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鬼平犯科帳 鬼平罷り通る 三嶋山燈

鬼平犯科帳外伝

鬼平罷り通る 7月第3号 「武士の一分」


 
京極備前守高久

本所深川の京極備前守下屋敷より長谷川平蔵にお呼び出しがかかった。


「平蔵、御役目とはもうせぬ故無理にとは申さぬ、が この話受けてはくれぬか。
名は明かせぬがさる大名家の内紛に関わる一大事なのじゃ、
わしのところへ相談があってのぅ、その大名家には世継ぎが皆早死して
誰一人残されておらぬ、その折町方より上がって居った側室に世継ぎが生まれた。


この度その顔見世に宿下がりが執り行われることに決まったのじゃが、
反対派の暗躍が画策されておるということで、警護の願いがわしの方に出された。


お家騒動は我らの関知すべき事柄ではない、が さりとて知らぬふりも出来ず、
ほとほと困り果てての相談なのじゃ、どうだな平蔵」


「ははっ!備前守様のお言葉、この長谷川平蔵身命をとしましても
必ずやご期待に沿う所存にございます」


「おおっ 聞いてくれるか!これでわしも肩の荷が下りる心地じゃ、頼むぞ平蔵!」


「ははっ!!」


(うむ 事はお家騒動に発展しかねぬ、かと言うてお役には当てはまらぬ故
これはわし一人で当たるしか無いな、何としても備前守様のお顔を潰しては
ならぬ)。平蔵は事の重大さを胸深く仕舞いこんで帰宅した。


「お頭 備前守様のお呼び出しはいかなる事で・・・・」
と筆頭与力の佐嶋忠介が言葉をむけたが・・・


「ふむ 内々の話ということで。此度はわしひとりで当たらねばならぬ、
済まぬがしばらくは皆の統括を頼む」
この平蔵の言葉の重さを佐嶋は瞬時に理解した。


「おまかせくださいませ」


「うむ 頼むぞ」


「ははっ!」

まさに阿吽の呼吸というか、平蔵が見込んだだけの事はあるこの頭脳明晰な
剃刀佐嶋忠介である。


その翌日から平蔵の姿はこの清水御門からも本所菊川町の役宅からも消息が
ぷっつりと途絶えた。


数日後平蔵の姿が確認されたのは、ひげもマメにあたらず、
さかやきは伸び放題の素浪人姿で神田鎌倉川岸あたりで見かけたと、
おまさから佐嶋に報告が上がっていた。


「で、お頭の形はどうであった?」
と佐嶋の意味深な含みの問に


「それはもう うふふふ」
と含み笑いで答えた。


「おいおまさ お前一人で合点をしても仕方あるまい、さほどのお姿であったか?」


「はい そりゃぁもうひどい格好でございまして、あれはどう見ても
ゴロン棒でございますよ佐嶋様」


「ふふふふ やはりおかしらはそのあたりから探っておいでなのだな」


一方平蔵は備前守より漏れ聞いた「登城は大手門より」と いう言葉を便りに、
諸大名のお家事情を探っていた。


その日の夕刻、日本橋南材木町の居酒屋に平蔵が姿を表した。
加古達の出入りもあるらしく、気楽に入れる店構えが目についた。


「入ぇるぜ」

平蔵は腰に落とした赤鰯を外しながら座敷に上がり込んだ。


古びた簾越しに浪人風体の男が酒を飲んでいるだけである。


「おやじ 何かあったけぇものをみつくろってくれ、それと酒を2本ほど・・・・」


しばらくして亭主が膳を運んできた。


「おっつ 何だえこいつは?」


「へぇ 巻繊汁でございやす」


「ほ~けんちん汁とな、こりゃぁまたあったまりそうだぜ!
しかもけんちんとは又妙な名前ぇだなぁ」


「へい 元は精進料理だとか、建長寺の坊様が作っていたとかで・・・・」


「なるほどそれでけんちんじるか、上手ェ事をいやぁがる、だがこの味・・・・・
 やっ!こいつは美味い」

思わず平蔵が声を上げたほどこの汁は1日の疲れを癒やすには美味かった。


「さようでござろう、拙者もこの味に惹かれて日参いたしておる」
と隣の簾越しに声が飛んできた。


「おお さようか、なるほどこの出汁が又素材とうまく馴染んで
旨味を引き出しおる」


「さよう 巻繊汁は仕立てる前が肝心で、大根・人参はイチョウ切りに、
ゴボウは皮を摺り落としてササガキにして水に晒しアクをとる。


里芋は皮をむき薄く輪切りにして塩でもみ、ぬめりを取り、軽くゆでておく。
コンニャクは半分に切って小口切りに致し、豆腐はふきんに包み水気を絞りぬく。


鍋に胡麻油をたらし込み、ニンニクをひとかけら・・・・
これがこの店のどうも秘伝らしい。


鍋を熱くしておき、此処に大根・人参・里芋・コンニャク・豆腐・
ゴボウの順に加えながら炒め、ごま油が馴染んで参ったならば昆布と
シイタケにて取りたる出汁を加える、煮立ったならば火を弱めて
アクをすくい取りながら柔らかくなるまで煮る、そこに塩・醤油・
酒を加えて味を整える。


とまぁざっとこんなふうに手間ひまかけて出来上がる」


「あっ 恐れいった!拙者もこっちの方にはちとうるさいと自負いたしておったが、
ご貴殿の講釈にはこれこの通り兜を脱ぎますぞ!」
そう言って平蔵杯を上げた。


「あっ いやこれはお恥ずかしい、実はこの講釈、この屋のおやじの常套句で
ござってなァあははははは」


「なるほど 左様でござったか、道理で油のよく回った話しぶりだと・・・・・
わはははは」


久しぶりに腹の底から平蔵は笑った。


「所でご貴殿はお見かけせぬが・・・・・」


「おお 通りかかって こう鼻が・・・・」
と平蔵鼻をヒクヒクさせた。


「なんと 身共も左様であった、ふむ同じ思いで誘い込まれるとは
おもしろき縁でござるな」


「いかにもさようで」


「拙者この先の小網町に住まい致しおります由比源三郎ともうします」


「おう これは申し遅れもうした、拙者に深川北川町に住まいおります
木村平九郎と申す者、以後見知りおきを願います」


「いえいえ こちらこそ以後久しゅうお頼み致す、
所でお見受け致さば我が身同様浪々の身と・・・・・」


あっ いやお恥ずかしい、このご時世武士の生きる世ではござらぬゆえ、
その日その日のにわかな稼ぎで糊口をしのいでおる有り様、
中々まっとうな生き方は難しゅうござる」
と刀の柄口をトンと軽く打ってみせた。


「もしかして 用心棒とか・・・・」


「まぁ悪巧みがなしと見えれば引き受ける、道中用心が張ったりかませて
稼げますわい」


「あいや これ又ご同業で わはははは、親なし子なし、主じなしと
3拍子の揃い踏みでこれ以上言うことはござらん、
まぁ気楽な家業と申しますかなぁ、又何処でかお目にかかることもござろう、
その時には盃なぞ酌み交わすのも、これ又乙と・・・・・」


「いや 全く、ぜひともこうなんでござる、美味い店とか、わははははは」


「いやぁそいつは又楽しみでござるなぁ、ぜひぜひ左様願いたい」
こうして意気投合したまま、その場は別れた。


平蔵はその足で深川北川町万徳院圓速寺そばの長屋に染千代を尋ねた。
「染どの、このような時刻に相済まぬ、なれど急ぎの用件にて許していただきたい」


「まぁ長谷川様 何というお姿で!」


平蔵の無頼の姿に驚きながらも
「そのようなお気遣いはご無用に願います、父上もあのように
喜んでくれておりますし、私も・・・・・」


「おお 平蔵殿 ようお越しくだされた!ささっとりあえずお上がりくだされ」
と左内が奥から出てきて招き入れる。

「親父殿 日頃のご無沙汰をお詫び申す」


「何を申される、他人行儀な、平蔵殿は身共にはまるで我が子のように・・・・・
あっ これはしたり、天下の盗賊改めの長谷川様を、平にお許しのほど!」


「何と、そこまで身共が事を、親父殿この平蔵今のお言葉誠に嬉しゅうござる。
今にして思えば、亡き親爺がそこにおるような懐かしさと温もりが
胸にこみ上げておりますぞ、まことまこと嬉しゅうござる」
平蔵は心の底からそう感じていた。


「長谷川様 所で急なお話とは」
と染が口を切った。


「おお そのことよ、親父殿のあまりの嬉しき言葉にとんと忘れるところで
ござったあははははは、
実はな、日本橋南材木町萬橋東詰の材木商平澤屋の内情が知りたいのだが」


「大店でございますね!」


「うむ そこの娘子の消息がしりたいのだ、どうも表立っての話は
伏されておるようで、我らが手では探れぬ、
誠に持って相済まぬがその辺りが判明致さば、
菊川町の役宅におる佐嶋と申す筆頭与力につないではもらえぬか?」


「長谷川様のためならば、お安いご用でございますよ、
早速にでも探って見ましょう、
お役に立てればこれ以上嬉しい事はございませんもの」


「済まぬ!このとおり、この格好を見られる通り事情あっての探索でな」


「でもまぁよくお似合いでおほほほほほ」
染は実に楽しそうに華やいだ笑い声を上げた。


「まんざらでもござらぬか?ちと気に入り申してなぁ、あははははは」


それから二日後おまさが平蔵のつなぎ場所神田の鎌倉町に現れた。

「細かい話はお会いしてということでございました、
それと京極様から急ぎの御用とか」
とおまさがつないできた。


急ぎ平蔵は深川北川町万徳院圓速寺に足を向けた。

「長谷川様!」
染は頬を高揚させて迎え入れた。


「で、何と・・・・」

慌ただしい平蔵の態度に


「どうやら平澤屋には娘ごがお大名の下屋敷に上がっている模様で、
そのご家中から近々里帰りがあるようでございます。
そのために平澤屋は人の出入りも厳しくなっているとの話がございました」


「おお やはり平澤屋であったか」
平蔵はこれで警護の道筋を組み立てることが出来そうである。


その夜、平蔵は久々に身なりを整え本所の京極備前守下屋敷を訪れた。


「平蔵 又その形(なり)は わはははは 、中々似合ぅておるぞ!
雑作をかけるのう」


「ははっ このような風体にて探索にあたっておりますが、
いや中々敵の姿が掴めず難渋いたしておりまする、
むさ苦しい姿をお目にかけ深くお詫び申し上げます」


「すまぬのう平蔵、そこ元にそのような姿までさせて。
だがな、事は重大じゃ。
その大名は細川越中殿じゃ、細川殿にはお子がおられぬ故肥後宇土藩より
養子を迎えることになった。 


そこへ和子の誕生というわけで、世継ぎ争いが起きてきたと言うことよ。
細川としては財政難を支えておる平澤屋も大事、
かと言うて政は急ぎ継がねば乱れの元と痛し痒しということだ。


此度の一件は、先ず無事に送り迎えを終わらすこと、
その後の内紛にまで我らが首を突っ込むことでもあるまい、
のう平蔵、無事に収めてくれ」


京極備前守の言葉は平蔵の重荷を少しだが和らげることが出来た。
問題は2日後に迫ったお宿下がりの時、所、道筋の戦略である。

翌日平蔵は備前守の添え書きを持ち日本橋新場橋向かいの細川越中守下屋敷に
出向いた。


一方由比源三郎はというと、口入れ屋の紹介で日本橋呉服町の料亭(菊屋)にいた。


「由比源三郎どのでござるな」
身なりの整った紋付袴の侍が3名で待ち構えていた。


「いかにも由比源三郎でござるが、お手前方はどこぞのご家中と
お見受けいたすが・・・・・」


すると、中でも上司らしき侍が
「その件については詮索ご無用に願いまする」
と切り返した。


「判り申した、まぁ身共のような痩せ浪人に頼み事といえば、
深い事情は知られたくない、それは当然でござろう。
で、手っ取り早く話の内容をお聞かせ願えまいか?」


「お引き受け下さるか?」


「話の中身にもよる、身共とてまだまだこの生命おしゅうござるによって
勝ち目のない戦は避けたいからのう」


「断るというなら!」
と若い侍が柄に手をかけた。


「まてまて まだ断ると申されてはおらぬ、のう由比殿」
と上司格の侍が若者を制した。


「いやぁ近頃の若い者は血気盛んと申すが、血の気が多くていかん、
心の乱れは気の乱れ、そこに隙が生じましょうぞ」
とグッと睨み返した。


その威圧的な気迫に押されて若者は立てた片膝を引き、柄から手を離した。


「申し訳ござらぬ由比殿、若い者はまこと血の気が多く事を急ぎたがる、
無礼をお許しくだされ、ところで頼みともうすは用心棒一人切っていただくこと、
それのみ」


「人を切れと申されるか、殺人は死罪!それを承知でのお頼みだな」


「いかにも!後の始末はこちらで致す故ご心配にはおよばぬ、
いかがでござろう50両と言うことでお引受くださらぬか!」


「何と一人切って50両とは安くはないなぁ、さほどの相手ということじゃな。
田宮流皆伝の由比源三郎、剣客としてこの上ない話し、お受け致そう」


「おおっ お引き受け下さるか!かたじけない、早速でござるが時、
所は後日当方より何らかの方法にてお知らせ申す、
ひとまず本日はこれにて・・・・・」


菊屋を出た3名の後をつけはじめたが、出てすぐに3手に分かれた。
(さすが藩名を明かさぬだけのことはある、参ったなぁ、
さてどっちを微行よう・・・・・・)


後の二人はそれぞれ、一石橋を渡るものと、
川筋を日本橋のほうに歩むものとに分かれた。


源三郎はひとまず上司格の男の後を微行始めた。

男はまっすぐに鍛冶橋御門を横切り尼丘橋を渡り西紺屋町から元数寄屋町の
小料理屋(みのや)に入ってしまった。


(むぅ ちょいと当てが外れたなぁ)源三郎は対処を案じた、 が
(待って見るか、どうせ時はたっぷりある)
とそばの茶店に腰を下ろし暫し待つこと小半時、先ほどの武士が出てきた。


急いで物陰に身を潜めると、その武士は数寄屋橋御門の方へ歩みだした。
幾度か後ろを確かめながら、怪しげな微行者がいないか確かめるふうであった。
やがて、辿り着いたところは細川越中守上屋敷。


(ふむ こいつは50両も嘘ではなさそうだ、あとは、連絡を待つばかりだなぁ)
源三郎は踵を返して小網町の長屋に向かった。


翌日口入れ屋から連絡があり、本日正午に菊屋にお越しくださいとのこと。
源三郎は頃合いを見て菊屋に上がった。


「由比殿、時と場所が判明いたした、先日も申した通り、
詳しくはお聞きくださるな、切る相手は籠に添うております用心棒ただ一人、
他はこちらで対処致す。


敵はおそらく最短距離を取ると思える、ならば越中橋を渡り、
江戸橋から荒布橋を越え、堀江町を突っ切り親父橋を渡って北に上った
和國橋たもとと言う道順でござろう」。


「あい判った。それ以後はこちらで塩梅致すゆえ おまかせあれ」


「何卒よろしくお願い申す、家名が懸かっており申す故
しくじりは断じて許されませぬぞ」


「判っておる、この由比源三郎痩せても枯れても田宮流を収めた腕
、滅多なことでしくじりは致さぬ」


「おおっ それを聞いて安堵いたした、よろしくお頼み申す、
これは約束の金子50両お収め願いたい」
と無地のふくさに包んだ切り餅1つを差し出した。


「かたじけなく頂戴仕る」
源三郎は包のまま懐へ収めた。


「ところで細川家のご家中も大変でござるなぁ」
と水を向けてみた。


「ななっ!何と申される!」
見る見る血相が変わった。


「あいやそこまでそこまで、それ以上の詮索は無用と心得てござる」
と相手を制して源三郎ニヤリと笑った。


一方平蔵はと言えば、幾度か下屋敷を出入りして、敵の動きや道中の道筋など、
丹念に手当を講じていた。

(俺が襲うならば・・・・・細川家下屋敷を出れば向かいは本材木町、
人通りもあり襲うには不都合。こちら側は九鬼式部・牧野豊前と
大名屋敷で人の通りも少なかろう、
さて、いかが策を用いるか・・・・・


越中橋を渡り、江戸橋から荒布橋を越え、堀江町を突っ切り親父橋を渡って
北に上った和國橋たもとが常道よのう)平蔵は腕組みしながら絵図を眺めていた。


翌日早く日本橋の細川越中守下屋敷を一挺の大名籠に供の女十名ほどと侍5名に
警護され出立した。


新場橋を西に渡り本材木町を北上、まもなく江戸橋が見えてくる、
天気も良ければこのあたりから西の方にお城を見つつ不二山(富士山)が眺められ、
絶景の場所である。


蔵屋敷を過ぎようとした時、稲荷社辺りに潜んでいたのであろうか、
バラバラとたすき掛けの侍が駆け寄り、籠の前後を固めた。

平蔵は素早く籠傍に駆け寄り、抜刀して身構えた。


「女性は離れよ、無益な殺生は望むところではない!」
武士団の一人がそう叫んだ。


女どもは我先にと稲荷社の方に逃げ去った。
残るは5名ほどと平蔵一人・・・・・・


その時暗殺者の中から平蔵の背後に飛び出してきた男があった。
気迫に振り向いたその顔を見て平蔵


「源三郎殿ではないか!」


「何っ!おっと これは木村さん、どうして又このような場所に!?」


「お手前こそ、何故に卑怯な闇討ちに手を貸すのでござる?」


「いや 身共は浪人一人殺れとの約束で・・・・・・」


「で いくら貰った?」


「おう 金子50両だが」


「俺も安く見られたものよのう、100両でも受ける奴はゴロゴロいるぜぇ」


「なななっ 何と100両! そいつは無念、で、籠の中身は何だ?」


「もうよかろう、出て参られい染どの」


平蔵の言葉に籠の天蓋が開き、扉が開かれ中から出てきたのは染。

籠を取り囲んでいた暗殺者の中から声が上がった。
「図られた!!此奴はお局様ではない、かくなる上は共々皆殺しに致せ!」


「おいおい 証拠隠滅かえ、そいつぁ乗れねぇ相談だぜ、おい源三郎!
お前ぇはどうする?」


「待った待った!俺は降りるぜ、お家騒動の巻き添えは一度で十分
かんべんしてくれ」


「きっさまぁ良くも裏切りを!」
そう言うなり取り囲んでいた侍たちが一斉に陣を敷いた。


「染どの、ひとまずあれへ!」
と平蔵が先に逃げた奥女中共の方へ顎で示した。


「何の長谷川様、染とて武家の娘、まして与力の娘とあらば武芸の一つも
心得ております」
そう言って平蔵の脇差しを引きぬいた。


「おっ これはまた!」
平蔵は顔をほころばせながら染を背にかばった。


ダァ!!と、我慢ならず一人の侍が平蔵めがけて振りかざしてきた。


ヌンッ! その男は袈裟懸けに刃の峰で肩口から叩き伏せられてグワッ!とうめいて
その場に無様に崩れた。


「殺すではない!」
平蔵の声に


「判っております」
と答えたのが源三郎。


「おいおい お前ぇ一体どっちの仕事をするのだえ?」
平蔵の軽口に


「お家を引っ掻き回す奴は大嫌いでね、俺もこっちが性に合っている」


「やれやれひでぇ奴だなぁ裏切り者とは、あははははは」


「全くで、このような場面を考えても見なかったよ木村さん、あははははは」


「細川家のお方とお見受け申す、どなたかは存ぜぬが、
身共は火付盗賊改方長谷川平蔵と申す、京極備前守様よりのお指図でまかりこした、
ご存念あらばお伺い致そう。


すでにお局様は昨夜の内に町籠にて平澤屋にお届け申した。
これ以上の無駄な争いは無用と心得るが・・・・・・・お引き上げなされい!」


平蔵のこの一言に襲撃者は一瞬たじろいた。


「やむをえぬ 皆引けい!」
主犯格らしい男の声に、各々刀を鞘に収め稲荷社の方に駆け去った。


その時後ろで低いうめき声がした。
振り返る平蔵の眼に脇差しを掴んだ源三郎の座した姿が眼に飛び込んできた。


「源三郎!何という早まった事をしでかしたのじゃぁ」


「長谷川様とも知らず、このたびは誠に持って・・・・」


「源三郎しっかり致せ!」


「すみませぬ、金子は家内と娘の永代供養代にと、
昨日肥後早川の覚法寺に送り申した」


「何故!何故腹を切らねばならぬ!」
出血多量で意識も薄れてきている源三郎を平蔵は抱きかかえた。

「武士の一分でござる長谷川殿」
そう言って息を引き取った。


「源三郎!源三郎!」
平蔵はこの僅かな時であったが、気持ちの清々しい時を共にした源三郎を


惜しんでやまなかった。


「武士さえ捨てれば生きる道もあったろうに、
何と侍の一分とはかくもむごいことを飲まねばならぬのか!のう染どの」


「長谷川様・・・・・・
染が平蔵の傍に寄り添った。


「染どの、此度は危ない目に合わせ申した、何卒許されよ、
染どのをおいて他に策もなく、まことにこの長谷川平蔵心を痛めながらの
選択でござった。


わしの命に代えても染どのを護り通すと親父殿に約束いたした通り、
その気持ちに嘘偽りはござらぬ」


「長谷川様・・・・・・
染はそのお言葉だけでいつでも死ぬ覚悟でございました」


その数日後、平蔵は京極備前守下屋敷に姿を表した。


「平蔵!此度の働き、いや実に見事であった、この備前心より礼を言うぞ」


「ははっ! もったいないお言葉、この長谷川平蔵何よりの歓びに存じまする」


「ところでのう平蔵、細川の件じゃが、肥後国宇土藩より細川立禮を養子を迎え、
財政の立て直しを図ることに相成った。
平澤屋はこれまで通り細川家に助力を致し、子は平澤屋の跡取りとすることで
決着が着いた、まずは目出度い。
それにしても手際の良さはさすが平蔵よのぉ、いかような手立てを致したのじゃ」


「ははっ おそらくは当日表、裏共にみはられていようと考え、
その前日密かに町娘に衣装替えを致し、町籠にて身共が荷を担いで付き添い、
裏木戸から霊岸橋を南下して湊橋を越え箱崎町殻永久橋を渡り、

更に東に進み松平三河守様下屋敷を過ぎ、川口橋を越えて堀田備中守様下屋敷を
北上し、濱町川岸から更に北上して、久松町榮橋を渡れば和國橋までは目と鼻の先、
何とか無事に平澤屋裏口にお入り願うことが叶いました。


どうやらそれが網から漏れたようにござります」


「なるほどのう いや大儀であった、盃をとらす近う」


「ははっ・・・・・・」


盃を拭おうと懐紙を出すのを

「ああ そのまま・・・・まこと御苦労であった」
と盃を受け取った。


平蔵は胸の詰まる思いで備前守を見上げた、
そこには信頼の証のように京極備前の笑顔があった。







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