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鬼平犯科帳 鬼平罷り通る 三嶋山燈

鬼平犯科帳外伝

8月第5号  一寸の虫 2-2

 

数日後
「重兵衛どの、この貸付はこれ以上はされぬほうがよろしかろう」



「えっ 何故でございます?」



「うむ どうも他のところにも探りを入れてみたが、何処も未払いが続いておる、
これ以上は危ないと」



「判りました、鈴木様が左様仰せられるのでれば、
これ以上の掛けはなしに致します」



その翌月、その貸付先は責任者が逃亡し、借受帳簿が行方不明という理由で
借金の支払いを拒否してきた。



「鈴木様の仰るとおりになりましたなぁ、
こちらは大した被害もなく済みましたが、
米などを収めておりましたお蔵はかなりの被害とか、
いやはやお武家様も昨今信用がございませんなぁ」



このようなことも度々で、
鈴屋にとって大志郎は無くてはならない立場になっていった。



それと同時に娘、菊のまなざしが、大志郎に徐々に傾いてきたことを
大志郎も主の重兵衛も気付き始めていた。



「大志郎さま!今日はお芝居見物に連れて行って下さいませんか?
ねぇいいでしょうお父様」



「おやおや 又菊のわがままが始まりましたぞ大志郎様」



「私は一向に構いませんが、それにしても菊どのはお出かけがお好きなようで」



「私は大志郎様と出かけるのが好きなだけ!お
芝居なんかその口実でございますわ」
と言ってはばからないようになり、
店の者も もう当たり前のことのように黙認されている。



その帰り道、まもなく鈴屋戸いうところまで来た時、
店の横から浪人が少しだけ顔をのぞかせ、



大志郎に目配せした。



大志郎は軽くうなずき、菊を送り届けて横手に回った。



それはいつかの浪人であった。



「ちょっとそこいらまで・・・・・・」



「俺に何のようだ」
大志郎は男に問いかけた。



「うまくやっているようで・・・・・」



「まだ十分ではない!」



「そうは見えませんがねぇ、毎日毎日、今日は芝居に昨日は見世物小屋にと
ご発展のご様子」
と少々嫌味も混ぜての言葉に。



「さほど奥のほうまで出入りが叶わず、もうしばらくは時がほしい」



「のう鈴木 我らとて十分余裕があるわけではないことは
お主が一番良く存じておろう」



「判っておる!だが十分調べて無理をせず成し遂げたい、
殺しなぞは避けたいからなぁ」



「まぁ時と場合に寄るであろうが、我らとてそこまで荒っぽい事は避けたい」



「ならば今しばらく時をかけねば」



「判った、又連絡する、だが忘れなさんなお前ぇさんも同類だってことをな、
妙な仏心は身の破滅というからなぁ」



それからひと月ほど過ぎた頃、鈴屋の主人重兵衛が
「大志郎様、元はお武家様なれど、今は浪々の身の上、
されば娘の菊を嫁に貰ぅていただくわけにはいきませぬか?」
とたずねてきた。



「なんと!、いやその儀ばかりはなりませぬ!」



「何故でございましょう!やはり身分が違ぅてはなりませんか?
娘は大志郎様を好いておるようで、傍から見て痛い程でございます、
まさか大志郎はそれにお気づきにはなっておられないとか?」



「あ、いや、それは又別な気持ちでござろう、危ういところを救われた、
そのような一時の思いが残っておるだけで、
それを思い込んでおられるのではないかと・・・・・」



「まさか、それならば菊に真の気持ちを確かめればよろしいことで」



「いやいや、それだけではござらぬ、身共を保証するものとてなく、
これは難しいお話故、お断りいたしたい」



何と!欲のないお方ですねぇ、判りました、
そう云う事なればこの鈴屋が身元保証人になりましょう、
そしてこの店の裏に別棟を立ててお住まいいただき、それからという事で、
店のあとは菊と大志郎の間に生まれる子を継がせれば、何の問題もございません、
なっ!左様に致しましょう、



早速明日からこの話進めてまいりますよ、どんなに菊が喜ぶか、こ
れは良かったよかった!」



強引に重兵衛に押し切られる形で成り行きが変わってしまった。



翌日の菊の嬉しそうな顔を大志郎は生涯忘れないと想った。



それから数日が立った夕方、またしても浪人が待ち伏せしていた。



「おいちょっと顔をかせ」
それはいつぞやの茶店事件の浪人であった。



「その後の事を聞きたい、皆が待っておる、後から例の場所に来い!」
と言い残して去っていった。



その夕刻、大志郎が牛込高田の元國

寺裏の空き家、そこにはすでに浪人が四名集まって酒を飲みつつ巣食っていた。



「おお来たか、待ちかねて居ったぞ!首尾はどうだ?」



大志郎は懐から絵図を取り出した。



「うんこいつはよく出来ているではないか、これがあって引き込みがあれば、
後は赤子の手をひねるよりもやさしいではないか、のう!」



「で、決行はいつにする?」



「もう待てぬぞ、俺は懐がすかんぴんだ!」



「まぁ待て、大志郎の意見も聞かねばなるまい、何しろ胴元だからなぁ」



「それはそれとして、どうだ大志郎早いほうが良いと想うぜ」



「鈴家も月末とあらば、取り立てもまとまろうし、
売掛も期限であろう?ならばやはりこの2~3日が山場だと踏んだほうが良かろう」



「まさにそのとおりだ、大志郎、明日決行ということにして、
時は子の刻三ツあたりでどうだ、されば家人もぐっすりと寝込んでいよう」



「・・・・・・・やむをえん、あい判った」



「よし、そうと決まれば今夜は大いに飲み、かつ酔い羽目をはずそうではないか!」



「馬鹿を言え!事が終わるまでは慎重の上にも慎重に気を引き締め
構えねばならぬ!」



「そう堅いことを言うな、貴様は鈴屋の娘とよろしくやれようが、
我らは、徳利を抱き寝のわびしき日々だぞ」



「勝手にしろ!だがそのためにヘマだけは致すなよ」



翌日大志郎は菊屋に呼ばれ、月末の売掛などの帳簿を見ることになった。



「鈴木様のお知恵を頂いて、店の方もお客様が以前に増して、
多くお出かけ下さるようになりました、誠にありがとう存じます。



本日は日頃のご苦労をねぎらう用意を致しておりますので、
何卒ごゆっくりお過ごしいただき、
おおそうじゃ!出来ますればお泊りなぞ戴ければ、菊もさぞや歓びましょうし、
集金いたしました金子も用心できると言うもの、何卒お引き受けくださりませ」



「左様にござりますか、相判りました、ではそのように心づもりを致しましょう、
誠にかたじけのうござります」



「何を今更鈴木様こちらこそいずれは我が家の娘婿どの、
何のお気遣いがございましょうや」



こうして、大志郎、鈴屋の娘菊と三人で遅くまで談笑しあった。



その夜遅く、時は子の刻を回り始めた。



すでに店の者はいずれもぐっすり寝込んでおり、
空気は床に張り付いたように静まっている。



与えられた部屋の障子をわずかに開けると、
真夜中の月が一筋部屋の中に差し込んできた。



そろりと障子を開け、廊下に歩を進め入り口の潜戸を慎重に開ける。



「おお、待っていたぜ!」
と低い声がして、浪人が四名中に入ろうとした。



「まて!」
大志郎は声をかけながら、ぬっ!と、外へ出た。




「どうした!?」



「どうもこうもしない、俺はこの話辞めた!」
と言い終わらない内に、一気に抜刀して払い腰に目の前の一人を切り倒した。



「ゲッ!」
一声で終わった、見事に胴は上下に分かれてその場に血を吹き出しながら転がった。



「おのれ!寝返ったか!かまわぬ、こうなったら此奴から先に血祭りりにあげろ!」



三人が左右と正面から大志郎を一気に襲った。



大志郎は正面の男の右脇をすり抜けるように足を左にさばき、
返す刀で胴を切り倒して向こうに抜けた。



正面の男は
「ギャッ」
とうめき声を発して落とし戸に激突した。



ドンと大きな音がして、大戸が揺れた。



身を起したが、刀を構え直す余裕がなかった、
そのまままっすぐに立ちふさがった一人に突きをくれると
深々と白刃が腹に突き刺さった。



びゅっ と血潮が大志郎の顔に振りかかる、



刀を抜こうとしたが、相手が刀を掴んで離さない。



「くくくっ!大志郎は、男を足で蹴り飛ばして白刃を引きぬいた、
そこに残りの男が体当たりで突っこんできたからたまらず大志郎
「ぐへっ!!」
と腹を抑えてよろめいた、その刀を素手で掴んだまま、
脇差しを引き抜いて相手の腹に刺し違え、そのまままっすぐにかき切った。



「うぎゃっ!!」
腹を二つに引き切られて大量の血を流しながらズルズルと大志郎の足元へ
ずり落ちた。



その上に折り重なるように大志郎も崩れ落ちた。



表の物音に、大戸に近い部屋で休んでいた番頭が中から明かりを捧げて出てきた。



「ぎゃ~~~~!!」
番頭は悲鳴を上げてその場に腰を抜かして座り込んだ。



騒々しい物音と大声に近所からも明かりが集まったその中で、
五名の男の死体が辺り一面を血の海にして転がっていた。



明かりを持って一人一人の顔を照らした鈴屋重兵衛
「すすすっ鈴木様ぁ!」



大声を張り上げて大志郎を抱き起こした。



「すっすまぬ・・・・」
それが大志郎の最後の声であった。



表に駆け出してきた菊は、この光景を見ると、半狂乱のように泣き叫び
「大志郎様大志郎様」
と大志郎の亡骸を抱きしめた。



真っ白な寝衣がみるみる真っ赤な花が咲いたように染まり、
闇の中に浮かび上がり、菊の哀しい
叫び声を月が照らすだけであった。



「長谷川様どうも妙なことになっちまいましてね」



仙台堀の政七が平蔵の役宅に、やってきて首をかしげた。



「如何が致した政七」



「へい 先日の四谷伝馬町の小間物問屋鈴屋重兵衛の一件でございますが・・・・・」



「うむ てぇへんな斬り合いであったそうだのう」



「へぇ 何しろ店の前で真夜中に斬り合いでございやすから、
こいつぁ並の話じゃぁございやせん」



「うむ 、確かに妙だのう」



「後で色々と調べて判ったことでござんすが、あの鈴屋の娘菊と、
殺しあった浪人鈴木大志郎ってぇ浪人は恋仲で、
近々祝言をあげる所まで来ていたってえぇ話で」



「何と浪人とかえ?」

「へぇ それが鈴屋の主に見込まれての事だそうで・・・・・ま
ぁここいらは今どきよくある話でござんすがね、
野郎どもは五人連れで小石川あたりをゴロ巻いてつるんでいた奴らだってぇ話で、
何でも言いがかりをつけ、それを仲裁して小遣いを稼ぐ小悪党だそうでござんすよ」



「それが此度は押し込みでも企んだのであろうが、その何とか申す・・・・」

「たしか鈴木・・・・・」



「それそれ、其奴が鈴屋の娘と、まぁ瓢箪から駒であったろうが、
想えばゴミ溜めから這い出る良き頃合いと目論んだのであろうよ。



解からぬでもない、考えても見よ、長ぇ間の浪々の身は傍で見るより辛ぇもんだ」



「さようでござんすねぇ」



「で、お奉行はどのように始末をつけたんだえ?」



「へぇ お奉行様は浪人同士の単なる斬り合いという形でお収めなさいやした」



「ウムそれで良い、さすが筑後守様先を見据えたお裁きじゃ、
のう!綺麗ぇな花に泥をかける事ぁねぇじゃぁねぇか、
思い出は時に哀しみから生まれることもある。



その菊とやらも又良き思い出をでぇじに心の奥にしまっておけばよいのさ」






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