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鬼平犯科帳 鬼平罷り通る 三嶋山燈

鬼平犯科帳外伝

8月第4号 忠吾父親になる  之 1



本日も下谷三丁目にある提灯店(みよしや)に伊三次の姿があった。



馴染みの(およね)は伊三次が二歳から十歳まで
岡崎の油屋に奉公に出されるまで育ててくれた関宿の宿場女郎(お市)の娘である。



本人同士はそれを知らないが、ふたりとも何故かウマが合い、
半ば夫婦同然の間柄で、平蔵が「お前ぇおよねに惚れてるな?何なら女房にしろ。



おれが世話を焼いてやってもいいぞ」・・・・・



「女房かぁ・・・・・およねをねぇ、そらぁ出来ねえ相談じゃねえが、
とても俺一人じゃ持ちきれねえやな」



まぁそんなわけで、この二人一体どうなるのか・・・・・・・



そのおよねが「ねえねえ伊三さん、
この所しょっちゅう上がっているチュウさんだけどさぁ」



「チュウさん?誰でぇそいつぁ?」



「ほら!よく伊三さんとも会っているあのお武家さん!じゃぁないのよぉ」



「木村の旦那?」



「そうそうそれそれ、そのチュウさんじゃぁないかなぁ」



「それがどうかしたのか?」



「相方のおたみちゃんに出来ちまったようでさぁ、
あたしに相談があったんだよぅ」



「出来ちまったって、あのあれかぁ?」



「そうその アレよぉ」



「そいつぁ嘘じゃぁあるめぇな!」



「だって伊三さんに嘘ついたってなァンにも得なんかありゃしないもん」



「だよなぁ」



「ウン だよ!」



「けどよぉ、相手が木村様だってぇどうして分かるんあぁ」



「だってこの所ずっと通い続けてるしさぁ、
それにおたみちゃんがちゅうさんって、そう言うんだもの・・・・」



「そうだよなぁ・・・・・・



よし判ったそれとなく木村様のお耳に入れておこう」



まぁそんなわけでこの話はいつのまにやら密偵たちの耳にも・・・・・



さすがと言えばさすが地獄耳の粒ぞろいだけの事はある、が



当の忠吾こと、木村忠吾にはまだ届いていないから当事者の忠吾、
本日も市中見廻りにかこつけてのお忍び。



「おいおたみ、今日は又ずいぶんと愛想が良いなぁ、
そんなお前が好きでたまらぬ」



「あれ 本気に取りますよぉ」



「おお 本気で取れ取れ、お前のためなら親も要らぬ名誉も要らぬ、
お前だけが居てくれればそれで良い」



「あれ 本当で?」



「当たり前だ、俺とお前の仲ではないか!むふふふふふふ、
だからもう一度・・・」



「あれまぁ チュウさんも(も、である)お好きですねぇ、
アレぇいやぁぁぁぁ・・・・・」



夕方近く菊川町の火付盗賊改方役宅に戻った忠吾に
「おい忠吾このたびは命中したそうだのう」
と同心の一人がニヤニヤ笑いながら耳打ちした。



「何がでございましょう?」



狐につままれた顔で忠吾きょとんとしている。



「またまたおとぼけ忠吾どの、そうやってこれまで何人泣かせたことやら、
さすが捕物よりもそちらのほうが上手うござるなぁ」



「何ですかその、そちらのほうとは、この木村忠吾一向に解せませぬ」
と少々お冠の様子に



「密偵共も風のうわさでお前の行状はお頭にも筒抜けだと想うがなぁ」
と今度は意味深な言葉に忠吾

「誰がそのようなわけのわからぬ噂を聞いてお頭に告げ口したのでございます?」と、ものすごい剣幕である。



「木村さん、下谷の提灯店(みよしや)をご存知で?・・・・・・」
と、同心の小柳安五郎



「あっ あぁあぁ 見回りの中にそのような場所もあったと
記憶いたしておりますが?」



「あっ さようで、ところでそこには
(おたみ)と申すおなごがおるそうですが、ご存知ではございませんか?」



「うっ そういえば伊三次の馴染みの何とかと申す女は存じておりますが、
はてさて・・・・」



「あはぁ さようでござりますか」



「それが何か?」



「まぁこれはあくまでも風のうわさと言うやつで、
真偽の程は定かではござらぬ、が」



「が?」



「左様 が、でござる」



「何ですかその歯に物の挟まったような物の言いようは」
忠吾、かなりかっちんと来た様子に



「おい その辺りでやめておけ」
と沢田小平次が口を挟む。



「何ですか沢田さんまで・・・・・面白くもござりませぬなぁ」



「忠吾 本当にお前には何も心当たりはないのだな!」
沢田の毅然とした言葉に忠吾



「ない・・・・・とは申しませぬが、はぁまぁ在るような無いような・・・・・」



「忠吾!お前も男ならば少しは己のやったことに責任を考えても
良いのではないか!」



「はぁ?責任でございますか?一体何の責任でございましょうや?」



「なぁ忠吾、このことはすでにお頭もご存知のこと、
知らぬはお前だけかも知れぬぞ」



「沢田さん、それは又一体どのようなことをお頭はご存知だと申されますので?」



「忠吾、お前その下谷のけころ茶屋(みよしや)のおたみをまこと知らぬのか!」



「はぁ、まぁ幾度かは伊三次に誘われて・・・・・」



「要するに知っておるということだなその(おたみ)を」



「その事が何か?」



「お頭が案じておられる」



「えっ おかしらがぁ・・・・・・・」
忠吾言葉を失いほどの驚きようである。



谷中いろは茶屋事件以来、平蔵には全く信用のない忠吾にとって、
再びのこの降って湧いた話は
心中穏やかではない。



そこへ
「忠吾は戻ったか?」
と言う平蔵の言葉が流れてきた。



忠吾真っ青になりながら
「おかしら 木村忠吾ただいま町廻りより戻ってまいりました」
と報告を上げた。



「忠吾、ご苦労であった、でその後どうじゃな?」



「はっ その後でございますか?何のその後でございましょうか?」



「チュウちゃんちょいと耳を貸してはくれぬか」
平蔵の意味深な笑顔に忠吾尻の方が何やらムズムズ・・・・・・



「あっ はぁ・・・・・そのぉ 何とも・・・・・・」



「忠吾 此度は目出度い、とは申せ、お前も御家人の末裔、
右から左とはゆくまい、
まぁ親戚一同の手前、どこかに住まいなぞ構えて、
まずは相手を住まわせてはどうじゃ?
聞けばまもなく年季も開けると言うではないか」



「はぁ 年季でございますか?一体どこの誰の・・・・・・
で、ございましょうか?」



「忠吾!」
突然の平蔵の激しい語気に忠吾は這いつくばって後ずさりを始めた。



「忠吾!そちは下谷の茶屋おんな(おたみ)を存じおろう!」



「ははっ!」



「そちがお役めを抜けだして茶屋にしけこんでおることは皆承知じゃ、
だがなぁそれだけなら良い、時には気晴らしも必要だからなぁ、
だがな、事がそれ以上進んじまった今、先の手当を講じねばなるまい、
お前ぇは一体どう致す所存なのだぇ?」



「はぁ 一体私は何をどのように致せばよろしいので?」



「馬鹿者!(おたみ)の事に決まっておろうが」



「はぁ ですから、その(おたみ)と
この木村忠吾とどのような関わりがござりますので?」



「おい うさぎ いい加減観念しろよええっ!
聞けば(おたみ)は出来ちまったってぇ話ではないか、
さすればこの始末如何がするつもりか、それを聞いておる」



平蔵は半ば呆れ顔で忠吾を見つめるが、忠吾も話の中身がまるで空っぽ。



(お頭は一体何のお話をなさっておられるので)
とその場の空気が読めず戸惑っている。



「なぁうさぎ お前は(おたみ)に心当たりはないと言うのかえ?」



平蔵の言葉に忠吾

「いえ 無いとは申しませぬが、それが・・・・・」



「おいおい まこと知らぬは亭主ばかりなりかぁ、
のぅチュウさんや!その(おたみ)は腹に子ができたそうな」



「はぁさようでございますか、それは又目出とうございますなぁ、
この後如何するのでございましょうか」・・・・・・



「チュウさまや、その相方はそちだそうじゃが?」



「えええええっっ!!まさかまさかぁ」



「そのまさかだから皆も案じておるのよ、それがまだ解らぬのか?」



「そそそそっ それは困りまする」



「おうおう 困るのはそちだけではないわなぁ、
この話を聞けばおまえぇの親戚の者共が何と言い出すか、
覚悟の上のしでかしであろうなぁ」



「めめめっ滅相もござりませぬ、(おたみ)とは、ただ客と言うだけの」



「この大馬鹿者!何事であれ、やれば出来るのも当たり前ぇのこと、
それを承知で通うたのではないのかえ?」



「滅相もござりませぬ、ただ行きずりの・・・・・」



「手慰みと申すか!」



「あっ いえ そのぉ・・・・・・」



「ええぃ はっきり致せ!」



「ははぁっ!誠に持って申しわけもござりませぬ」
忠吾、機織りバッタよろしく頭をぺこぺこさげるばかりである。



「まぁ嫁を持つ前に手前ぇの跡取りをこさえちまったんだ、
痩せても枯れても御家人のお家柄、捨てるわけにもいくまいし、
さりとて囲い者にするほどお前ぇの俸禄は余裕もなし、フム。



まぁこの広いお江戸におなごは僅かしかおらぬ、
その気になれば働くところもあろうよ、
その辺りはわしが手を貸さんでもない。



(おたみ)の年季が明けるのをまって、どこぞの長屋でも見つけ、
まぁそれから考えればよかろう。



どうじゃぁ 親父になった気分は?」



「はぁ 手前が父親でござりますか?はぁ 何ともこう・・・・・」



「でも まだ私にはその(おたみ)の腹の中の子が私の子であるという
確信がござりませぬ」



「うむ まぁ初めはそのようなものよ、何しろ己にはその確信がないからのう。



その点おなごは己の子と言う確信がある、こいつぁ大きな開きだよのう」



「忠吾どの、おなごは殿方次第で変わるもの・・・・・・
とはいえ、忠吾殿はおなごでお変わりになられるかも・・・・・おほほほほほ」



「奥方さま!それはあまりなお言葉、この木村忠吾も男でござります」



「おお よくぞ申した、それでこそ男じゃぁ、が しかしいかがいたすか、
ここが思案のしどころじゃぁのう久栄」



「はい 殿様」

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