元の悪いのにわざわざ・・・・」と 言えば、

「じっとしていると身体が生っちまってねぇ、雨も又風情があってようござんすよ」
との返事。

まぁ人は好き好き、こんな日は雨宿りの客くらいしかないものだから、
店の亭主も座り込んでの長話、世間話に花が咲くというものである。

「おや 雨の日でも荷物は運んでくるのだねぇご苦労なことで」

「そりゃぁご隠居さん、雨だろうが風だろうが荷役は待ってはくれませんやぁね、
ああして雨の日は人足の数も少なく、蔵まで運ぶには時がかかりまさぁ」

「ふ~んそんなに蔵まで遠いのかいなぁ」

「さようでござんすね、大黒様の鏝絵(こてえ)が見えるのが一ノ蔵、
弁財天が二ノ蔵と聞いておりやす」

「はは~ 鏝絵でっかぁ何ですかそれは」

「あれまぁ ご隠居さんもご存知ねことが・・・・・ははは。
鏝絵は左官が壁を塗る時にコテで絵をかいたものでございやすよ、
漆喰は貝殻と木炭を重ねて焼いた灰で作るそうで、色目には色土や岩、
貝殻から松脂(まつやに)のススまで、何でも使うそうで、
特におめでたい絵柄は大切な蔵や土蔵に飾るようでございやすよ」

「はぁ~そいつはまた豪気な話で・・・・・」
呆れた表情でキセルに煙草を詰めてぷは~っと気持ちよさそうに
雨の向こうの喧騒を眺めている。

「おやおや清どん、今日は又荷車がひいふうみい・・・・
五つも並んでおるによって、荷が雨に濡れたら大変だすなぁ」

「左様でございますなぁ大旦さん!あの荷は何でおまっしゃろか?」

「ああ あれは堅魚でございやすよ、荷函に字が書いありますやろ、
今のじぶんは土佐物が多く、四国沖の物が出回ります、へぇ」

「へ~堅魚でっかぁ、あの出汁にする」
とご隠居さん興味津々で言葉を引き継ぐ。

「へぇ 堅魚とか松魚とか言うそうで、土佐から阿波、紀州、駿河、
伊豆、相模から安房、房総、上総、陸奥と最後はなんと蝦夷まで行くとか、
で、それぞれ捕れる時期が変わるそうでございやすよ」

「へへ~それにしてもご亭主どん、よう存知でんなぁ」

「そりゃぁもうご隠居さん、しょっちゅう相模屋さんの大旦那から
聞かされますんで へぇ」
「特に堅魚はあっしらには縁のねぇもんでござんすがね、お武家様や大店、
はては将軍様までこの堅魚で出汁を取るのが一番とかで、
そりゃぁ大層な値段で売れちまうそうでござんすよ」

「ほっほっほっそれじゃぁあのお店はおぜぜがぎょうさん貯まるばかりでんなぁ」

「さいですなぁ あっしらにやぁ関わりござんせんですがね、
まぁそれで蔵が二つも三つも並ぶってぇこってござんしょうね、
はぁ何とも羨ましい話でござんすよ」
亭主はそう言って新しい茶を出してきた。

それからひと月あまりが流れた。
「おやご隠居さん、お久しぶりでございやしたね」
と茶店の亭主。

「おおっ これはこれは 何ね ちょいと身体をこわしたもんで、
ひきこもりぃだす。
やっとお天道さまの下を歩けるようになりましてん」

「そりゃぁ又難儀でございやしたねぇ」

「おや ご亭主どん 向かいのお店がえらい騒がしいようだすが・・・・・」

「へぇ 何でも昨夜お店に盗っ人が入ったとかで、
今朝からお役人様方が色々と出入りされておりまして、
あちこち聞いて回っておられますようで」

「さいですかぁ、そりゃぁ又大事っちゃ、のう小吉どん」

「でどないな様子だす?」

「それがでんね、何でも朝方押し込みがあって大旦那やおかみさん、
番頭さんなど主だった奉公人が皆目隠しの上に猿ぐつわまでされて、
今日入る荷のための為替金100両と、この月のお店の売上などが
盗まれたそうでございやすよ」

「やれやれ 何とお気の毒なこって」
と相変わらず美味そうにキセルをふかす。

「わてらも気ぃつけとかんとあきまへんなぁ清どん」

「ほんまでっせぇ大旦さん、江戸はきついところでおますなぁ」

ところがこのような事件がこのところ頻発した。
狙われるのは荷が入る前日か、その前日・・・・・・
判でしたように似通っており、町方だけでなく火付盗賊改方にも
この話は舞い込んできた。

「うむ 近頃では珍しい押し込みではあるなぁ」
平蔵は昨今頻発している急ぎ働きの悪辣(あくらつ)な手口に
胸の悪くなる思いであったから、余計にそう思えたのかもしれない。

「小林!お調書をもう一度洗いなおしてみよ、他に手すきの者は
被害のあった店に出張り、更に詳しく、落ち度なきよう聞き取ってまいれ、
ああそれから近所で不審なものや話などなかったかそれも忘れるでないぞ!」
と命じた。

その数日後密偵や同心などが聞き取りしたお調書が集められた。
筆頭与力の佐嶋忠介をあたまに、盗賊方の主だった面々が
清水御門前の役宅に集められた。

平蔵は大きな紙を広げ、そこに日時、場所、時刻、店の内容、
奉公人の規模、被害額など判る限りを書き出させた。

ところが面白いことに忠吾が気づいた。
「おかしら、どうも先ほどから私めが担当いたしております不審なもの、
あるいは特定の者の中に知りたがりやのご隠居とか申すものが度々見えまする」

「何ぃ!」
平蔵の顔が一瞬引き締まった。
「忠吾 其奴は一体何者だえ?」

「はぁ 何でも久左衛門とか申すようでございますが、
皆は知りたがりやのご隠居様と呼び親しんでおるようにございます」

「うむ 知りたがりやとはちときになるのう・・・・・」
これはいつもの平蔵の感ばたらきにすぎない。

「よし!とりあえずそちはその知りたがり屋のご隠居を・・・・・
おおそうだ、伊三次とあたってみてくれ」

「ははっ!」
木村忠吾は早速密偵の伊三次を清水御門前の役宅に呼びつけ、
事の次第を告げ、話が出ていたお店を回らせることにした。

数日後忠吾は平蔵の報告書を持ってやってきた。

「おかしら 例の知りたがり屋のご隠居の身元が判明いたしました」

「おう ご苦労ご苦労 で、 お前ぇはその間何を致しておった」

「はぁ?」

「これ忠吾 お前はこの俺の眼が節穴だとでも想っておるのか?」

「はぁ~一体何のことでござりましょう」
と、とぼける忠吾ではあったが

「馬鹿者!お前ぇが一切を伊三次に背負わせて、
昼日中から茶屋に出入りしておることを知らぬとでも思うたか!
此度の事を何と心得ておる忠吾!」

「ははっ!!!!!何ともその、あのぉ・・・・・」
忠吾は廊下に頭を擦り付けてなお顔の埋もれるほど低頭した。

「忠吾、わしはなぁお前ぇに茶屋通いを致すなと申したことはない、
だがそれも時と場合を考えるであろうと想うたからじゃ、
その俺の気持ちをお前はいかように想うておる!」

「ははっ 申し訳もござりませぬ、親の心子知らずとは
誠に持ってお恥ずかしく・・・・・」

「もうよいわ! で、いかように判明いたした?」

「はい 伊三次の申すには、この知りたがり屋のご隠居は
麹町九丁目に大阪屋と申します穀物商の隠居だそうでございます。

名を久左衛門と言い、1年と少し前に上方からこの江戸にやってきて
商いを始めたそうに御座います。
商いの方も手堅くやっておるようで、店の評判もなかなかよろしいそうにござます」

「ふむ こたびはちとわしの想いと外れたのう・・・・・・・
だがどうもこう、歯に何かがはさまったような、
う~ん いやさっぱりと致さぬ、ふむ」

平蔵、腕組みをしたままじっと目を閉じて、散逸した駒を頭のなかで組み替える、
そのような面もちである。
「他に駒が見つからぬか・・・・・・
「もう一度そこいららあたりを更に深く探るように伊三次と、
おう彦十にも左様申し付けておけ、それとな、忠吾程々に致せよ」

「はっっ!!!!」

平蔵はこれまで被害のあった店を中心の探索から、
知りたがり屋のご隠居の徘徊先を洗いなおしてみることに切り替えた。

平蔵の部屋に拡げられた絵図面には、このところ立て続けに被害にあった店の
印が記されてあった。

「どうもこの目の端がぴりぴりするでなぁ」
と筆頭与力の佐嶋忠介に話した。

被害の範囲が一定の広さから出ていない、要するにどこからであれ、
1日かかって歩ける範囲に集中していることが平蔵のピリピリに
つながっているようである。

したがこの範囲内に在る商家といえば、まるで途方も無い数に登る、
何かに的を絞らねば・・・・・・・
だが、その何かが判らぬ・・

ほころびとは想わぬ時に見つかるもので、日常ではさほど多く目にすることではない。
この度の事件も想わぬところからその糸口が見えてきた。

伊三次が相模の彦十を伴って麹町の大阪屋の隠居、
通称知りたがり屋のご隠居を微行すべく店の斜向かいの建物陰で待ち構えていると、
それらしい風体の品の良さそうな老人と共の者が出てきて
店先で何やらふたことみこと言葉を交わして歩き始めた。

「彦十さんあれが例のご隠居さんだ、後に付いているのが手代の清吉ですぜ」
と伊三次が顎で指す。

「ふ~ん あの野郎かい 銕っつあんの言っていなさる野郎は・・・・・」
彦十はさほど気にすることもなく漠然とその老人を眺めた。
通りがかりの者がその老人に挨拶を交わした、その後供の者が振り返りながら
世辞を言ったようだが・・・・・

「あっ!」
彦十が小さく驚きの声を漏らした。
「伊三さん、確か清吉って・・・・・」

「ああ そうだよ、清吉ってえんだ」

「清吉ねぇ・・・・・・」
彦十は何かをつなぎ合わそうとするように首を傾げたまま集中している。

「あれっ 珍しいじゃござんせんか、彦十のとっつあん考え事をするってぇのは」

「おいちょいと待ってくれよ、あの顔どこかで見たんだよなぁ」
彦十は伊三次のからかい半分の言葉を制しながら記憶の糸を
浮かび上がらせようとしているふうである。

「まぁそいつは歩きながらでも思い出せばいいや、
それより長谷川様のお言いつけ通り、後を微行けなきゃぁ」

「おっとがってん承知之助」
彦十も頭を切り替えたらしく、ひょこひょこと微行を始めた。

「う~む どうもねぇ・・・・・」
彦十はそれほど前をゆく若い男にひっかるようである。

いっ刻程後を尾行(つけ)たとき、浅草の柳原同朋町にさしかかった所で
茶店に立ち寄った。
いつものようで、いっぷくふかしながら、
出された茶をすすり浮世話しでもしている風情である。

両国橋を抜けて左に曲がり、柳橋を潜った所で一双の川船が荷揚げを始めた。
上げたところは川向うの平右衛門町、その向こうは浅草御蔵が続く蔵前である。
しばらくして隠居主従は立ち上がってまた歩き始めた。

「とっつあん、あっしはこのまま奴の後を微行やすんで、
とっつあんは先ほど奴らが何を話したか、茶店の親爺に探りを・・・・」

「がってん承知!任せてくんねぇ」
と掌を叩いて茶店に向かった。

「とっつあん 茶代だ!」と伊三次が気を利かす。

「へんっ!オイラだって茶代くらいは持っているよう伊三さん、
後は任せな、それより・・」
と首をひょいとしゃくって先立った主従の方を見やる。

「任せねぇ」
伊三次は素早く後をつけはじめた。

「おう ご苦労であった!」
本所菊川町の長谷川平蔵役宅で報告を待ちわびていた平蔵が
キセルをふかしながら畳縁に腰掛けて庭の紫陽花の色移りを眺めていた。

「で、 彦 いかがであった!」
平蔵は相模の彦十の収穫に期待をしていた様子であった。

「それがね銕っつあん、どうにもこうにも、あっしは伊三さんと分かれて、
野郎が何を聞いたか喋ったか、そこんところを探ろうと茶店に入ぇりやした」

「おうおうそれでどうした」
平蔵はその先を聞きたくてウズウズしているようである。

「ところがドッコイでござんすよ、なんてぇこたぁねえありきたりの世間話でね、
へっ面白くもおかしくもねぇや」
と、彦十、あてが外れてようでふてくされている。

平蔵もその返事に少し腰砕けを感じつつも、一日中歩き回された
この元老盗の働きをねぎらうように言葉を返した。

「なぁ彦十 お前ぇは世間話に聞こえたやも知れぬがな、
そんな普通の話の中に思わぬ者が潜んでおる、
いやさ、老獪になればなるほどその辺りの仕掛けは巧妙でな、
それがわかっちゃぁお前ぇおしまいだぜ」

「へぇ~そんなもんでござんしょうかねぇ、
野郎(今日は又弁財船でも入ったのかねぇ、川船が幾双も寄せて、
お向かいは賑やかで、とか何とか平右衛門町の船着場の様子を
供の男に話していたそうで。

一瞬平蔵の顔色が変わった。
「なにっ 弁財船だとっ!!  むむっ ぬかったわ そいつだ!
彦十そいつが奴らの狙いだったんだ、でかしたぜぇ えへへへへへへ 
う~むでかした!」

狐に包まれたような顔で彦十
「ててて銕っつあん いったい何がどうなっちまっているんで?」
とひょうきん顔で問い返したものだ。

「彦 川だよ 川が絵解きの糸道だったんだ」

「へっ? そいつぁ一体どのような仕掛けで・・・・・」

「仕掛けも糞もあるか 大坂屋は上方にも店があると申したな」

「へい 江戸の方はその出先と聞きやした」
と答えたのは朝熊の伊三次

「そいつだ !そいつよ、うむこいつを見逃しておったゆえ
的がひとつ絞り込めなんだ」平蔵の目にメラメラと炎が立ち始めた。

「伊三次 奴らは結局そのまま店に戻ってのではないかえ?」

「あっ 長谷川様よくまぁお判りで、全くその通りでさぁ、
野郎その後はまっすぐ横山町を抜けて大伝馬町から本町と抜け、
途中何度か茶を飲みに立ち寄りやしたが、
それもちょいの間の一休みってぇところで、常盤橋を右に折れて
鎌倉河岸から一橋御門、俎坂橋をわたって九段坂を越え
お堀端一番町から麹町のお店へ戻りやした」

「ふ~むやはりそうであったか、よし、押し込みは今夜か遅くとも明日と読んだ、
早速手すきの者共を集めるよう手配いたせ!」
平蔵は同心筆頭の酒井祐助に下知を飛ばし、奥に引こうとした時

「てててっっつあん いや長谷川様!思い出しましたよ」
彦十がどんぐり目をむいてのりだした。

「何だ えっつ 彦十 素っ頓狂な声を出しおって!」
平蔵は振り返りながら彦十の驚いた顔を見た。

「あいつぁ牛尾の・・・・・」

「何だその牛尾の何とやらは」
平蔵は彦十の記憶をたどる顔を覗き込むように再び尋ねた。

「確か牛尾のえ~っ何とかぁ・・・・・」

そこへ駆けつけた五郎蔵が
「相模の そいつは牛尾の太兵衛じゃぁござんせんか?」
と言葉を挟んだ。

「そそそっ そいつだぁ」
彦十はシワだらけの顔を余計しわくちゃにして目を輝かせる。

「誰だその牛尾の太兵衛ってぇのは」

「牛尾の太兵衛と申しやすのは遠江の国山名郡金谷宿牛尾郡の出とか、
駿河、遠州、伊勢が奴のおつとめのようで、岡部の宿で呉服屋を商っていたとか。
ただ中風になって子分どもは散り散りと聞きやしたが・・・・・」

「そいつだよ五郎蔵さん、その一人泥亀の七蔵とよくつるんでいたやつ、
名前はおぼえてねぇけど間違いございやせん」

「急ぎ牛尾の太兵衛のお調書を捜しだせ」
平蔵はこの事件に王手をかける面持ちでてぐすねした。
だがいっ刻過(た)ってもお調書は見つからない。

「こうなったら是非もなし、おそらく奴らは船を使うに違いない
、川筋を厳重に見張るよう、それと押し込み先が知れぬ今、
麹町の大阪屋の動きを張るしかあるまい、皆心して臨め」

その夜半平蔵の指揮のもと火付盗賊改方の面々が麹町九丁目の
心法寺門前に集結していた。

「おそらく奴らは四ツ谷御門辺りから川筋を取って速やかに
目的地に進むに違いない、これまでの被害におうた店の近くには
必ず水路が通っておる」
平蔵のこの読みは的中した。

暁の九ツ(午前0時)を回る頃、ひたひたと人の足音が暗闇に聞こえてくる。
遠くで犬がけたたましく吠え、静けさを破った。

(来る!)

平蔵は四ツ谷御門に向かう一団の前に立ちはだかった
「火付盗賊改方長谷川平蔵である、おとなしく縛につけ!
」と呼ばわり、廻りを提灯が囲んだ。

塀際から掲げられた高提灯の中で、無言の気迫がせめぎ合った。
黒装束の一人が、ゆらり・・・・・前に進み出て、平蔵の前に腰を落とし、

「お手向かいはいたしません」
とその男は静かな口調で、しかし毅然とした態度であかあかと照らしだされた
平蔵の顔を見上げた。
それを見た他の者も黙って座り神妙である。

一味は総勢十名、残された者は、かの知りたがり屋のご隠居を含め三名が
大阪屋店内で捕縛され、川船で控えていた二名も逃れることはなかった。

「それにしてもおかしら、何故川筋が怪しいとお思いになられましたので」
沢田小平次がまず口火を切った。

「うむ あれか、ほれ、彦十が拾うてきた船荷の話しよ、
あのおやじの話題は何だったえ?」

「そういえば荷車がどうのとか船がどうのと・・・・・・あっ!」

「その通りよ、奴はそれぞれの店の前でその月のいつ、
どの時刻にどのくらいのものがどのような形で運ばれるかを
丹念に探っておったわけだ、
そいつを一年も掛けて調べるたぁこいつははぁ何とも用心深い奴らよ、
さすが牛尾の太兵衛の手下どもだ、いやそれにしても長い捕物になったが、
こうして皆の者の苦労が実ったってぇことだ、目出度ぇ事だ。

「もうひとつ、これはぜひともお伺いいたしたきことが・・・・・」
と沢田小平次

「うむ 何だ?」平蔵はゆっくりと沢田を振り返った。

「はい お頭は何故奴らが押し込みに入る日時がお判りになられましたので」

「おお そいつか それはな、上方訛りであったことからよ、
江戸の商人と違ぅて時価もの取引を致さぬそうな、江戸は金座で金が通り相場、
だが上方は銀だそうな、そこで品物を受け取る時銀と金の交換が必要になる、
そこで上方の商人が編み出したのが為替という換金方でな、
こいつは前もって金を両替商に持ち込み為替に交換しなければならねぇんだ」

「あっ 判りました、つまりはそのための金が前日に手元に在るということで、
それを判断するのが荷物の運び込み日時・・・・・」

「さすが沢田 鋭い指摘じゃ、その通り、だが此度はその上を行く事が起こったのだ、
何故奴は船荷がつく日にちを前もって判って、それを確かめに見聞に行ったと想う?」

「はぁ~そこまでは」

「そこだよ、上方で商いを致しておるという話しであったなぁ」

「はいそのようで」

「そいつだ、上方に出入りする船を見張っておれば、いつどこへゆく為の荷物か
見聞きできるであろう?東回りの千石船だ、風待ち潮待ちで時もかかろうよ、
それを飛脚便などで知れば前もって中身を知ることが出来、手を打てるという、
うむ さすがに牛尾の太兵衛の流れを汲む盗っ人、読みが深ぇってことだな」

「時の流れというもの、時に面白ぇ物を生み出しちまうものらしい。
紙切れ一枚ぇが小判と同じ仕事をやってのける、
こいつぁお釈迦様でも気が付かねぇことだったろうよ」
平蔵は時の流れを身にしみて感じているようであった。



画像付き 時代劇を10倍楽しむ講座   http://jidaigeki3960.sblo.jp/

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