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鬼平犯科帳 鬼平罷り通る 三嶋山燈

鬼平犯科帳外伝

9月第4号  身代わり盗賊

”みよしや”のおよねちゃん

「義賊だぁ 義賊だぁ世直し小僧が現れたぜぇ!」
 このところ大掛かりな盗賊騒ぎもなく、
少し落ち着いていたかと想われた矢先に飛び込んできた瓦版。

しかし被害届が出ていないという奇妙な事件である。

何でもばらまかれた場所も特定ではなく、
無作為にばらまかれているようで、その金額も1両小判のみ。

全く手がかりがないまま、そんな瓦版の報道が続いた。

被害届が出ない場合、探索のやりようもなく
江戸の町は義賊世直し小僧の話題のみが駆け抜けていった。

別に盗賊が世直し小僧と名乗った形跡もなく、
屋根の上を千両箱を担いで駆け去ったとか、
まるでねずみのように素早かったとか、
まことしやかなうわさ話が膨れ上がって義賊騒ぎになったようであった。

事が露見したのは小判を身なりの貧しい者が複数
両替屋に持ち込んだことから発覚したようであった。

小判1枚なぞ普通町人の間でそう簡単に流通する代物ではない。
長屋の家賃が500文(12500円)1両小判は4000文

その日暮らしの生活が多かったこの時代、
まとまって金を手にすることは少ない。

買い物をするには2朱でさえ釣り銭に困る時代に、
1両出されても魚一匹買うことは出来ない。

結局両替商に持ち込むことがしごく普通であった。
だが、両替商とてそう簡単に交換はしてくれない、
何しろ相手の身なりが気になる、と言う事でお上に届け出る。

こうして事件が表に出たわけである。

店賃を溜め込んだ店子はこの時とばかり大家に借金払いと、
これを持込み、大家も困り果てて両替商に持ち込む。
しかし、両替は手数料が発生する、これは大家の負担となる。

まぁこんなことが繰り返されたわけであろうか。

瓦版もこれを面白おかしく刷り上げたものだから、
アッという間に義賊世直し小僧の話題が江戸の町に広まった。

「困ったもんだ、店賃をまとめてはらってくれるは良いけど
、そいつを持って両替屋にゆけば金の出処はどこか確かめられる、
挙句に手数料を取られて目減りするばかり」
大家の嘆く顔が目に浮かぶ。

江戸中期小口取引の小商いの銭両替屋で1両変えるのに40文取られた。1
0万円に対して千円である。
所帯を持ってもプー太郎の多かった江戸の町、
其の日その日で暮らしもたった。

仕事さえ選ばなければ困ることはない、
「日暮しゼミも悪かぁねぇや、宵越しの銭は持たねぇ」
と啖呵を切ったものだ。

こうして 世直し小僧の奉行所や盗賊改めをあざ笑うかのような事件が
次々と引き起こされた。

義賊騒ぎが話題に登る一方、町の治安を預かる奉行所、
町方や火付盗賊改方に対するお上の非難の声は増大するばかり。

ついには老中より非難の声が立ち上り、
ことに火付盗賊改方にはさらに厳しい圧力がかかってきた。

「平蔵! このまま捨て置くわけにも、聞き逃すわけにもいかぬ事態となった、
何としても此奴を捕縛してくれ」。
老中若年寄の京極備前守の呼び出しを受け、
平蔵は切羽詰まっている備前守の窮地を察するにあまりあった。

これまでの急ぎ働きは主に商家が的になった。
だが、この度は全く違い、被害届が出てこないので対処のやり方が定まらない。

時は容赦なく流れ、モンモンとした日々のとある日、
「名を明かせぬが・・・・」
と大身の旗本用人らしき武士が平蔵を訪ねてきた。

「長谷川殿 恥を忍んでのお願いに参上つかまつった、
お家の恥故名を出すわけには参らぬが、
そこを汲み取って頂いてのお願いでござる」

「ほほぉ 一体どのようなお話でござろうや?」

「さらば この所市中を騒がしておる世直し小僧なる者を
ご承知なさっておられるであろうか?」

「いかにも承知いたしてはおりまするが、
なにせ被害届が出ておらぬ故、まったくもって手の打ちようがござらぬ」
と応えた。

「そこでござります、近頃密かに大名家に盗賊が入るとの噂話で・・・・・」

「何と!大名屋敷でござったか!」
平蔵は事の真相がやっと見えてきたことに少々安堵の色を見せながら

「で、どのような様子でござろうか」
と膝をのりだした。

「身共が相談を受けましたるご家中では、奥向きにある長局(ながつぼね)で、
深夜に押し込み、寝所を避けて金のありそうなたんすや文庫を物色し、
それを掠め取るために、気がついた時はいつ盗まれたのかさえ判らぬ始末、
それと判明致しますまでに中々時が経ちまして・・・・・

こたび御金蔵が破られるに至り、やっと事の次第が判明いたしました。

上屋敷にでも聞こえようものならば御留守居役としては
お腹を召さねばならぬやも知れぬ恥辱、何卒長谷川殿のお力をもって・・・・・」

「なるほど!早速、手をうち申そう」
と平蔵は応えた。

用人が立ち去った後を、密かに微行て行ったのは沢田小平次であった。
「どうであった?」
帰宅した沢田に平蔵は早速用人が立ち戻った屋敷の持ち主を尋ねた。

「驚きました、御用人の立ち戻りましたる先は小石川の松平織部様下屋敷」

「何!  あの菖蒲屋敷か!」

「はい 間違いございません」

「何としたものか・・・・・」

少なくとも譜代大名家下屋敷である。

相手が大名屋敷となれば、これでは町奉行所も管轄外、
寺社奉行では実戦力に乏しくどうにも対応ができない・・・・・

結局火付盗賊改方にその矛先は集まるのも必定であった。

困り果てた平蔵は京極備前守の力を借りる決心を固め密かに下屋敷を尋ねた。

平蔵の話を静かに聞いていた備前守が
「まこと、こ度は難儀なことよのう、被害も出ておるであろうが
体面から申し出ておるものはない、あいわかった!わしが手を回して見よう」
備前守は老中の立場からもこの事件を無視することは出来ない。

数日後平蔵は備前守に呼び出しを受けた。

「平蔵 困り事があるならば密かに相談にも乗ろうと
留守居役に持ちかけたらば、何と八件もの相談が舞い込んで来おった」。

「まこと 八件も被害に遭ぅておりましたか・・・・・
直ちに探索にかかりまする」
平蔵は備前守の助力に心服し、屋敷を辞した。

「お頭、この度の押し込みはご大身のところばかり、
これはいかなる理由にございましょうや?」

側近の筆頭与力佐嶋忠介が膝を乗り出して詰め寄る勢いである。

平蔵は自分よりも四ツ五ツ年上のこの男を、
火付盗賊改方を受ける際に同役組頭の堀帯刀秀隆より借り受けた切れ者である。

「のう佐嶋 江戸に住まいおる者の半分が侍だ、
その大半が参勤交代で居住する独り者。
これは諸藩倹約の為からもやむをえぬ、
それゆえ大名屋敷を警護するものも限られていよう、
下屋敷ともなると更に其の数は少ないと想わねばなるまい」。

「なるほど 左様なことでございますか、さすれば屋敷は広く、
その割には警護は少ないという盲点が見えてまいりますなぁ」

「さすが剃刀と言われる佐嶋!まさにその通りよ。
商家は金にあかして厳重な用心も出来ようし
、所によっては用心棒を置く始末だ、こいつらがまた揉め事を起こす元でもあるが、
我らにとっては少なくとも敵にはなるまい。

だとすれば何処が狙いやすい?」

「まさに 武家屋敷でございますなぁ」

「その通りよ、武家屋敷は広ぇが、一旦入ぇっちまえば警護の手配りは薄い。
金蔵の警護と言っても、そこまで手の届くほど金もかけられまい。
まぁ決まった時刻に巡回する程度が関の山じゃァねぇのかい?」

「なるほどお頭の申される通り、責めるに易く護るに難しでございますか」

当時の金蔵は個別に立てるものと、商家などでは、
住居を共にする見世蔵の二種類があった。

見世蔵は厳重な警備体制の物もあり、同じように作りは漆喰であったが
入り口が広い、このために重厚は扉が遣われており、中々破ることは難しい。

別蔵はアリの入りこむ隙間もないほど漆喰で固められており、
たやすく入り込むことは出来ない。

壁は厚さ一尺あまり、(33センチ)内部は竹で編んだ小舞壁で、
穴を開けるなんて時間がかかりすぎて無理。

屋根は二重構造で、こちらも土で固めた屋根の上にもう一つ屋根を重ねる形で、
屋根を破ることもほとんど不可能。

結局錠前一つがまさに鍵であった。

だが、この錠前、半端なものではない、錠前を破るのはまず不可能と考えるべきもの。
その蔵が破られたのである。

用人の話によると、問題は錠前はそのままで、
錠前を取り付けている丁番が破壊されていることで、これは新たな手口であった。

「しかしお頭、それにしても大胆な賊でございますなぁ」
佐嶋が重い口を開いた。

「そいつよ! 大名屋敷なぞは表向きは男どももそれなりにおろう、
だが人を増やせば謀反の疑いと痛くもねぇ腹を探られ、
増やそうにも何処も台所事情は楽ではないはず、

とすると蔵のある奥向きはお女中のみの警護となり、
定刻の火の用心見回りしかあるまい。
こいつぁ判れば時間が読める」

「まさに・・・・・・」

しかし遠回しに内情を探ろうにも何処の家中も面目を保つために
口は貝のごとく固く結ばれたままで得るものは皆無であった。

ところが事件は想わぬ所からほころびを見せた。

密偵の伊三次が根城にしている上野山下二丁目のけころ茶屋
提灯店のおよねが妙な話を聞いたと言うのである。

「ねぇねぇ伊三さん、この前さぁ世直し小僧が出たじゃァない、
丁度金を撒いているとを見たって客が居たんだって!」

「誰でぇそいつは」
伊三次がおよねに問い返した。

「あたしゃじゃぁないからさぁ よくは知らないけれど、
おそのちゃんの客がそう言っていたって、ねぇ ホント可笑しいわよねぇ」
と言うのであった。

「まことか!伊三次でかした、そいつはまたとねぇネタだぜ、
で、そいつの身元は判ったのかえ?」

平蔵の輝いた眼を嬉しそうに見上げて伊三次
「そりゃぁもう長谷川様!奴の居場所は上野霊厳寺そばの長屋でして、
大工の留ってぇ野郎でござんすが、
たまたまふるまい酒でしこたま飲んだもんですから、

夜中に厠へ行きたくなって用を済ませて家に入ろうとしたところに
世直し小僧が銭を撒いたところを見ちまったそうで、
野郎の後をそっとつけていったそうでござんす」

「おうおう それでどうした!」
もう平蔵先が知りたくてそわそわしている。

「へぃ 上手ぇ具合に月明かりもあり、
後をつけるにゃぁさほどの苦労はなかったようで、
着いた先が下谷池之端仲町の正智院長屋だってんでさぁ」

「それじゃぁお前ぇどちらも近ぇ訳だ」

「その通りで・・・・・」

「で、そいつの名は?仕事は?」
もう平蔵じっとしておれない様子が伊三次にはよく判った。

「早速聞きこみしやしたら、野郎の名前は豊松、植木職人でございやした。
中々腕が良いそうで、大店や時には旗本屋敷などへも
出入りしているという話でございやす」

「なるほど これで話がつながった、植木の手入れは何処も植木屋に頼む、
出入りの植木屋ともなれば出入りは厳重でも中ではさほど警戒もあるまい。

しかも屋敷が広ければ時間もかかるであろうし、
下調べにゃぁ十分だなぁ、植木屋かぁ上手ぇところにもぐりこみゃぁがったもんだ」
平蔵は半ば呆れながらも目の付け所に感心している。

「よし!本日からそいつを見張れ!おまさと彦十にもつなぎを取って食らいついておけ」

その日から下谷池之端仲町の正智院屋は猫の子一匹出入りしても平蔵の手の内となった。
向かいに手頃な空き家があり、そこにおまさと五郎蔵夫婦が住み着いた。
早速おまさが引越しの挨拶にと卵を一つ丼に入れて敵情視察を行った。

出てきたのはまだ四十前の骨格のがっしりした
男で
「こりゃぁまたご丁寧に、卵とはありがてぇ、
あっしは上野寛永寺そばにある植木職緑松園の親方のところに
出入りしておりやす豊松と言いますんで、」
と答えた。

「あたしはおまさ、亭主は五郎蔵といいます、
かざり職が本業なんだけど、越したばかりなんでしばらくそっちの方はおやすみさ」
と言いながら素早く部屋の中を読み取った。

「おや そいつぁまた・・・・・
あっしの親父が錺職人でガキの頃からタガネを持たされて、
そいつが嫌で十五の時に家をおん出てしまってそれっきり、そうでござんすか」
そう言って目元が緩んだ

五郎蔵からこの話を聞いた平蔵
「読めた!五郎蔵読めたぜ!」

「なんでございましょう長谷川様?」

「そいつは確かに親父が錺職人だと申したな」

「はい さよう申したそうで」

「そいつだ それですべてが解けた」

「えっ と申されますと野郎が犯人だってぇことが・・・・・・」

「おうおう そうともさ、大名蔵の閂の丁番が外されておった、
こいつぁどうやったかと中々考えが及ばなかった、
だがなぁ錺職人と聞いてピンときた。
そいつぁ丁番の釘をタガネで切りおったのよ、
丁番さえ外せばどんな錠前でもただの金具の塊だ」

「ですが長谷川様タガネを打つにゃぁ槌の音が・・・・・」

「おそらくそ奴のヤサを探せば何か音の出ねぇ当て物が見つかるこったろうぜ。
よし引き続きそやつの動きを張り続けるよう、おまさ五郎蔵につないでくれ!」 

それから何事も無く十日の時が流れた時それは起こった。
「お前さん豊松が出かけましたよ!」
おまさが交代で休んでいた五郎蔵を起こした。

五郎蔵は距離をおいて後を微行てゆく。
下谷の松平大蔵大輔下屋敷の周りをぐるっとひと回り。

「なんと、そのまま帰ぇったか?」

「はい 屋敷に入る手順などを読んだ様子でございました」

「松平大蔵大輔と言えば、古銭の収集でよく知られておるお方、
奴めそこまで調べての下見とは・・・・・
いやご苦労であった、おそらく近いうちに動きがあると想われる
、引き続き用心するように、あぁそれからおまさにも伝えてくれ、
日夜を問わず大変であろうが、もうしばらくの辛抱をこの平蔵が頼んでいたとな」

「長谷川様・・・・・・」
五郎蔵はこのお頭の心の深さを思い知った。

その翌日には下谷の松平大蔵大輔の屋敷は火付盗賊改方の網の中に
すっかり収まっていた。
当然かねてより京極備前守より下付されたしたため状を携えて、
屋敷内への立ち入りを許されていたからに他ならない。

狙いをつけたであろう蔵に仕掛けが施されていた。

元は闇将軍と呼ばれた大盗賊八鹿(はじかみ)の治助の仕掛けある、
気づかれることは萬に一つもない。

時は子の刻(十二時)を少し回った頃であろうか、
盗賊改めが詰めている部屋の小鈴がチリチリと鳴った。

「出口を固めよ!」平蔵の合図で、賊が侵入したであろうと想われる
場所を中心に塀の外も山崎以下三名の同心が固め、
本命と想える蔵の陰に平蔵と佐嶋忠介それに沢田の姿が潜んだ。

月もなく漆黒の闇の中での作業は手探り状態であろうが、
すでに確かめられておるはずで、さほどまごつくことはない様子であった。
耳をそば立てると微かに鈍い音が聞こえる程度で、
部屋の中まではとても聞こえるほどの音ではない。

(これでは判るはずがない)平蔵も感心するばかりである。
四半時も過ぎたであろうか、油を引かれた蔵の大戸が静かに開いた気配がした。
用意していたガンドウに火がつけられ、ばらばらと蔵の前に走り出た。

「火付盗賊改方長谷川平蔵である!豊松!神妙に縛につけ」
と蔵の中に駆け込んだ。

バタバタと音がしてガラガラ物が倒れる音とともに何かが平蔵の背後へ飛び出していった。
だが、外に待ち構えていた佐嶋忠介に叩き伏せられてしまった。

足元に金槌と何か黒いものが落ちていた。
拾い上げた平蔵 「革か!」なるほど厚い革なら音は吸収しても力は伝わる、
(うまく考ぇたものだなぁ)と半ば関心したものであった。

一行が近くの番屋に引き上げた後、
平蔵は事の次第を留守居役に首尾よく捕らえたことと、
協力いただいた礼を述べ引き上げた。

翌日番屋から引き立てられて豊松が清水御門前の盗賊改方役宅に引き出された。

「おい 豊松、お前も大した度胸よのう、
旗本屋敷とは上手ぇところに目をつけたもんだ、
だがどうして小判は貧乏長屋に放り込んだのだえ?」

一番ひっかかっていたことを先ず問いただした。

「あんな物ぁさばくにも手間がかかり足もつきまさぁ、
小銭ならその心配もありやせん、
で小銭だけは残して後は気持よくばら撒いたってぇところでございやす」

「お前ぇ小判は欲しくねぇと言うのだな」

「へい そんなものはたいがい博打で消えまさぁ、
でもね!貧乏長屋にばら撒きゃぁ、ちったぁ暮らしの役にも立てる、
有る所から無ぇ所に移し替えて役立てる、それだけの仕事でさぁ、
そうじゃぁござんせんか?」

「うむ 盗人にも三分の理かぁ、だがな、
結局そいつらは失くなっちまうまで働きもせず暮らすんじゃぁねぇのかえ?
それが江戸っ子だってぇことを知らねぇお前ぇでもあるめぇに」

「そいつぁおおきにお世話ってもんで、使い道までは、
あっしには関係のねぇこって」

「そうだよなぁ つまりお前ぇは盗っ人で義賊でも何でもねぇ、
世の中を引っ掻き回して楽しんでいただけの盗っ人よ!
まぁ鳥も通わぬ八丈島でゆっくり骨休めでもするんだなぁ、
最もそうは問屋がおろさぬであろうが、お前の腕がありゃぁ島でも役立つと想うぜ」

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