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鬼平犯科帳 鬼平罷り通る 三嶋山燈

鬼平犯科帳外伝

9月第一号 なんでも屋  2-1


栗塚旭

 
九代目 山田浅右衛門吉亮(1854~1911年)

「今日も早くから精が出ますねぇ」


「はい 何しろ品物は新しい内が何より、
それで安いのが手前どもの信条でございますから」



腰を低くして愛想をするのは「なんでも屋」の主、幸兵衛



このなんでも屋、まさに何でもありときている。



特に日々の暮らしに必要なものはほとんどこの店1軒でまかなえるほどである。



「近頃長屋の近くに出来やしたお店が評判でござんして」
と粂八



「ほう、そいつは一体ぇどういうお店なんだえ」



「何しろその日その日に入り用の野菜・味噌・醤油・酒・砂糖・米・ヒモノ
・端布・小間物なんぞが揃っておりやして、野菜なんぞは近くの百姓と
契約しておりやすそうで、そのために間を通さないので安く出来るとか・・・・・」



「なるほど そいつぁ考ぇたものだなぁ」



平蔵はこの新しい商いのやり方を面白いと思った。



「だがなぁ、そうなると仲買や問屋が黙っちゃぁいねぇんじゃぁねえのかい?」



「そこなんでございやすよ、何でも製造元に直接掛けあって現金で仕入れるもんで、
先方も金回りがよく助かるということのようでございやす。




まぁ出回る商品の数が知れておりやすので大店あたりは気にもならねぇ
というのが本音のようで。



主は五十過ぎのいかにも商人ふう。



奉公人は番頭と想える四十代の男、それに小間物など女子衆を相手の下女、
他に小僧が二人。



それにしては店構えもそこそこの広さで、
品物も分別がきっちりとなされて選びやすく、
自分の手にとって品物を確かめた上で納得して買い求められるところが
受けているようでございやす」。



押し売り掛売一切なしの毎日ニコニコ現金払いと申しておりやす」。



「なるほどなるほど、聞けば聞くほど面白ぇ・・・・・」
平蔵は腕組みしながら粂八を振り返った。



「なぁ粂、商いは商品を並べ、やってくる客に商品を薦め、
挙句買う時ぁつけというのが普通だよのう」



「へぇさようで・・・・・」



「そこだ そこがどうも気になる、何かあるような気がしてならねぇ、
現金払いとくりゃぁお前ぇそれなりの蓄えが常に店にある問いうことだぜ、
それにしちゃぁ不用心だと想わねぇかえ」



「左様でございますねぇ、米にしても小分けとはいえ
日々の量を賄うにやぁそれ相当の置き場所も必要でございます、
ところがよく考えておりまして、それぞれ個別に商品を保管しており、

毎日夕方翌日必要な物を書き出して、その日の内にそれらを手配いたしまして、
翌日朝には品物が店に並べられるような塩梅で、
こいつは中々よく出来ております。



地産地消とか言うそうで、出来る限り近場のものをなるべく早く
回す事で皆が助かるという事だそうでございます」



魚などは日本橋あたりにいけすを持っており、
そこから上げて配達したとのことでございます。



「なるほどのう 専門店との集まりと言うわけだな」



「へい そのようで・・・・・・」



「ところでなぁ 売れ残りというものはでねぇのかえ?」



「へい あっしもそこんところが気になりやして聞いてみやしたら、
それなりに調節して仕入れるそうでございますが、それでの残る者も有り、
まぁそれを見越しての掛け値もあるのが普通でございます。



ところが驚くじゃぁございませんか、売れ残った野菜や魚は調理して
(暮れ市)と称して置くと、勤め帰りにお武家様や夜勤をする当番のもの、
お酒を召された後の手土産とか、
中にぁ博打の現場に持ち込んでなんてのもあるそうでございます」



「へへへっ! 考ぇたものだのう、そいつは手間いらずで独り身にゃぁ良いわな。



では繁盛いたしておるであろうのう」



そりゃぁもう、女房も亭主も稼ぎに出かける者にとっちゃぁ
便利な仕掛けでございますよ」



「そうさなぁ毎日根深汁にメザシと梅干しじゃぁお前ぇ
飽きもこよってぇもんだからなぁ、
だがよ粂!味はいま一つじゃぁねぇのかえ?」



「ところがどっこいと来やして、味も中々の腕前で、
元は築地の板前がまかないをこなしているそうで、
こっちのほうも中々評判でございますよ」



「おいおい そいつは聞き逃せねぇぜ」
平蔵の虫が目を覚ましかけたようである。



「よし! 俺も一度検分にまいろう」



「長谷川様が・・・・・へへっ こいつはどうも へへへへっ」



「おい 粂!そのへへへっは余計だ」



「へい こりゃぁどうも へい!」



というわけで、早速平蔵翌日には早速の出陣と相成った。



お供はおなじみのウサ忠こと木村忠吾。



「お頭本日は又どのようなところへお供致せばよろしいので?」



「忠吾、あ~本日はな、お前ぇの好きな者を求めてちょいとなぁ」



「と申されますと・・・・・うふふふふ」



「おい 忠吾、出会い茶屋ではないぜ」



「はっ?違うておりますので?な~んだ」



「な~んだとは何だ、お前ぇはなっからそう想ぅておったのか?」



「はぁ何とも、私の好きなものと仰せられましたので・・・・・・」



「違ェねぇ そいつは悪かったなぁ わぁははは」



目指すは日本橋小網町の「なんでも屋」



「なるほど本所も浅草も築地も程々の場所、こいつぁ美味ぇところに構えたもんだ、
近くは商いの町を控えそこの奉公人なども、色々と便利が良かろう、
なるほどなるほどうんうん」



「いらっしゃいませ!どうぞご自由に手にとって眺めてくださいませ」



腰を折って笑顔で対応するこのなんでも屋の奉公人の眼を確かめるように

「他所のお店より求めやすいのだが、この店の品物はどこから仕入れるのだえ?」
と平蔵は棚に並んだ酒に眼を流す。



「はい、私どもは大抵のものを赤間関で直接仕入れ、足の早い自前の小船に積み、
上方で荷降ろしするものと積み込むものの仕入れを済ませ
南海航路で江戸に運んでおりますので、
他所よりも安く早くお客様にお届け出来るのでございます、
従いまして全国の銘酒もご覧のとおり揃っております」
とにこやかな返事が戻ってきた。

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